第221話 計量


 せっかく、千木良のお母さんがみんなに部屋を用意してくれたのに、みんな僕の部屋に集まって来て、最後には雑魚寝になった。

 夕食を終えたあと、前夜祭だとか言って、うらら子先生が勝手に僕の部屋で宴会を始めて、いつの間にかみんなも僕の部屋にいたのだ。

 宴会は朝方まで続いて、眠気に勝てなくなった部員から順番に、僕の部屋の二つのベッドで眠り込んだ。


 僕はいつも通り千木良を抱っこして横向きでベッドに寝ていた。

 夜のうちに、千木良が勝手に僕の懐に忍び込んできたんだろう。

 千木良は僕の方を向いていて、僕達は向かい合っている。


 僕のベッドには、他に2人が寝ていた。

 暗くて見えないけど、多分、背中に当たる胸の感触からして、僕のすぐ後ろには綾駒さんが寄り添っている。

 そして、横向きになった僕の正面にいるのは、僕の足に絡まっている太股の感触からして、柏原さんだ。

 ってことは、もう一つのベッドでは、朝比奈さんと滝頭さん、烏丸さんとうらら子先生が寝てるんだろう。


 やれやれ、まったくうちの女子達は。



 千木良は、いつもより強く僕にくっついていた。

 ひしと僕に抱きついている。


 本当に、甘えん坊さんなんだから…………


 んっ、でも、なんだかいつもと感覚が違った。

 千木良のくせに、胸に立派なものを二つ備えている。

 試しに突っついてみたけど、結構な弾力があった。

 千木良、いつのまにこんなに成長したんだろう?

 僕は寝ぼけた頭で考える。


 いや、こんなに成長した筈がない!


 僕は毎日千木良を抱っこしているのだ。

 千木良の感触は、よく分かっている。


 あっ。


 そういえば昨日、千木良はお母さんの部屋で一緒に寝るって言ってなかったか。

 滅多に会えないお母さんにいっぱい甘えるって言ってたはずだ。

 昨日も、この部屋の宴会を早々に引き上げたのを思い出した。

 目が覚めて、段々と記憶がはっきりとしてくる。


 ってことは……


 とりあえず、僕は懐にいる女子をくんかくんかしてみた。

 その女子からは桃の香がする。

 この匂いには嗅ぎ覚えがあった。


 僕は、確信を得るために、胸のものをもう一度突っついてみる。


 この感触、これは間違いなく……


 僕は、恐る恐る目を開けた。


 朝日がカーテンにさえぎられた薄暗い部屋の中で、目が暗がりになれる。


 僕が抱っこしていたのは、千木良じゃなくて、朝比奈さんだった。

 その綺麗な顔が、目の前にある。


 なぜか僕の懐の中に朝比奈さんがいた。



 雑魚寝になって横に寝ていた朝比奈さんを、僕が千木良と間違えて抱っこしてしまったんだろうか。

 あるいは、朝比奈さんが間違えて僕の懐に飛び込んできたのか。

 いや、そんなのどっちでもいい。


 僕は、朝比奈さんを抱きしめた手に力を入れていいのか、放すべきなのか迷った。

 迷ったまま固まる。

 ダイヤモンド並にカチカチに固まった。


 朝比奈さんは、すーすーと寝息を立てている。

 すべてにおいて完璧な朝比奈さんは、寝息まで可愛かった。

 顔が近すぎて、寝息が僕の頬にかかる。

 朝比奈さんの寝間着のワンピースの胸は、呼吸のたびにゆっくりと上下した。

 こんな、アンドロイドみたいに完璧な生命体が、ちゃんと生きているのだ。


 僕は、固まったまま、朝比奈さんの寝顔を眺めていた。

 魅入みいられたみたいに、目が離せなくなる。


 そんな状態で、30分くらいたっただろうか。


 突然、長い睫毛まつげがプルプルと揺れたと思ったら、目蓋まぶたが開いて、朝比奈さんの大きな瞳が現れる。

 濡れた瞳が、目の前の僕を見ていた。


 朝比奈さん、頭の中で自分が今置かれた状況を整理してるみたいだ。


 しばらくすると、

「ご、ごめんね」

 朝比奈さんが、ささやき声で謝った。


 朝比奈さんは、世界一謝らなくていいことを謝ったと思う。


 そして、朝比奈さんはゆっくりと手を放した。

 夢のような時間はそこで終わる。

 朝比奈さんが寝返りを打って、反対側にいる柏原さんの方を向いてしまった。

 暗がりだったけど、朝比奈さんの耳が赤くなってるのが分かる。


 そのあと、僕はみんなが起きてベッドを離れるまで、ずっと固まっていた。

 そして、眠らないように、目をぱっちりと開けていた。

 ここで眠ったら、目を覚ましたとき、今起きたことが夢だった、なんてオチになるんじゃないかと思ったのだ。




 千木良のお母さんのクルーザーの上で初めての朝を迎えた僕達は、食堂で朝食を頂いて、午前中は香の身体能力を計測してもらった。


 C4こと、しーちゃんのスタッフの一人が、様々な測定器を使って、香を調べてくれる。


 僕達が香の身体能力を知るのは、体力テストとか、ポ○デリングの穴にゴルフボールを通すとか、アナログな方法でしか出来なかったから、それを正確に数値として見られるのは、ありがたかった。


 船の中にあるしーちゃんの工作室には、スポーツジムにあるトレーニングマシンみたいな形をした計測器や、病院にあるMRIみたいな機械があって、香のすべてを調べてくれる。

 香の筋力やバランス感覚、動体視力や筋肉の反応速度、耐久力、持久力と、次々に調べられた。


「これ、本当に君達が作ったの?」

 測定しながら、しーちゃんのスタッフの一人がそんなふうに言う。

 白衣を着た、お母さんの会社の研究員の女性だ。

 香の身体能力は、しーちゃんに引けをとらないレベルに達しているらしい。


「高校生にこんなもの作られちゃったら、お姉さん達、失業しちゃうな」

 研究員の女性が、肩を竦めて言った。

 半分、お世辞せじもあるんだろう。

 だけど、プロから認められて、正直嬉しい。


 これも、柏原さんのおかげだった。

 柏原さんは、職人的感覚で、香を大企業のプロジェクト並に仕上げてくれたのだ。


 スタッフの女性に色々と質問された柏原さんは、最後にうちの研究所に来ないかってスカウトまでされて、すごく困っていた。



 午前中はそんなふうに過ごして、お昼ご飯のあと、午後は、香としーちゃんをクルーザーが横付けしている競技場まで送る。


 そこでは、明日のオリンピック開幕に向けて、計量や簡単な機能チェックが行われることになっていた。

 大会前、出場アンドロイドの点呼も兼ねているらしい。


 競技場の入り口には、もう既にたくさんのアンドロイドや、そのスタッフが集まっていた。


 そこには、あの、「ちまちゃん」の姿もあった。

 千木良のお母さんのライバル会社、タイレル・エンタープライズの幼女型アンドロイドだ。


 少し茶色がかった髪を、両サイドで二つのお団子にした彼女。

 真っ赤なほっぺがぷにぷにで、うるんだ大きな目は顔からこぼれ落ちそうだ。

 白いセーラーカラーのワンピースを着て、青いリボンが付いた水兵帽を被っているちまちゃん。

 そのちまちゃんが、トテトテ歩いている。


 あざとい、あざとすぎる!


「痛て!」

 僕がちまちゃんを見てたら、抱っこしてる千木良が僕の手をつねった。


「まったく、ロリコンは油断も隙もあったもんじゃないわ」

 千木良が言う。


 だから、僕はロリコンでは……



 香は、計量にも難なく合格して、合格証をもらった。

 同時に、ユニフォームにつけるゼッケンも渡される。


 香のゼッケン番号は、53番。


 いよいよ明日から、東京アンドロイドオリンピックが始まる。

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