第215話 サバイバル

 停電して、部室の中が真っ暗になった。

 女子達が僕の周りにくっついてきて、僕はみんなを抱きしめる。


 外はバケツをひっくり返したような雨が降り続いていた。

 時々雷も鳴って、辺りが昼間みたいに明るくなる。

 強い風で林の木々がギシギシと悲鳴をあげた。

 獣道は濁流だくりゅうになっている。


 停電はすぐには直らず、照明は落ちたままになった。

 この部室だけが停電してるのか、学校やその周囲も停電してるのかは、ここが林の中だから分からない。


「とりあえず、落ち着こう」

 僕は、女子達に言った。

 ぴったりとくっついていて、みんなの速い鼓動が伝わってくる。

 真っ暗だけど、僕が抱っこしてるのは千木良で、左隣にいるのは綾駒さん、右隣にいるのは朝比奈さん、足にしがみついてるのは滝頭さんで、背中にぴったりとくっついてるのは柏原さん、ってことは、その感触で分かった。

 となると、千木良の上から僕に張り付いてるのは、消去法で烏丸さんだろう。


 みんな、雷鳴がするたびに、ぎゅって僕により強くくっつく。

 押しつぶされそうになったけど、僕は頑張ってみんなを支えた。


 そんな中で、香と弐号機は、窓から不思議そうに目の前の光景を見ている。

 香は、こんな酷い雷雨を見たのが初めてなのかもしれない。



「千木良、コンピューターは大丈夫?」

 僕は抱っこしている千木良に訊いた。

 この部室には香を開発している千木良のワークステーションがある。


「ええ、停電してもUPSで電源供給して、安全にシャットダウンしたと思うから問題ないわ」

 僕にしがみつきながら千木良が言った。

 香を開発してきたデータが飛んだりしたら大変だから、それはなによりだ。



「それじゃあ、明かりを探そうか」

 僕は言った。

 いつまでも真っ暗な中にいるわけにはいかない。


「ランプ類は外の物置小屋の中だな」

 柏原さんが言った。

 バーベキューの時や、前に僕が中庭のテントで暮らしたときの照明は、そっちにまとめてあるらしい。

 この雨だとそこまで取りに行くだけでずぶ濡れになるだろう。

 真っ暗で、そこまでたどり着けるかも分からないし。


蝋燭ろうそくとかあればいいんだけど」

 朝比奈さんが言う。

 蝋燭っていっても、ケーキの上に載せるような小さいやつが台所にあるだけだった。


「あっ、そういえば、確かうらら子先生のコスプレ衣装の中に、大きな蝋燭があったよ」

 綾駒さんが思い出す。


 先生がなんでそんな大きな蝋燭を持ってるのかは置いといて、僕達はそれを探した(研修から帰って来たら先生を問い詰めよう)。


 僕達は、スマホのライトで手分けして八畳間の押入やタンスの中を探って、それを見つける。

 手錠とかロープと一緒に、何本か蝋燭が仕舞ってあった。

 白くて太い、立派な蝋燭だ。


 下にお皿を敷いて、ライターで蝋燭に火をつけた。

 居間に何カ所かそれを置く。

 蝋燭の揺れる光が、居間をオレンジ色に照らした。

 部屋の中が明るくなったことで、やっと人心地がついた。

 全員の顔が見られて安心する。


 千木良の眼がキラキラしてるのは、きっと雷が怖くて涙目になってるんだろう。


不謹慎ふきんしんだけど、なんか、電気が使えなくなったり、蝋燭の灯りだけだったり、サバイバル感出てきて楽しいな」

 柏原さんが言った。

 台風とか嵐が来る前に気持ちが高ぶる感じ、分かる気がする。


「なんか、安心したらお腹すいちゃった」

 綾駒さんが言った。


 そういえば、夕ご飯はまだだ。


「あっ!」

 朝比奈さんが大きな声を出す。


「どうしたの?」

「うん、停電してるってことは、冷蔵庫も止まってるから、アイスとか、溶けちゃうと思って」


 僕達は台所で冷蔵庫を確認した。

 とりあえず、肉とか魚とか、腐ったらいけないものをクーラーボックスに移して、氷と保冷剤を入れておく。

 問題は冷凍庫だった。

 冷凍庫には、うらら子先生のピノが詰まっている。

 先生が毎日お風呂上がりに食べるやつで、一箱一箱全部名前が書いてある(先生は他の誰かがそれを食べると怒る)。


「先生には悪いけど、このままだと溶けちゃうし、いただきましょう」

 朝比奈さんが言って、僕たちはみんなでピノを食べた。

 先生が溜め込んでたから、一人二箱食べても、まだ残っている。


「わっ、ハート型の出た!」

 ハート型のピノを出して、涙目だった千木良が無邪気に喜んだ。

 雷鳴を聞きながら、みんなでくっついてピノを食べるのはなんだかおかしい。

 みんなの吐息がチョコとバニラの匂いになって、甘さに酔いそうになった。

 ここはどこよりも甘い空間だ。


 ピノだけだとお腹にたまらないから、ガスコンロでお湯を沸かして、カップラーメンを作って食べた。

 蝋燭の灯りの中でみんなで麺をすする。


 なんだか、本当にサバイバルになってきた。


 相変わらず、雨は降り続いていた。

 時折大きな雷鳴も聞こえる。


 僕たちは、別にそうしなくてもいいのに、居間の片隅に集まって、くっついていた。

 千木良はいつの間にか朝比奈さんに抱っこされていて、その胸の中で寝ている。

 朝比奈さんは、千木良の背中を優しく叩いてリズムを与えていた。

 聖母のような優しい顔で千木良を見ている。


 控えめに言って、代わってほしい。


 だけど、朝比奈さんが千木良を抱っこしてる姿は、朝比奈さんがお母さんになったときの姿を想像させて、自然と頬が緩んだ。



「停電、いつまで続くんでしょうね?」

 滝頭さんさんが言って欠伸あくびをした。


「スマホのアンテナが立ってないのは、近くの基地局も停電してるのかな? それとも、基地局に雷が落ちたとか」

 烏丸さんが言う。


 情報を得る手段がなくて、何も分からなかった。

 外からの情報が遮断しゃだんされてることが、こんなに不安だとは思わなかった。



 日付が変わっても停電したままで、さすがに、不安になってくる。

 相変わらず、雨風も強いままだ。

 土砂降りの雨音と風の音の向こうで、微かに消防車のサイレンの音が聞こえたような気もした。


「それなら、香が外の様子を見てこようか?」

 香が言った。


「えっ?」


「私はみんなより力が強いし、水に流されないで外に出られるよ。思いっきりジャンプして、風よりも速く走ればいいんだし」

 香が笑顔で言う。

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