第192話 お母さんのカレー

「へえ、ここが、柏原さんの部屋なんだ」

 僕はその部屋の入り口で、十畳ほどの部屋を見渡した。

「うんうん、柏原先輩らしい部屋ですね」

 滝頭さんが頷いている。

「あんまり隅々まで見るなよ。恥ずかしいんだぞ」

 柏原さんが照れた。



 その部屋は、およそ女子の部屋ではなかった。

 部屋の家具はほぼ黒で統一されていてモノトーン。

 壁は自動車やバイクのポスターで埋まっていて、軍事用アンドロイドのポスターも張ってある。

 自動車関係の雑誌が詰まった本棚の横には、車のプラモデルの箱が幾重にも積み重ねてあった。

 床には工具箱が広げてあって、中に僕が見たこともないような工具が詰まっている。

 部屋の真ん中にある、車のサスペンションを脚にしたテーブルは、柏原さんが不要になった部品を溶接して作った一点ものだ。

 窓際にあるベッドは柏原さんの体に合わせて大きくて、たとえば、柏原さんの隣に僕が寝たとしても、十分寝られるくらいの横幅があった。

 唯一、ハンガーにうちの高校の女子の制服が掛かっていて、それがこの部屋が女子の部屋って示している部分だ。


 いやでも、女子の部屋ってステレオタイプを押しつけるのは、いけないことなんだろうけど。



 学校が終わって、僕達「卒業までに彼女作る部」の部員は、柏原さんちの工場に直行した。

 もちろん、お父さんと対決する柏原さんを手伝うためだ。

 工場には柏原さんの家が隣接していて、僕達はひとまず三階にある柏原さんの部屋に荷物を置きにきた。


「よし、それじゃあさっそく着替えて作業するか!」

 柏原さんがシャツのボタンに手をかける。

「ほら、あんたは外に出てなさい」

 千木良が言って、僕は廊下に締め出された。

 柏原さんの部屋の中で、女子たちがキャッキャ言いながら着替える声を聞きながら、僕も廊下で学校のジャージに着替える。


 もうかなり長く一緒にいるんだから、そろそろ一緒の部屋で着替えさせてもらったっていいと思うんだけど。



 柏原さんがチューンするR32スカイラインは、工場の一番隅にあった。

 ガンメタリックの車体がひっそりと置いてある。

 外見はどこも改造されてなくてノーマルな感じだった。

 でも、車体のあちこちに小さな傷やへこみがある。

 塗装が剥げかけている部分もあった。

 特徴的なリアの丸目のライトも、一つ割れている。

 シートに破れている部分があったり、内装もやつれていた。

 30年くらい前の車だし、仕方ないのかもしれない。

 でも、伝説的な車からは、ただ者ではないオーラのようなものが発せられていた。


「外見はへたってるけど、事故車じゃないし、エンジンも綺麗だな」

 ボンネットを開けた柏原さんが言う。

 名車の前で柏原さんは目をキラキラさせていた。

 柏原さん、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。

 普通の女子が、洋服とかアクセサリーとかを前にしたら、こんな顔をするのかもしれない。

 女子が楽しそうにしてるのを見ると、こっちまで楽しくなる。


「よし、まずは、一旦全部バラすか」

 柏原さんが当然のことのように言った。

 僕はタイヤ交換だってしたことがないし、車を全部バラすとか、想像もつかない。


「うん、やりましょう!」

 朝比奈さんが言って、他の女子達も腕まくりした。

 基本、インドア派の綾駒さんや千木良も鼻息が荒い。


 やっぱり、うちの女子達はなんにもで前向きだ。



 僕達は、柏原さんの指示に従って作業した。

 車のことは分からないから、基本、柏原さんバラしたパーツを運んだり、並べたり、汚れを落として磨いたりとか、そんなことしかできなかったけど。



「お嬢、頑張れよ」

 僕達が作業してたら、工場の従業員の人が柏原さんに声をかけた。

「社長に負けるな」

 従業員さん達が、口々に声をかける。


 柏原さんは、従業員さん達にも愛されているみたいだ。

 子供の頃からずっとここを遊び場みたいにしてたっていうから、みんな、柏原さんのことを娘みたいに思ってるのかもしれない。


 これだったら、余計に柏原さんにここを継がせたらいいのにって思う。



 夕方までみんなで作業してると、家の方からカレーのいい匂いが漂ってきた。

 飾らない、家庭的なカレーの匂いだ。

 そのうち柏原さんのお母さんが僕達の前に顔を出す。


「みんな、ありがとうね。お夕飯出来たから、食べていって」

 お母さんが言った。

 お母さんは、柏原さんよりも小柄だった。

 顔は柏原さんと似ていて美人だけど、髪が長くて、それをふんわりと後ろでまとめていて、柏原さんとは雰囲気がまったく違って見えた。

 胸に猫の刺繍が入ったピンクのエプロンは、柏原さんなら絶対にしないと思う。


「あー西脇君、お母さん見てニヤニヤしてる」

 綾駒さんが余計なことを言った。


「あんた、見境がないわね。年上が好みなの?」

 千木良も僕を冷やかす。


「いえ、違うんです! お母さんを見てたら、その、あの、柏原さんも大人になったら、お母さんみたいになるのかなって、思って……」

 僕は慌てて言い訳をした。


「ふうん、西脇があんな感じがいいなら、僕もそうしてみようかな」

 柏原さんまで僕をからかう。


「あなたが西脇君なのね」

 お母さんがそう言って、僕を、頭のてっぺんからつま先まで観察するように見た。

「いつも、つみきが言ってるのとは、随分雰囲気が違うけど」

 お母さんが言う。


 柏原さん、僕のことどんなふうに言ってるんだろう……



 お母さんのカレーをみんなで頂いたあとも、作業が続いた。

 切りがいいところまでって思ってたら、いつのまにか夜の11時を回ってしまう。


「遅くなっちゃったし、みんな泊まってけよ」

 柏原さんが言った。


「うちには従業員さん用の広いお風呂場もあるから、明日の朝、ここからみんなで学校に行けばいいわ。泊まっていって」

 柏原さんのお母さんも勧めてくれる。


「そうだね、そうさせてもらおうか」

 朝比奈さんが言ってみんなが頷く。


 そうか、となると、またみんなで雑魚寝することになるのか。


 そうかぁ、雑魚寝かぁ……


 柏原さんの部屋は今まで僕達が雑魚寝してきた部屋よりも狭いし、もしかすると、女子達と体が密着しちゃうかもしれない。

 寝相が悪い部員もいるし、重なり合って眠る可能性もある。

 でもこれは、決してエロい目的ではなく、柏原さんの進路を決めるための決戦を手伝う崇高な目的のためだから、やむをえない。


 仕方ないなぁ

 本当はそんなことしたくないけど、みんなで雑魚寝するかぁ。


 僕がそう考えて、みんなの後をついて柏原さんの部屋に行こうとしたときだった。



 突然、柏原さんのお父さんが僕の前に現れる。


「おい、君。君はこっちだ」

 そう言われて、僕は従業員用の仮眠室に連れて行かれた。

 六畳くらいの部屋で、そこに布団が敷いてある。

「君はここで寝なさい」

 お父さんが言った。


 まっ、そうですよねー。

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