第191話 父の背中
「うちの
柏原さんが言った。
「当時存在したF3000っていうフォーミュラーカーのレースで、優勝も経験してる。スポンサーを見つけられなくてレーサーになる夢は
柏原さんが続けて、それを聞いてる僕達他の部員は息を呑んだ。
「それから、親父が手をかけてる愛車で自慢のR32スカイラインは、500馬力は出てるし、ロールケージ組んだりスポット増ししたりボディ剛性完璧で、足まわりも徹底的に手が入ってるからな。僕は子供の頃、初めてその車に乗せてもらったとき、怖くて泣いてしまったんだ」
この柏原さんが泣いてしまうって、どれほどの車なんだ…………
「ってことは、まったく勝たせる気がないってことじゃない」
僕が抱っこしている千木良が言った。
そんな、
僕は、千木良が余計なことを言ったからとりあえずその脇腹をくすぐっておく。
柏原さんのお父さん、本気で柏原さんを止めようとしてるってことか。
お父さんの工場からの帰り道で、柏原さんならもしかしたら勝てるかも、とか考えていた自分の浅はかさを、僕は思い知らされた。
それにしても、憎まれ口をきいてたのに、お父さんのことを語る柏原さんは、なんだか誇らしげだった。
僕たちは柏原さんのお父さんの自動車修理工場から帰って、部室で対策を話し合っている。
いつものようにちゃぶ台に集まって、柏原さんにお父さんとの話し合いの結果を報告していた。
お父さんに勝てば工場を継がせてもらえるっていう提案を受けて、柏原さんのことだから、「よし! やってやる!」とか、勇ましいことを言ってくれるのかと思ったのに、柏原さんの顔は不安で曇ってしまった。
柏原さんは身をもってお父さんのすごさを知っている。
ちゃぶ台を囲んだ僕達の士気が完全に落ちた。
いつも僕達の尻を叩いてくれるうらら子先生も、腕組みして黙っている。
こうして僕達が会議をしているあいだに、柏原さん宛てにお父さんからメールが来て、対決方法の詳細が知らされた。
場所は、お父さんの知り合いが運営している小さなサーキット。
勝負の方式は単純で、そのサーキットで、先行するお父さんの車を柏原さんがチューンした車が10周以内に追い抜くことが出来たら、柏原さんの勝ち。
10周以内に抜けなかったら、お父さんの勝ちというルール。
柏原さんが勝てばお父さんは柏原さんが工場を継ぐのを許す。
負ければ、柏原さんはそれを諦めて、新たな進路を探さなければならない。
「それで、柏原さんがチューンする車はどうするの?」
僕が訊く。
「親父が、ほぼノーマルのR32のスカイラインを一台貸してくれるらしい。それを、僕が工場の機材を使って自由にいじっていいって書いてきた」
柏原さんがメールを読みながら説明した。
貴重な車を一台用意してくれる上に、機材まで使い放題って、お父さん、よっぽど余裕があるんだろう。
絶対に負けない自信があるから、そんな、こっちに塩を送るような提案をしたに違いない。
「もう、この勝負を諦めて、素直に他の進路を探そうかなぁ」
いつになく弱気の柏原さんが言った。
柏原さん、苦笑いしている。
肩を落としてると、柏原さんがいつもより一回り小さく見えた。
これはこれで可愛いけど、こんなの柏原さんじゃないと思う。
「そうだな、進路なら、いっそのこと西脇のお嫁さんにでもしてもらおうかな」
柏原さんの言葉に、女子達が、
「ダメッ!」
って全員で突っ込みを入れた。
柏原さんは冗談だよって笑う。
そうだよ。
もしあるとしたら、僕が柏原さんをお嫁にもらうんじゃなくて、僕が柏原さんのお
「あなた達は、いつからそんな弱気になったの?」
香は白いワンピースの腰に手をやって、ちゃぶ台の僕達を見下ろしている。
僕は香に
朝比奈さんそっくりな香に蔑んだ目で見られて、ゾクッとした。
僕の中で、なにか新しい扉が開いた音がする。
「負けたら継げないってことなら、勝負だけでもしてみればいいじゃない。どうせ継げないなら、失うものはないでしょ? 勝負しなかったら自動的に継げないんだし」
香が言うことはもっともだ。
いえ、もっともでございます(なぜか心の中で敬語を使っている僕)。
「よし、やるだけやってみるか」
僕達の中で一番はじめに声を上げたのは、やっぱり柏原さんだった。
「そうだね、やろう!」
朝比奈さんも声を弾ませる。
「私も、私に出来ることだったら喜んで手伝うよ」
綾駒さんが言った。
「コンピューターに関わることだったら、私に任せておきなさい」
千木良が言う。
「私もお手伝いします! 私、アンドロイドなんで疲れないし、寝なくても平気ですし! こき使ってください!」
滝頭さんが立ち上がる。
「そうだよ! やろう。僕も全力でサポートするから。工場に詰めて、徹夜して柏原さんちに泊まったっていいし」
僕が言ったら、
「ダメッ!」
って女子達に突っ込まれた。
その突っ込みがあまりにもタイミングがぴったり合ったから、みんな思わず吹き出してしまう。
本当に、打ち合わせをしたみたいに合っていた。
良かった。
何事にも挑戦する我が部の普段が戻ってきた。
それでこそ、我が「卒業までに彼女作る部」だ。
僕達の意気が上がったのを見て、香が満足そうに頷いている。
「それで、こっちのドライバーは誰がやるの?」
うらら子先生が訊いた。
その質問をしたうらら子先生を、僕達がみんなで見詰める。
「えっ? 私?」
先生が目を丸くした。
「だって、僕達の中で車を運転できるのは、うらら子先生しかいないじゃないですか」
僕は言った。
「無理無理無理無理! 絶対に無理だから!」
うらら子先生が、全力で首を振る。
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