第190話 条件

「どうも、初めまして。僕は、つみきさんとお付き合いさせてもらっている、西脇といいます」

 僕はそう言って頭を下げた。

 緊張で、僕の口の中はパサパサに乾いている。


 目の前にいるのは、柏原さんのお父さんだ。

 お父さんは白いTシャツを着ていて、作業着のつなぎを上半身だけ脱いで腰に巻いていた。

 キリッとした眉毛で鼻が高い、渋い顔のイケメンだ。

 そのイケメンっぷりは、柏原さんそっくりだと思う(いや、逆に柏原さんがお父さんにそっくりなのか)。

 髪を紺のバンダナまとめていていたり、銀のネックレスをしていたり、お父さん、おしゃれだった。

 そして、身長が190以上あって筋骨隆々な姿は、相当な威圧感があった。

 その太い腕で、僕なんか簡単に絞め落とされてしまいそうだ。


「うちの娘と付き合っている、だって?」

 お父さんが眉をひそめた。


「あっ、いえ、お付き合いというのは、そういう意味ではなくて……つみきさんとお友達として、同じ部活の部員として、お付き合いさせてもらっているのであって……」

 僕は慌てて言った。

 顔から汗がだらだら流れている。

 あまりの緊張に声が裏返っていた。

 僕の隣にいる朝比奈さんと綾駒さんが、両側から僕を肘で突いた。

 二人の目が、しっかりしなさい、って言っている。


「ホントに、彼氏とかそう言うのとかではなく……」

 しどろもどろで説明して、なんとか納得してもらった。


 だけど、お父さんが、を手にしてるのが気になる。

 それでガツンと、殴られる可能性が捨てきれなかった。



 僕達、「卒業までに彼女作る部」の部員は、柏原さんを除く全員で、柏原さんのお父さんが経営している自動車修理工場に来ている。

 どうしてこんなふうにお父さんと相対しているかというと、それは昨日の部室に遡る。


 昨日の夕方、行方不明になっていた柏原さんを見付けて部室に帰ると、僕達はそこで会議をした。

 どうにかして、柏原さんのお父さんに、柏原さんがお父さんの自動車修理工場を継ぐことを認めさせたい、二人に和解してもらいたい。

 そのためにはどうしたらいいか、部員みんなとうらら子先生で話し合った。

 その結果、みんなで押し掛けて正面から頼もうってことになった。

 柏原さんの証言から、お父さんは一本気な人ってことで、変な小細工をしない方がいいと考えたのだ。


 僕達で、柏原さんがどれだけ機械いじりが好きで、どれだけお父さんの工場が好きで、どれだけ真摯しんしな気持ちで工場を継ぐつもりかってことを説明しにいこう、ってことになった。

 当人である柏原さんが行くと感情的になって話がこじれる可能性があるから、柏原さんには部室で待機してもらった。


 頑固なお父さんのところへ乗り込むつもりで来たのに、いきなりカウンターパンチを食らって、僕はノックアウト寸前だ。



「あの、私達、つみきさんの進路の事で来ました」

 僕の代わりに、冷静な朝比奈さんが一歩前に出て言った。


「そうなんです。どうか、つみきさんがこの工場を継ぐっていう話を、認めてください」

 同じように一歩前に出た綾駒さんが言う。


 さすがはうちの部の女子だ。


 僕なんかより、よっぽどきもが据わっていた。

 千木良も下から父さんを睨むようにしてるし、滝頭さんもお父さんの眼力に負けてない(この瞬間、僕は部長職の奉還ほうかんを考えた)。



「ほう、なんだつみきの奴、自分では言えないことを、友達に言ってもらおうって魂胆こんたんか」

 お父さんが言った。


「意気地のない奴だ。君達、わざわざ来てもらって悪かったね。そんな意気地のない奴には、ますます、ここを継がせるわけにはいかないよ」

 お父さんが続ける。


「いえ、僕達が来たのはつみきさんに頼まれたんじゃなくて……」

 マズい。

 二人を仲直りさせようとしたのに、余計にこじらせてしまった。


 お父さんは、「ちょっと待っていてくれるかな」って言って、工場の奥へ引っ込んだ。


 柏原さんちの工場は、車のリフトが十機以上並ぶ、結構広い工場だった。

 整備中の車が五台あって、従業員の人達が熱心に働いている。

 工場の前の駐車場には整備を待つ車が十数台停まっていた。

 GTRとか、NSXとか、WRXとか、スポーツカーが多いみたいだ。

 新しい車ばかりじゃなくて、RX-7とか、ランエボとかも置いてある。

 日本車だけじゃなくて、ダッジのチャージャーとか、マスタングとかもあった。

 派手なステッカーが車全体に貼ってある車は、レース用かもしれない。



 しばらくして、お父さんが奥から戻って来た。

 お父さん、その手に炭酸飲料のペットボトルとかお菓子の袋をたくさん抱えている。

「お茶も出さずにすまなかったね。これを飲んだら、帰ってくれるかな? 私も仕事で忙しいからね」

 お父さんはそう言いながら炭酸飲料やお菓子を僕達に配った。


 本来は、こんな気遣いをしてくれる、優しい人なんだろう。


 僕達は、お互いに顔を見合わせた。

 どうしよう、って目で話しをする。


 すると突然、

「それじゃあ、どうしたら継がせてもらえますか?」

 朝比奈さんがお父さんに食い下がった。

 何事に関しても完璧な朝比奈さんは、男気まであった。

 朝比奈さんの凜々しい横顔に僕は惚れ直す。

 控え目に言って、一生ついていきたい。


「どうしたら?」

 お父さんが訊き返した。

「はい、なにか、条件を出してください」

 朝比奈さん、胸を張って毅然きぜんとしている。


「そうだな…………」

 柏原さんのお父さんが空で考えた。

 朝比奈さんの力強い言葉に、屈強なお父さんも少なからず押されたみたいだ。



「よし、こんなふうにつみきのことを想ってくれる友達に免じて、一つ、条件を出そう。つみきがチューニングした車で、俺がチューンナップした愛車にレースで勝つこと。それを条件にしよう。もしつみきが勝てたら、この工場を継ぐことを認める」

 お父さんが言った。


「分かりました。受けて立ちます!」

 千木良が言う。

 その言葉に女子達も頷いた。


 あ、受けて立っちゃった。


 僕はそう思ったけど、もう遅かった。



「まあ、せいぜい頑張ってくれって、娘に伝えてくれるかな」

 別れ際、お父さんが言った。

 僕達はお礼を言って工場をあとにする。



 その時、僕達はまだ、その提案がどれだけ柏原さんに不利か、全然分かってなかった。

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