第173話 謝罪

「西脇君は、新入生の彼女になにをしようとしてるのかな?」

 うらら子先生の平板な声がした。


 覚悟を決めて振り向くと、そこには、先生と制服姿の我が部の部員がそろっている。

 みんな、怒っているわけでもなく、笑顔でもない、ニュートラルな表情をしていた。


 みんなの目の前で、僕は滝頭さんのシャツの三つめのボタンに手をかけている。

 滝頭さんの胸元がはだけていた。

 彼女の顔は、真っ赤に上気している。


 絶対に言い訳が出来ない状況だった。


 そんな状況下での、みんなのフラットな視線が逆に怖い。

 どうせなら、もっと怒ってくれたほうがよかった。



「いえ! これは違うんです! 滝頭さんの服を脱がせようとしてたとか、そういうことでは全然なくて!」

 それは絶対に嘘ではないし、僕は必死に主張する。


 滝頭さんも僕の言葉に頷いてくれた。


 ただでさえ静かな保健室に、一層の静寂せいじゃくが訪れる。

 それは、永遠にも思える時間だ。




「ぷっ!」

 突然、誰かが吹き出した。

 それを合図に、みんなが急に笑い出す。

 僕と滝頭さん以外の全員が笑っていた。


 保健室に女子達の底抜けに楽しそうな笑いが響く。

 千木良まで、腹を抱えるようにして笑っていた。


「あの……」

 僕は、訳が分からなかった。


「西脇君、大丈夫だよ」

 朝比奈さんが言う。


「西脇、分かってるって。君が女子に手を出さないのは、もう、太陽が東から昇るのと同じくらい、当たり前のことだしな」

 柏原さんが言った。


「西脇君にそんな積極性があったら、今頃、ねっ」

 綾駒さんが、意味ありげに言う。


「西脇君は、私が目の前で全裸で立ってたって、固まって手を出してこないもんね」

 うらら子先生までそんなことを言う(教師が生徒の前で全裸で立ってるって、どういう状況ですか!)。


 いや、さすがにうらら子先生が全裸で目の前に立ってたら、僕だって何かしないでいる自信はない。



 とにかく、言い訳しなくても誤解が解けてるみたいで良かった。




「滝頭さん、ごめんなさいね」

 うらら子先生が滝頭さんに向き直って謝る。

 部員の女子達も、同時に頭を下げた。


「まさか、あなたが倒れちゃうとは思わなかったから、色々用事を言いつけたりしてごめんなさい」

 先生は滝頭さんをこき使ったことを謝った。


「朝、ジョギングに付き合わせちゃってゴメンな」

 柏原さんも頭を下げる。


「無理にフィギュア作り手伝わせちゃって、ゴメンね」

 綾駒さんも平謝りだ。


「滝頭さんが部に入って来たら、ただでさえ優柔不断ゆうじゅうふだんな誰かさんが、滝頭さんにも目を奪われて、もっともっと優柔不断になっちゃうんじゃないかって、みんなちょっとだけ意地悪したくなっちゃったんだよね」

 朝比奈さんが言った。


 誰だ、その、優柔不断なヤツって。



「これからは仲良くやっていきましょう」

 柏原さんがベッドに近づいて、滝頭さんの肩に手を置く。


「滝頭さんって、けっこう美少女だよね」

 綾駒さんが彼女の手をすりすりした。



「ほら、千木良ちゃんも」

 朝比奈さんにうながされて、千木良が滝頭さんの前に立った。


「これ、あげる」

 千木良が滝頭さんに一つの袋を差し出す。

 それはキャベツ太郎の袋だった。


「さっき、変なこと頼んでごめんなさい」

 千木良が謝る。

 滝頭さんに10円だけ渡してキャベツ太郎を買って来るよう、パシリに使った千木良。


「いえ、先輩、頭をあげてください」

 滝頭さんは千木良からキャベツ太郎を受け取って手を握った。

 二人は固い握手を交わす。


 千木良が人にキャベツ太郎をあげるなんて、天と地がひっくり返ったような大事件だ。

 それをしたことで千木良の謝罪の意思が確かだって分かる。


 まだまだ不器用だけど、千木良がちゃんと人に謝ることができて良かったって思った。


 さっき、罰として千木良を脇腹くすぐりの刑に処するって決めたけど、それは撤回して、代わりにほっぺたスリスリのご褒美ほうびにしてあげようと思う。



「もしよかったら、これにりずにうちの部に入ってね」

 朝比奈さんが言った。


「はい、もちろんです! こちらこそ、倒れてみなさんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。たぶん、制御ソフトのバグか、センサーの不調なので、直して頂ければ大丈夫です。どうぞ、この部に入れてください」

 滝頭さんが言った。


 制御ソフトのバグとか、センサーの不調とか言われて、女子達が苦笑いする。




「さあ、それじゃあ、部室に戻ろうか」

 うらら子先生が言った。


「はい!」

 滝頭さんがベッドから下りて、元気に返事をする。


 みんなで部室に戻った。


 部室に歩きながら、滝頭さんは千木良と仲良く手を繋いでるし、美少女好きの綾駒さんは彼女にべったりとくっついている。

 滝頭さんがさっそく我が部に溶け込んでくれて、部長として嬉しい。



「ねえ、部長、滝頭さんがうちの部に入ってくれるなら、もう、を見せてあげてもいいんじゃない?」

 朝比奈さんが言った。


「そうだね。、見てもらおうか」

 確かに、入部が決まったなら、もうを隠しておく必要もない。


ってなんですか?」

 滝頭さんが不思議そうな顔をする。




 僕達は部室に上がると、滝頭さんを八畳間に連れて行った。

 そこで、布をかけて隠してある香の前に、彼女を立たせた。


 あれとはもちろん、香のことだ。


 我が「卒業までに彼女作る部」の傑作、香を滝頭さんに見せる。



「じゃーん」

 朝比奈さんが布をめくった。


 中から、椅子に座った朝比奈さんと瓜二つの香が出てくる。

 真っ白なワンピースに身を包んだ香。

 千木良が電源を入れると、香が立ち上がった。


 香は朝比奈さんと並ぶ。


 並んだ二人がニコッて笑った。

 そのタイミングがぴったりで、完全にシンクロしている。

 瞬きのタイミングまで合っていた。


「我が部が作った『彼女』、アンドロイドだよ」

 朝比奈さんが言う。


「初めまして、香です。あなたが滝頭さんね」

 香が発した。



「ああ……」

 それを見た滝頭さんから力が抜けて、畳の上に倒れそうになる。


「おっと、危ない」

 それを柏原さんが受け止めた。


 滝頭さん、びっくりしすぎて気を失ったらしい。


「大丈夫?」

 朝比奈さんと香が同時に言った。

 それもシンクロしている。


 せっかく保健室のベッドから出られたのに、滝頭さんは、また居間の畳の上に寝かされることになった。


 滝頭さん、アンドロイドを自称してるけど、ホントにか弱いアンドロイドだ。

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