第174話 支配者

 新入部員の滝頭さんと香が、部室の中庭で遊んでいる。

 二人の楽しげな声が、部室を囲む林に響いていた。


 二人は庭で体力測定のようなことをしている。

 香が垂直跳びで部室の屋根を越えたり、幅跳びで庭の端から端まで跳んで見せたりした。

 東京アンドロイドオリンピックの予選会に向けて柏原さんがしたチューニングが効いていて、香の身体能力は目に見えて上がっている。


「私も、行きます!」

 まねして前に跳んだ滝頭さんは、30㎝くらいで着地して、勢い余って前に倒れた。


「きゃん!」

 そう言って地面にうつ伏せになる滝頭さん。

 制服のスカートがまくれてミントグリーンの縞々しましまパンツが見えた。

 この前廊下で転んだときに見たパンツと同じ色だ(滝頭さんはグリーンの縞々好き、と、心にメモしておく)。


りんちゃん大丈夫?」

 香が滝頭さんを助け起こした。


「はい、すみません。大丈夫です」

 滝頭さんは助け起こされて制服のほこりを払う。

 香が滝頭さんの三つ編みについた埃を払ってあげた。


ねえさん、不甲斐ふがいなくてすみません」

 自称アンドロイドの滝頭さんは、なぜか香のことを姐さんと呼んでいる。

 ここ数日、同じ?アンドロイドである香の能力を見せつけられて、すっかりあおいでいた。


「香姐さん、我らアンドロイドが人類を征服して、この地球の支配者となるその日まで、頑張りましょう」

 口元をゆがめて悪い顔をしながら滝頭さんが言う。


 自称アンドロイドの滝頭さんは、人類の支配も目論もくろんでいるらしい。



「先輩、早く私を香姐さんみたいに改造してくださいね」

 滝頭さんが柏原さんに言った。


「お、おう」

 柏原さんが苦笑いする。


「千木良先輩も、私のAIのアップデート、お願いします」

 滝頭さんは千木良にも迫った。


「そんなこと、できるわけな……」

 千木良が余計なことを言いそうだったから、僕が口をふさいでおく。


「痛っ!」

 塞いだ手を千木良に噛まれた。

 僕の指に千木良の歯形がくっきりとついてしまう。

 罰として脇腹をくすぐっておいた。


「こら! やめろ!」

 僕の腕の中で千木良が暴れる(ちなみにくすぐりながら見える千木良のパンツは、相変わらず熊のバックプリントだ)。


「嘘です! 嘘です! ごめんなさい」

 千木良が音をあげた。


 滝頭さんが入部してから、我が部はますますにぎやかになっている。




「さあ、みんなお茶にしましょう」

 エプロン姿の朝比奈さんが縁側から顔を出した。


「はーい」

 僕達は部室に上がって居間のちゃぶ台を囲む。


 今日のおやつは、中にたっぷりとあんが入ったヨモギのお団子だ。


「ところで、滝頭さんはおやつ食べられるの?」

 綾駒さんが訊いた。


 そういえば、滝頭さんは一応、アンドロイドっていう設定だった。


「はい! 私は人間が摂取せっしゅする食べ物からエネルギーを取り出すことができるタイプのアンドロイドです!」

 滝頭さんが言い切った。


 随分と都合がいいアンドロイドだ。

 そういう機能は、まだごく一部の超高価なアンドロイドだけにしか実装されていないはずだけど。


「すごい! 私より進んでるね!」

 香が言った。


「いえ、姐さんそんなことないです」

 滝頭さんが照れている。


 この二人のやり取りにどんな顔をしていいのか、反応に困った。




「おにいちゃーん!」

 僕達が平和に午後のお茶をしてるところに、妹の野々が飛び込んできた。


 まだ着慣れない制服姿の野々が、靴を脱いで居間に上がる。


「野々ちゃん、いらっしゃい」

 朝比奈さんが野々にもお茶を入れてくれた。


「あぁ、美少女が増えたよ」

 綾駒さんが野々を隣に座らせて抱きしめる(野々に綾駒さんには注意するように言っておこう)。



「ここは本当に美人ばっかりで、お兄ちゃんには過ぎた環境だねぇ」

 野々が女子部員達を見渡して、そんな生意気を言った。


「えっ? もしかして、野々ちゃんって西脇先輩の……」

 滝頭さんが目を丸くする。


「うん、私は西脇馨の妹だよ」

 野々が言った。


「あれ? 滝頭さんと野々ちゃんは、もしかしてクラスメート?」

 綾駒さんが訊く。


「うん」

「はい」

 二人が頷いた。


 同じクラスだったのか……


「野々、ちょっと」

 僕は野々を居間のすみに呼んだ。


「野々、滝頭さんのこと、頼むな」

 僕は野々の耳元で声を潜めて言った。


「うん、滝頭さん、ちょっと変わってるけど、いい子だし、仲良しになれるよ」

 野々も小声で言う。

 滝頭さんはドジっ子だし、危なっかしいところがあるから、野々に頼んでおくに越したことはない。


「なによ、兄妹でヒソヒソ話して」

 綾駒さんが言われて僕達はちゃぶ台に戻った。



「野々ちゃん、学校には慣れた?」

 朝比奈さんが訊く。


「うん、忙しいけど、楽しいよ」

 ニコニコ顔で言う野々。


「好みの男子とかいた?」

 綾駒さんが訊く。


 僕は耳をそばだてた。


「うーん、いないかなぁ」

 野々が言う。

 僕は、その、「うーん」の部分が気になった。

 やっぱり、用心のために野々の教室に見張りに行くか、野々の机に盗聴器を仕掛けておくべきかもしれない。



「それで、野々ちゃんはどこの部活に入るんだ?」

 柏原さんが訊いた。

 それは僕も気になっていた。


「うん、野々ね、色々考えたんだけど……」

 野々が腕組みをする。


「野々は、生徒会に入ろうと思うんだよ」

 目をキラキラ輝かせて言う野々。


「体験入部期間中に運動部も文化部も色々と回ってみたんだけど、どこも捨てがたくて、いっそ生徒会なら、文化祭とか体育祭とか、いろんな行事に参加できるから楽しいと思って。大変そうだけど、やり甲斐もありそうだし」


 さすが野々、好奇心の塊だ。


「それに、私が生徒会に入れば、部費のこととかでも、お兄ちゃんのこの部に利益誘導できるしさ」

 野々がふざけて言った。


 いや、それは冗談抜きでホントにお願いしたい。




「人の心配してる場合じゃないって、西脇君は分かってるの?」

 午後のお茶を楽しむ僕達のところへ、職員会議を終えたうらら子先生がそんなふうに言いながら入ってきた。


「あなたは三年生なんだよ。進路のこととかあるでしょ?」


 ああ、そうだった。


「西脇君は将来のこと、どう考えてるの?」

 うらら子先生が耳の痛いことを訊く。

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