第160話 イーグルパット

「ホントに、入ってる……」

 急いでグリーンのカップを確認しに行くと、「シホ」ことしーちゃんが打ったゴルフボールは、確かにカップの中に入っていた。


 4打でパーのところを、彼女はたった1打で沈めてしまったのだ。



「あんたこれ、どうやったの?」

 千木良がしーちゃんをにらみながら、くやしそうに訊いた。


「どうって、ただ単純に、すべての要素を計算して、それを実行しただけだよ。ティーグラウンドの風向き、グリーン付近の風向き、上空の風向き、温度、湿度、コースの地形、クラブの形、剛性、ボールの弾性、そして、私自身の性能と、骨格やアクチュエーターの疲労度。なにもかもを計算して最適なスイングをすれば、ホールインワンなんて簡単じゃない」

 しーちゃんは涼しい顔で言った。


 いや、彼女は元々無表情なんだけど。



 千木良が僕のふところで暴れて、しーちゃんに飛びかかりそうだから、僕は千木良をギュッと抱きしめて動きを封じた。

 それでも千木良がバタバタと手足を動かして抵抗する。


 一方で、当の本人である香は、

「しーちゃんすごいね」

 って、ケロッとした顔をしていた。




「さあ、香ちゃんも2打目でボールをカップに入れないとね」

 うらら子先生が言う。


 すると先生は、ゴルフバッグからパターを取り出した。

 しゃがんで、真剣な眼差しでグリーンのラインを読むうらら子先生。

 先生のミニスカートのもものあたりが気になって、僕は直視出来ない(ちなみに、黒だった)。


 芝を読んだ先生は、パターを握って、慣れた感じでスタンスをとった。

 香のボールがあるグリーンの縁から、カップに向けて強めに打ってみせる。

 僕には強めに見えたボールは、グリーンの上をうねうねと走って、見事にカップに入った。


 先生は飛距離がすごいだけじゃなくて、パットも上手だったのだ(なんで先生がこんなにゴルフが上手いのかは、ますます謎だ)。



「はい、香ちゃんの番ね」

 先生が香にパターを渡す。

「はーい!」

 香が元気に手を挙げた。


 香は、先生を真似て、しゃがんで視線を低くする。

 目をまん丸にして、注意深くグリーンの起伏きふくを読んだ。

 香のミニスカートの股のあたりが気になって、僕は直視出来ない(ちなみに、白だった)。


 香は先生が見せた手本のとおりにスタンスをとると、先生とは反対に、軽いタッチでボールを打った。

 ボールはゆらゆらとグリーンの上を転がって、カップの寸前で止まると思いきや、最後の一転がりでストンとカップに落ちる。


「やったー!」

 拳を突き上げる香。

「香ちゃん、やったね!」

 朝比奈さんが香の手を握って、僕達も拍手した。


 パー4のホールを、-2のイーグルで上がった香だって、十分すごいのだ。




 僕達はそのまま2番ホールに向かってティーグラウンドに立った。

 パー4、375ヤードのホールを、しーちゃんはまたもやホールインワンで上がって、香もやっぱり2打のイーグルだった。



 結局、9ホールを回ったしーちゃんのスコアは、-24。

 3ホールだけホールインワンを逃したけど、あとは全部ホールインワンだった。


 でも、全部のホールを2打で入れた香のスコア-18も、決して悪くはないと思う。



 抱っこしていた千木良の口数が少なくなった。


 お母さんの会社が作ったアンドロイドにその優秀さを見せつけられて、さすがの千木良もショックを受けてるらしい。

 これは天才千木良の前に立ちはだかった、初めての壁なのかもしれない。


 そんなふうに考えて、千木良の頭を優しくなでなでしてたら、

「なにするのよ、気が散るじゃない」

 千木良が言った。


「えっ?」

「香の改善点を考えてるんだから、邪魔しないでよ」

 千木良はそう言って口を尖らせる。


「香は電池の持ちを良くするために機能制限してるところもあるし、思考回路に余裕を持たせてあるから、冗長を削ればもっともっと高性能になるわ。やっぱり、ママのところのアンドロイドと戦うには、こっちも全力でいかないとダメみたいね」

 千木良が言った。


 なんだ、落ち込んでるんじゃなくて、香の性能を上げることを考えてたのか。


「そうだな、香の体の方も、命令を正確に実行出来るように、もっとシビアに調整しないといけないかもしれないな」

 柏原さんも言った。


「私も、しーちゃんを見てるともっともっと香ちゃんを綺麗に出来る気がする」

 綾駒さんが言う。


「香ちゃんは初めてゴルフやったんだもの、もっと練習すれば、上手くなるよね」

 朝比奈さんが香に微笑みかけた。



 我が部の女子達の前向きさが嬉しい。

 僕なんか、なにかあるとすぐに落ち込むのに、女子達はすぐに次のことを考えている。

 やっぱり、尊敬できる部員達だ。


 みんなのことが愛おしかったから、とりあえず、抱っこしている千木良を抱きしめておく。

「こら! なにする! 幼女を気軽に抱きしめるな!」

 そう言って千木良が暴れた。



 そのあと、香のデータを取るためにも、僕達は日が暮れるまでコースを回った。


 日が暮れて、お腹を空かせた僕達は、ホテルに戻って、レストランに千木良のお母さんが用意してくれたバイキング形式の夕ご飯をご馳走になる。



「それで、『シホ』ちゃんはどうするの? 誰かお迎えが来るの?」

 先生が訊く。

 ここにヘリコプターで千木良のお母さんと来たときみたいに、誰かが彼女を連れて行くんだろうか?


「いいえ、私は、ママにあなた達と一緒にいるように言われてるわ」

 しーちゃんが言う(しーちゃんが言うママっていうのは、千木良のお母さんのことだ)。


「やったー! 一緒にいられるね」

 香がしーちゃんの手を握る。

「ええ、そうね」

 しーちゃんは無表情のまま言った。


 僕達が食事をするあいだ、二人はホテルのレストランのすみに並んで、静かに充電していた。

 充電する間、二人は有線の通信ケーブルを繋ぎ合ってたから、アンドロイド同士、なにか情報のやり取りをしていたのかもしれない。




「ねえ、ここ、スパがあるんだけど……」

 お腹いっぱいになったところで、先生が言った。

 先生は、デザートのカシスのシャーベットを食べている。


「西脇君、一緒に入る?」

 うらら子先生は僕の目を悪戯っぽい顔で見た。

 先生の唇の端にシャーベットが溶けたのがついて、いつもより赤くなっている。


 先生、なんて夢がある質問をするんだ……


 でもまあ、当然、先生は僕をからかってるだけなんだろう。

 僕がそんなこと言われてどぎまぎするのを、面白がっているのだ。

 女子達と一緒に、そんな僕を茶化すつもりだろう。


 だから僕は、

「いいですね、一緒に入りましょうか」

 って、余裕を見せて返した。


 僕だって、いつまでも先生にからかわれているだけじゃないのだ。


「そう、じゃあ一緒に入ろう。みんな、温泉に行くわよ」

 先生が言って、女子達が「はーい」って返事をする。


「えっ、みんなって?」

 僕は思わず裏声を出してしまった。


「当たり前だろ西脇、先生と二人だけで入る気か? 僕達だって入るからな」

 柏原さんが言う。



 えっ?


 えっ?


 えっ?

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