第159話 ナイスショット
部員とうらら子先生、香に、千木良のお母さんの会社のアンドロイド、「シホ」こと「しーちゃん」を加えて、僕達はゴルフ場一番ホールのティーグラウンドに立った。
なだらかな上りで、ティーグラウンドの真っ直ぐ正面にグリーンが見える。
よく手入れされた芝生が綺麗で、木々の香りがする風が吹き抜けて心地良かった。
春らしいポカポカした陽気で、絶好のゴルフ日和だ。
ティーグラウンドの上では、ミニスカートのゴルフウェアに身を包んだ女子達が、キャッキャウフフしてるし。
「ところで、香ちゃんはゴルフがどんな競技か知ってるの?」
僕は訊いた。
ここまで来ておいて、今までなんの説明もしていないことに気付いたのだ。
まあ、僕だって、ゴルフっていう競技に対しては、一般的な知識以外ないんだけど。
「うん! あの広い芝生の中にある穴に、ボールを入れればいいんだよね」
香が無邪気に言う。
「そうだ香。この棒を使って、穴に入れるんだ」
柏原さんが、クラブを一本手にして言った。
「棒を使って、穴に入れるんだ」
柏原さんが言葉を重ねる。
柏原さん、なぜ二回言うんだ……
それも、僕の目を悩ましい顔で見ながら……
「一番ホールは、348ヤードでパー4です」
僕達についてくれているキャディーさんが教えてくれた。
三十代くらいの女性で、優しそうな人だ。
「カップまで320メートルくらいで、四打で入れると0点。三打で入れると-1点。五打だと+1点だね。もちろん、数字が少ない方がいいんだよ」
朝比奈さんが香に優しく説明する。
「うん、分かった!」
元気に頷く香を、しーちゃんが鼻で笑っていた。
そんなことも知らないのか、って言っているみたいに。
「それじゃあまず、私がお手本を見せるから、香ちゃんはその通りにやってみなさい」
うらら子先生が言った。
先生はゴルフバッグの中から、1番ウッドを取り出す。
「先生、ゴルフ出来るんですか?」
僕は訊いた。
「ええまあ、たしなむ程度にね」
先生がそう言ってウインクする。
先生にスポーツのイメージとかないから、ちょっと意外だった。
チェックのミニスカートに紺のニットのベストを着た先生が、ティーの上にボールを置く。
先生は慣れた感じでスタンスを取って、クラブを構えた。
二、三回素振りをしたあと、綺麗なフォームでボールを打ち出す。
シュン! って、空気を切る音が聞こえて、白いゴルフボールはそのまま青い空に吸い込まれた。
やがて、ボールはフェアウエイのど真ん中に落ちて転がる。
「すごい、200ヤードくらい飛んでますね」
キャディーさんがびっくりしていた。
女性でそれくらい飛ばす人は珍しいらしい。
距離もすごかったけど、フォームの綺麗さもプロゴルファーみたいで美しかった。
控え目に言って、先生に
「先生、やっぱりゴルフやってたんですか?」
柏原さんが訊いた。
「もしかして、元彼に教えてもらってたとか」
綾駒さんが言う。
「さあね、どうかな」
うらら子先生はそう言ってしらばっくれた。
「あれ? 西脇君、先生の元彼とか聞いて
先生が僕に含み笑いで言う。
「べ、べつに、そんなことありません!」
僕が言っても、先生は意地悪く僕を見ていた。
大人の女性は、こんなふうに平気で年下をからかうからズルいんだ。
「それじゃあ、今度は香ちゃん、打ってみて」
先生が香にクラブを渡す。
「はーい!」
香が元気よく手を挙げた。
香は、さっきうらら子先生がやったとおりに、ティーにボールを置いて、スタンスをとる。
そして、先生の真似をして何回か素振りをした。
香の顔が真剣になる。
握ったクラブの感触や、振ったときの挙動を確かめているみたいだ。
今、香の頭の中では、AIがフル回転して複雑な計算をしてるんだろう。
やがて計算が終わったのか、
「打つよ!」
香はそう言って、
スパンッと、風を切り裂く音がして、ボールは拳銃の弾のように空に打ち出される。
一瞬で見えなくなったかと思ったら、遙か遠く、グリーンの上でボールが跳ねたのが見える。
ボールはそのままグリーン上で転がって、その縁で止まった。
「一打でグリーンに乗っちゃったよ……」
うらら子先生が肩を竦める。
ゴルフをあまり知らない僕達にもその凄さは分かったから、言葉も出せない。
パー4っていうのに、これだと二打で入ってしまいそうだ。
キャディーさんも苦笑いしていた。
「香、すごい?」
香が訊く。
「うん、すごい」
僕達は驚きを通り越して、呆れてそう言うしかなかった。
香の身体能力が人間を越えていることは、この前の体力測定で分かってたけど、あらためてそのすごさを実感する。
それに、握ったクラブの特性やボールの弾性、自分の力加減、風なんかの気象条件を読み取ってグリーンに乗せちゃう香のAIの計算能力も桁外れだ。
僕が抱っこしてる千木良も、よくやったわね、みたいな顔で頷いていた。
「ねえ、今度は私が打ってもいいかな?」
腕組みして、斜に構えて僕達の様子を見ていたしーちゃんが言う。
「うん、しーちゃんも打ってみて」
香がクラブを渡した。
彼女はそれを無表情で受け取る。
しーちゃんがボールをティーに置いた。
スタンスをとって構える。
すると、彼女は一度も素振りをすることなく、ボールを打ってしまった。
ただ、バシュンッ、という破裂音だけがここに残る。
打ち放たれたボールは、一瞬で空に吸い込まれて見えなくなった。
ところが、しばらくしても、香のときみたいにグリーン上でボールが跳ねるのが見えない。
いくら待っても、ボールは落ちてこなかった。
そのまま、ボールがどこかに消えてしまう。
「ちょっと豪快に打ちすぎなんじゃないの?」
柏原さんが言う。
しーちゃんの力が強すぎて、ボールはグリーンの向こうまで飛んでいったんだろうか?
僕は、キャディーさんから借りた双眼鏡でグリーンを探した。
でも、グリーン上に香が打ったボールはあったけど、しーちゃんが打ったボールは見つからない。
グリーンの周りにも、ボールらしきものはなかった。
「ボール、消えたみたいだけど」
柏原さんが言ったとおり、彼女のボールはどこかあさっての方向に飛んでったんだろうか?
「消えたのは当たり前よ。だってホールインワンだもの」
しーちゃんが言って、肩を竦めた。
僕達が確認するためにグリーンに急いだら、確かにカップの中に彼女のボールが入っている。
「これくらい、当然よね」
しーちゃんはそう言って不敵に笑った。
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