第151話 楽しい悩み
ベビーシッターのアルバイト二日目。
僕は今日も部活を早めに切り上げると、霧島さんの家に急ぐことにした。
「あんた、今日もどっか行くの?」
出掛けに、僕の前に千木良が立ち塞がった。
いつも通りの、制服姿にツインテールの千木良。
千木良は腕組みして僕を見上げている。
その柔らかそうなほっぺたが、ぷっくりと
「うん、ちょっとね」
僕は千木良の視線を避けながら言う。
隠しごとはあんまり得意じゃないし。
「なんか、いかがわしいことしてるんじゃないでしょうね? どこかで私以外の幼女でも抱っこしてるとか」
ジト目の千木良に訊かれて、ドキッとした。
「ままま、まさか……」
声が裏返ってしまう。
「他所でしたら犯罪になるから、抱っこする幼女は私だけにしておきなさい」
千木良はそんなことを言った。
千木良は抱っこしていいのか……
お墨付きをもらったから、これからは千木良のこともっともっと抱っこしようと思う。
すりすりしようと思う(隙あらば、ペロペロも狙おう)。
「千木良、あんまり西脇に突っかかったらダメだぞ」
柏原さんが間に入ってくれた。
「そうだよ。行かせてあげよう」
綾駒さんも加勢する。
「西脇君、頑張って来てね」
朝比奈さんが、飛び切りの笑顔をくれた。
勘がいい彼女達のことだから、僕がホワイトデーのプレゼント代稼ぎのためにアルバイトをしていることは、もうバレているのかもしれない。
いや、バレバレなのだ。
この時期、コソコソと忙しくしてる理由って、それしかないし。
「それじゃあ、また明日」
僕は、そう言って逃げるように部室を離れた。
「西脇のお兄ちゃん、こんにちは!」
霧島さんの家に行くと、玄関でフレドリカちゃんが元気な
お母さん譲りのキラキラした青い瞳で僕を見るフレドリカちゃん。
今日のフレドリカちゃんは、裾に
服も刺繍も手作りみたいだから、これは多分、霧島さんが作ったんだろう。
「こんにちは」
僕が挨拶を返すと、フレドリカちゃんは僕の手を引っ張ってリビングに連れて行った。
「いらっしゃい」
霧島さんが柔らかい笑顔で言う。
「それじゃあ、西脇君、今日も頼むね」
「はい」
「フレドリカ、お兄ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」
「はーい!」
フレドリカちゃんが元気に手を挙げた。
「それから昨日の話だけど、帰ったら柔軟剤作るから、そのときに作り方を教えるね」
「はい、お願いしますす!」
僕が思わず喜々とした声を出したら、霧島さんが笑った。
フレドリカちゃんにも笑われる。
「お兄ちゃん、今日はこのご本読んで」
霧島さんが車で出かけると、さっそくフレドリカちゃんに読み聞かせをせがまれた。
僕は彼女を抱っこする。
それからベビーシッターのアルバイトが終わるまで一週間のあいだ、僕はフレドリカちゃんの面倒を見ながら、霧島さんに柔軟剤の作り方を習った。
作り方だけじゃなくて、様々な精油の香りの特徴や、アロマの効用なんかも教えてもらう。
霧島さんは、家事全般はもちろんだけど、洗濯のこと、特に柔軟剤のことに詳しかった。
自作の柔軟剤だけじゃなくて、市販の柔軟剤についても知り尽くしていた。
なんでも、街で人とすれ違うだけで、その人が使っている柔軟剤の香りを言い当てることが出来るという。
本当に、不思議な人だ。
アルバイト最終日、僕は霧島さんから、それまでのアルバイト代と、秘蔵の柔軟剤レシピをもらった。
「おかげで助かったよ。アルバイト代、弾んでおいたから」
霧島さんが言った。
入院していた奥さんのほうも順調みたいで、もうすぐ、フレドリカちゃんの妹か弟が生まれるらしい。
「お兄ちゃん、また来てね」
フレドリカちゃんが言った。
ちょっと涙目で、僕との別れを悲しんでくれてるみたいだった。
「うん、また遊ぼう」
僕は、しゃがんで彼女に視線を合わせて約束する。
フレドリカちゃんと指切りげんまんして別れた。
翌日から、僕はプレゼント作りにかかった。
ホワイトデーのお返しに柔軟剤をプレゼントするのは、我ながらいい考えだと思う。
最初は、ケーキとかクッキーとか、お菓子を作って渡そうと思ってたんだけど、それだとアンドロイドの香が食べられないし。
香には嗅覚のセンサーも付いてるから、柔軟剤の香りを楽しんでもらえる。
香に香りをプレゼントするっていうのは、ちょっとややこしいけど。
霧島さんが教えてくれた店で材料を揃えた。
いろんな香りの精油とグリセリン。
クエン酸に精製水。
そして、出来た柔軟剤を入れる小瓶と、ラッピングする包装紙やリボンを買った。
それらを揃えたら、アルバイト代と、貯めていたお小遣いの大半が吹き飛ぶ。
でも、みんなの笑顔が見られると思ったら、それも惜しくなかった。
買って帰った材料を元に、自分の部屋でさっそく柔軟剤を作った。
隙あらば僕のベッドに潜り込もうとする野々から秘密を守るために、部屋には鍵をかける。
「お兄ちゃん、鍵なんかかけてどうしたの? 大人しく私を部屋に入れなさい!」
野々がドアをドンドン叩くけど、ここは心を鬼にして開けなかった。
「お兄ちゃん、野々、寂しいな。お兄ちゃんが一緒に寝てくれないと、泣いちゃう」
野々が甘い声を出すけど、我慢した(ドアの鍵に手が掛かるところまでいった)。
プレゼントする一人一人のことを思い浮かべながら、どんな香りにするか考えるのは、楽しかった。
柏原さんは活発で元気な感じだから、
千木良はお菓子みたいな甘い香りで、うらら子先生には
よく考えると、
そんなことを心配したりする。
どちらにしても、去年までの僕だったら心配する必要がなかったことを考えてるのが楽しい。
彼女ができたら、こんなふうに楽しい悩みも増えるんだってことも分かった。
ホワイトデーの前日までに、全員分の柔軟剤作りとラッピングが終わる。
最後に、
明日、僕は、僕にとって初めてのホワイトデーに
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