第150話 優しい香
フレドリカちゃんに絵本を読み聞かせたあとは、一緒に歌を歌った。
玩具のマイクを持ったフレドリカちゃんと、デュエットもする。
歌い疲れたらおやつを食べたり、麦茶を飲んだり、録画してあった「ぷいきゅあ」を見たりした。
フレドリカちゃんはすぐに僕になついてくれる。
彼女の部屋で、宝物の
僕の前でフレドリカちゃんは元気に振る舞ってるけど、お母さんとお父さんがいないのがどこか不安みたいで、時々、寂しそうな顔をする。
それを僕には見せないよう、彼女なりに頑張ってるのが
その健気さに、思わず抱きしめそうになったけど、事案になりそうなので我慢する。
そうして遊んでいるうちに、フレドリカちゃんは疲れたのか、ソファーの上でうとうとし始めて、そのうち横になって眠ってしまった。
僕は、霧島さんに聞いていたとおり、彼女の部屋から毛布を持ってきて、かけてあげた。
長い
金色の髪が艶々に輝いて、本当に天使みたいだ。
僕は、彼女を起こさないように、静かに絵本や玩具を片付けた。
片付けが終わると、ソファーに座って、寝息を立てる彼女のことを気にかけながら本を読んで時間を潰す。
本を読んでいるうちに僕のほうも眠たくなって、
部活の後で、元気なフレドリカちゃんと遊んで、僕も思いのほか疲れていたのかもしれない。
そのまま、眠気にまかせてゆったりとした時間を過ごしていると、庭の駐車スペースに車が入ってくる音がして、玄関の鍵が開いた。
病院に行っていた霧島さんが帰ってきたらしい。
「おかえりなさい」
僕は、フレドリカちゃんを起こさないように、声を潜めた。
「ただいま。ああ、フレドリカ、寝ちゃったんだね」
霧島さんはそう言うと、ソファーの彼女を抱っこする。
そのまま、お姫様抱っこで寝室のベッドに寝かせた。
「西脇君、お腹空いてない?」
寝室から戻ってきた霧島さんが訊く。
「ええ、まあ」
「簡単にラーメンでも作るけど、食べてく?」
「はい、頂きます」
お腹が減ってたし、遠慮なく、ご馳走になることにした。
「うん、それじゃあ、ちょっと待ってて」
霧島さんはそう言うと、深緑のエプロンを着ける。
お湯を沸かして、冷蔵庫から取り出した具材を切ったり、麺をほぐしたりする霧島さん。
台所に立つ霧島さんの動きには全然無駄がなくて手際がいい。
その後ろ姿に、母の姿が重なって見えた。
霧島さんは、ものの十分ちょっとでラーメンを作ってしまう。
「どうぞ、食べて」
「はい、頂きます」
僕達はダイニングテーブルに向かい合って座った。
「美味しいです!」
それはお世辞とかじゃなく。
シンプルな醤油ラーメンだけど、麺のゆで具合が丁度良くて美味しい。
そして、ホロホロの大きなチャーシューは、手作りみたいだった。
「そう、良かった」
霧島さんがそう言って微笑む。
「お料理上手ですね」
「まあ、毎日してるしね」
「毎日、ですか?」
「この家では、僕が主夫だから」
「霧島さんが主夫で、奥さんが高校教師をしてるんですか?」
「うん、そうだね」
霧島さんが言った。
ってことは、この家が片付いていて綺麗なのは霧島さんが掃除をしてるってことか。
それに、フレドリカちゃんのワンピースが既製品ではなくて手作りみたいだったけど、それも、霧島さんが縫ったのかもしれない。
居間の隅に、ミシンとかあるし。
このダイニングテーブルにかかっているチェックのテーブルクロスも、霧島さんの手作りかも。
霧島さん、本当の主夫だ。
「フレドリカは、ぐずったりしなかった?」
「はい、とっても良い子でした」
「そう? あの子は人見知りするんだけど、西脇君は人当たりが柔らかいから、あの子も安心したのかな?」
霧島さんがそんなふうに言ってくれた。
千木良の相手で、毎日、幼女の世話をしてて良かった。
「それなら、明日もお願いしていい?」
霧島さんが訊く。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
フレドリカちゃんと遊んでいるだけでアルバイトにもなるなら、そんな好条件はない。
「あの、フレドリカちゃんって、良い匂いがしますね」
食べながら僕は訊いた。
「えっ?」
霧島さんがビックリした顔をする。
「いえあの、変な意味じゃなくて、フレドリカちゃんの服とか、タオルとか、すごく良い匂いがして、優しい香りだから、どんな柔軟剤使ってるのか知りたかったっていうか……」
慌てて説明した。
僕は千木良のことはクンカクンカするけど、フレドリカちゃんにはしていないし。
「ああ、これはフレドリカをイメージして、僕が作った柔軟剤なんだよ」
霧島さんが言った。
「えっ? 作ったんですか?」
「うん、精油とクエン酸にグリセリンを調合して、比較的簡単に作れるよ」
霧島さんはいかにも簡単そうに言った。
柔軟剤って、作れるんだ。
「フレドリカのもそうだし、妻には妻をイメージした柔軟剤を作ったりして、彼女達からはそれなりに好評だね」
そう言って笑う霧島さん。
なんか、家族のことを思ってるお父さん、って感じでカッコよかった。
自分の愛する人のことを思って、その人に合わせた柔軟剤を作ってるとか、霧島さんプロの主夫って感じだ。
「学生時代には、周りの女子達にもその人に合わせた柔軟剤をプレゼントしたけど、このプレゼントで失敗したことはないね」
霧島さんが悪戯っぽく言った。
そのとき、僕の頭にあるアイディアが
とびきりのアイディアが!
「あの、柔軟剤の作り方教えてもらえませんか!」
僕は霧島さんに頼んだ。
勢いあまって霧島さんに顔を近付けたから、がっつく感じになってしまった。
「作り方を? 君が?」
「はい、僕も柔軟剤作りたいんです!」
「うん、いいけれど……」
霧島さんが少し戸惑いながら言う。
アルバイトで稼いだお金で、ホワイトデーのお返しになにを買うか迷ってたけど、今ここでそれが決まった。
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