第148話 番犬

「千木良、なにしてるんだ?」

 ひな祭りの翌日、授業を終えて部室に行ったら、千木良が庭でノートパソコンを開いていた。

 それにつないだ複雑ないじっている。

 制服姿の千木良が、しゃがんで僕に背中を向けてるから、そのツインテールを引っ張りたい衝動しょうどうに駆られたけど、僕はギリギリ耐えた。


「それなに?」

 僕は、その機械を指して訊く。


「昨日のことがあるから、警備をもっと厚くするの」

 千木良が答えた。


 昨日のことっていうのは、僕達がひな祭りを楽しみながら庭で撮影をしてるところに、「シホ」とかいう女の子?が、乱入してきたことだろう。


「これは四足自律歩行砲台の『ケルベロス』、通称『ケ○ちゃん』よ」

 千木良が言った。


 そこには、チタンやカーボンのフレームやアクチュエーターで動く、四本足の機械がいる。

 犬のドーベルマンのようなすらっとした立ち姿で、その頭の高さは、千木良と同じくらいの位置にあった。


 ガンメタリックに鈍く輝く、機械の犬だ。


「いや、『ケ○ちゃん』っていうのは、某カード集めてる人の黄色い奴と被るから、その名前は止めよう」

 僕は注意した。


「なによもう、ややこしいわね。いいわ、それじゃあ『ベロちゃん』ってことで」

 千木良が面倒臭そうに言う。


 まあ、それなら大丈夫だろう。


「この『ベロちゃん』は、背中に二門のバルカン砲を備えていて、追尾レーダーと合わせて、どこまでも目標を追いかけるわ」

 千木良が言う。

 その凶悪な銃口が、僕に向けられていた。

 まさか、実弾は入ってないと思うけど。まさかね。


「ママの会社が、紛争地域で兵舎を守る番犬用に売ってるのを持ってきたの」


 いやそれ、完全に法律違反だから!


 やっぱり実弾入ってるらしい。


「千木良、これ、すごいな。後で整備がてら分解させてくれ!」

 庭に出てきた柏原さんが「ベロちゃん」を見て興奮している。

 柏原さん、少し上気して、ハアハア言っていた(柏原さんの性癖って)。


 昨日のミサイルといい、なぜ、我が部の軍事力が上がっていくんだ……


「それから、このケルベロスは、私を襲おうとする奴とか、セクハラする奴にも容赦ようしゃなく飛びかかっていくから、誰かさんは気を付けたほうがいいわね」

 千木良が僕の方をジト目で見ながら付け加えた。


 セクハラをする奴?


 まあ、僕はセクハラの「セ」の字もしないし、千木良みたいな幼女には興味ないから、関係ないだろう。



「それにしても、あの『シホ』って子、なんなんだろうね」

 僕達が話してると、綾駒さんも庭に出てきた。


「可愛かったし、すごい運動神経だったよね」

 エプロンを外しながら朝比奈さんも出てきて、縁側に座る。


「そうね、どこの誰が送り込んだアンドロイドなのかしら」

 千木良が腕組みして言った。


 千木良のセットアップが終わった「ベロちゃん」が、庭を巡回し始める。

 「ベロちゃん」は獲物を探すように、庭を注意深く見て回った。


「あいつの目的も分からないしな」

 柏原さんが言う。


 彼女?は、以前からずっと香や僕達のことを監視してたみたいだった。

 香を見て、前よりましになったとか言ってたし。

 僕達が「東京アンドロイドオリンピック」を目指してることも知っていた。


「彼女も、オリンピックに出るのかな?」

 僕が言うと、うーん、ってみんなが首をひねる。


「まあ、あいつが出てきたって、香には適わないと思うけど」

 千木良の言葉に、居間で雛人形を見ていた香も庭に出てきた。



「私は、『シホ』ちゃんと仲良くなれたらいいな」

 僕達の心配をよそに、香は笑顔で言う。


「そうだね。香ちゃんみたいに、広い心を持ってないとね」

 朝比奈さんが香の頭をでた。

 香は、嬉しそうに頭を撫でられる。


 二人が並んでると、双子の天使みたいだ。



「さあ、私達も負けてられないよ。香ちゃんのアップデート頑張ろう」

 柏原さんが腕まくりした。


「そうね」

 千木良も立ち上がる。


「よし、頑張ろうか」

 綾駒さんも手首を回したりして、準備運動した。


 その日も下校時刻まで、僕達は香の新しい骨格を組み立てたり、AIの準備で精一杯部活をする。




「ねえ、小腹減ったし、みんなでなんか食べてこうよ」

 部活終わりで綾駒さんが言った。

 遠く学校の方から、放送部の下校のアナウンスと音楽が流れている。


「そうだな」

「うん、行こう行こう」

「ついていってあげないこともないわ」

 みんな乗り気で、千木良もいやいやながらっていうふりをしながら、行くみたいだった。


「あの、僕はちょっと……」


 みんなが盛り上がってるところ悪いけど、僕はそれを断る。


「なによあんた、付き合い悪いわね」

 千木良が僕を睨み付ける。


「うん、ちょっと野暮用やぼようでさ」

 僕はみんなの顔を見ながら恐る恐る言った。


「どこ行くの?」

「私達以外の誰かと会うの?」

「あんたがいないと、誰が私を抱っこするの?」

 僕は、柏原さんと綾駒さん、千木良から、矢継ぎ早に質問を受けた。


「えっと、あの、その……」

 その目的はみんなに秘密だから、答えられない。

 言ったら、意味がなくなるし。



「いいよ。私達だけで行こう」

 そう言ってくれたのは、朝比奈さんだ。


「西脇君にだってプライベートはあるんだし」

 朝比奈さんがみんなを見渡して言った。


「まあ、それはそうだけど……」

 綾駒さんの言葉がしぼむ。


「まあ、そうだな。誰でも一人になりたいときだってあるしな」

 柏原さんが言う。


「そうだね。いつも私達といるだけじゃなくて、たまには男の子同士とか、息抜きも必要だね」

 綾駒さんが言った。


「なんか知らないけど、行ってきなさい。仕方ないから、今日は私、自分で歩くわ」

 千木良も言う。


「ありがとう」

 僕は、みんなに頭を下げた。

「みんな、ゴメン」

 林の獣道を抜けて一足先に一人で帰る。


 これから僕にはみんなに秘密ですることがあるんだけど、さっきの口ぶりから、朝比奈さんにはそれが見抜かれてるのかもしれない。



 時間を見たら初日から遅れそうになっていて、僕は、駅まで精一杯走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る