第117話 ぉ
「それでは只今より、ミス是清学園コンテストを行います」
司会者のアナウンスに続いて、エントリーしている五人がステージに立った。
女子バスケ部の宮沢先輩を先頭に、水泳部の近藤さん、弓道部の秋月さん、朝比奈さんのふりをした香、千木良の順番でステージ
宮沢先輩と近藤さん、香は制服を着ていて、秋月さんは部活の
そして、千木良はアイスブルーのドレスを着て、手にくたっとした
千木良一人だけ、不思議の国から抜け出して来たみたいな衣装だ。
満員の講堂が拍手で包まれた。
それぞれの候補に応援の歓声が飛ぶ。
ステージに向けて、たくさんのフラッシュが
ここには、ミスター是清学園のときとは比べものにならない熱気がある。
司会者が、候補者を一人ずつ紹介した。
「朝比奈
四番目に香が呼ばれる。
香は一歩前に出て、一礼した。
そして、手を振って客席からの歓声に応える。
香は、背筋を伸ばした美しい姿勢で、少しも戸惑った様子がなかった。
それまでの四人の中で、一番堂々としてると思う。
こんなにたくさんの人の前に出たことはないし、ステージ上っていう特殊な場所だけど、香はパニックになることもなく、安定して朝比奈さんのふりをしていた。
超絶美人で完璧なのに、どこかふわふわしてる朝比奈さんの感じまで
まず、そのことに安心した。
「順調ね」
客席に散っている他の部員にも、その声が伝わっているはずだ。
「それでは、エントリーナンバー一番、宮沢さんから、スピーチをお願いします」
司会がアナウンスして、宮沢先輩がステージ中央の演台についた。
宮沢先輩、近藤さん、秋月さんって順番で、自分がミス是清学園になったら、それに相応しいように振る舞って、我が校の良いところを発信していくっていう、当たり障りのない優等生なスピーチをした。
みんな、それぞれ個性的で可愛いし、さすが、ミス是清学園にエントリーするだけのことはある。
そしていよいよ、香に順番が回ってきた。
香は、落ち着いた様子で演台につく。
客席が沸き立った。
香は朝比奈さんの完璧な笑顔でそれに応える。
盛大な歓声が一分くらい続いただろうか。
それがやむのを待って、香はゆっくりとスピーチを始める。
「私は、もっといろんな人と出会いたくて、このコンテストに応募しました」
香はそんなふうに切り出した。
これは、僕達が用意した原稿じゃなくて、香自身が考えたスピーチだから、まだ、香がどんなスピーチをするのかは分からない。
「私はこの春、とある出会いをして、そこで、今まであまり話したことがない人達と親しくなりました。それ以来、毎日が驚きの連続でした。毎日が新しい発見に満ちていて、目が回るくらいでした。それまでの私だったら、絶対にやらないようなことをたくさんやったり、絶対に知ることはなかったことを知ることが出来ました。その出会いが、私を大いに成長させてくれたと思います。私はその出会いに感謝しています」
香が、丁寧な口調でスピーチした。
この春の出会いって、香は、この春の朝比奈さんと僕の出会いのことを言ってくれたんだろうか?
今までほとんど話したこともなかった朝比奈さんが、僕が作った「卒業までに彼女作る部」に入ってくれたことをスピーチに織り込んでくれている。
「人と人との出会いは、そんなふうに人を変えます。だから、私はこのコンテストに出ることで、もっともっと多くの人と出会って、そこで、自分を成長させたいと思って応募しました。ですからみなさん、私のこと、もっとよく知ってください。そして、一緒に話をしましょう。新しく私と出会ってください。よろしくお願いします」
香は、そんなふうにスピーチを締めくくった。
最後に、とびきりの笑顔を見せる。
会場が温かい雰囲気に包まれて、優しい拍手が響いた。
主観抜きで、今までで一番いいスピーチだったと思う。
香の生みの親としては、香が僕達と朝比奈さんの関係を理解して、それをスピーチにしてくれたことが、すごく嬉しかった。
香は、人間以上に人間している。
「香ちゃん、やったね」
イヤフォンから、変装して客席にいる本物の朝比奈さんの声が聞こえた。
朝比奈さん本人も納得のスピーチだったらしい。
「それでは、エントリーナンバー四番。千木良里緒奈さん。スピーチをお願いします」
やり遂げた香に代わって、千木良が演台についた。
講堂は、香のスピーチの後で、まだ少しざわざわしている。
こっちはこっちで、ちょっと心配だ。
千木良がいつもの生意気な口調でスピーチしたら、みんなから反感を買うだろうし。
千木良の背丈だと演台の方が高くて見えなくなるから、千木良は実行委員が用意してくれた箱馬に乗った。
くたっとした兎の縫いぐるみを両手で抱いたままスピーチに臨む千木良。
アイスブルーのドレスで、ツインテールを大きな白いリボンで結んだ姿は、文句なしにカワイイ。
控えめに言って、
客席からも、おおお、って驚きの声が上がった。
香の時とは違うタイプの歓声だ。
演台についた千木良は、観客を右端から左端まで一通り見渡した。
そして、マイクに向けて、ちょっと背伸びをする感じでスピーチする。
「こ、こんにちは。千木良里緒奈だぉ。お兄ちゃん達、里緒奈の話を聞いてほしいぉ」
兎の縫いぐるみをぎゅっと抱いて、上目遣いの千木良。
千木良のヤツ!
こんなやり方で来るとは…………
おおお、って客席から男子生徒のどよめきが上がる。
ステージ上で、
っていうか、「ぉ」ってなんなんだ、「ぉ」って!
千木良、今まで部室で「ぉ」とか、言ったことないじゃないか!
いつも僕のことをこいつとか呼んで、生意気なくせに!
「お兄ちゃん達に覚えてほしいぉ。里緒奈、兎さんと苺が大好きだぉ」
小首を傾げて言う千木良。
いや、苺が好きって、千木良が好きなのはキャベツ太郎じゃないか。
部室でボリボリ食べてるじゃないか!
「里緒奈の将来の夢は、夢の国の王女様になることだぉ」
いや、千木良は親御さんの会社を継ぐんだろうが!
「里緒奈、お兄ちゃん達のこと、大好きだぉ。だから、お兄ちゃん達も、里緒奈のこと大好きになってほしいぉ」
おい……
いくらなんでもやりすぎだ。
「優しいお兄ちゃん達、里緒奈に投票してほしいぉ。投票してくれないと、里緒奈、悲しくて泣いちゃうぉ」
スピーチというか、ただ、その可愛さを前面に出してただけの千木良のスピーチが終わった。
僕はやり過ぎだって思ったんだけど、千木良の訴えに、講堂中の男子から「うおおおおおっ」って、地響きのような歓声が上がった。
これは酷い。
うちの高校の男子って、僕以外みんなロリコンなのか……
「それでは、歌とダンスの審査に移ります」
熱気の中、ミス是清学園コンテストは、次の審査に進んだ。
後で、千木良には小一時間説教することに決めた。
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