第116話 出陣

「ねえねえ、この服、どうかな? カワイイ?」

 忙しい朝、千木良がそう言って僕の制服の裾を引っ張った。

 千木良は、フリルがたくさんついたアイスブルーのロリロリしいドレスを着ている。


 かわいい。

 ひかえ目に言って、抱きしめたいくらいかわいい。

 ほっぺたすりすりしたいくらい、かわいい。


「まあ、いいんじゃないか」

 だけど僕は、素っ気なく答えた。

 あんまり褒めると、千木良が調子に乗るって思ったのだ。

 普段から生意気なのに、それに拍車はくしゃがかかったら厄介やっかいだ。


「なによもう! ちゃんと私のこと見なさいよ!」

 千木良がほっぺたをふくらませた。


「っていうか、千木良は香ちゃんのサポートで参加するんじゃなかったのか? 千木良が本気出してどうするんだよ」

「だって、出るからにはビリにはなりたくないじゃない」

「いや、千木良は普通にしてても可愛いんだから、特別なことする必要ないぞ」

 僕が言ったら、千木良が、「なによ……」って言ったきり、真っ赤になって何も言わなくなった。


 なんか、変な奴だ。



 いよいよ今日、ミス是清学園コンテストが行われる。

 我が「卒業までに彼女作る部」のこれまでの集大成、香のお披露目ひろめの日だ。

 主役の香は余裕で、もう先に制服に着替えて、髪をとかして軽くメイクも済ませたのに、千木良の方がバタバタしている。

 部室に持ち込んだたくさんの服で何回も着替えたり、髪型を変えたり、うらら子先生にメイクを頼んだりと忙しい。


「千木良ちゃんは、二位になれば後夜祭で西脇君とダンスが踊れるから、それを狙ってるんだよね」

 綾駒さんが言った。


 ああ、そう言えば、ダンスはミスとミスターの三位までがペアになるんだった。


「ち、ち、ち、違うわよ! だだだ、誰がこんな奴とダンスなんか踊りたいっていうのよ!」

 千木良が、全力で否定する。

 そこまで言わなくていい気が、しないでもない。


 千木良が必死な様子に、みんなが笑った。

 アンドロイドの香も僕達のやりとりを理解してるみたいで笑顔を見せる。


 もう、僕達は家族みたいになっていた。

 今日が文化祭最終日で、こうやってみんなと寝起きを共にする最後の日になるかと思うと、なんだか寂しい。




「それじゃあ、手順を確認しましょうか?」

 朝の支度を終えた頃に、うらら子先生が言った。


 僕達は、居間のホワイトボードで、今日の手順を確認する。


 まず、朝比奈さんは普通に朝のホームルームに出て、午前中は普通に文化祭を楽しむ。

 コンテストが始まるお昼前に部室に戻ってきて、香とすり替わる。

 香と千木良が、コンテスト参加者として講堂に向かう。

 千木良は近くで香のサポートをする。

 本物の朝比奈さんは、眼鏡とマスクで変装して、客席に観客として隠れている。

 僕と柏原さんと綾駒さん、うらら子先生も、客席に散って普通に観覧している。

 千木良が作った超小型の骨伝導イヤフォンとマイクをオンにしておいて、部員は常に連絡を取り合う。


 コンテストでは、当然、朝比奈さんのふりをした香がミス是清学園グランプリに選ばれる。

 グランプリのインタビューで、香が自分の正体をばらしたところで、朝比奈さんが変装を解いてご本人登場。

 そして、僕達部員もステージに上がって、これが我が「卒業までに彼女作る部」の成果ですって、部長の僕が高らかに宣言する。


 最後に、朝比奈さんと香が双子みたいに並んで、校内を練り歩く。


 これが、今回のプランの全容だ。



「やっぱり、最後の宣言は僕がしないとだめかな?」

 僕はみんなに訊いた。


「何言ってるの? 部長なんだし、この部を作った張本人なんだから、当たり前でしょ」

 全員に突っ込まれる。

 分かってはいるけど、どうしても華やかな場所は苦手だ。


「よし、手順の確認はできたわね。あとは、この通りにしっかりやりましょう」

 うらら子先生が言って、僕達は「はい!」って返事をした。


 運動部みたいに円陣を組んで、「頑張るぞ!」って声掛けをする。

 うちの女子達と顔を近づけると、すごく、良い香りがした。

 そして、なんか色々当たる。




 午前中、僕は雅史と一緒に校内をぶらぶらした。

 でも、落ち着かなくて何を見たのか全然覚えていない。

 昨日の自分のコンテストもドキドキしてたけど、今日の香のコンテストも、同じくらい、いや、それ以上に緊張した。

 子供をピアノの発表会に出す親の気持ちって、こんな感じだろうか?


 計画通り、僕はお昼前に部室に戻った。

 そこで、お昼ご飯を食べたあと、講堂に向かう香と千木良を玄関で見送る。



 部員のみんなが、一人ずつ香を激励した。

 僕は、泣いてしまいそうになって、一旦後ろを向いて気持ちを落ち着かせる。


 もう一回正面に向き直って、香の前に立った。


「香ちゃん、頑張ってきて」

 僕は、香の手を握ってその目を見詰める。

 吸い込まれそうな深い瞳を見てたら、感極まって思わずハグしていた。

「香ちゃんなら、大丈夫だからね」

 僕は香をハグしてその背中を撫でる。

 香からは、桃の良い香りがした。

 そして、僕の胸には香の柔らかいものが当たっている。


「えっと、その……西脇君……」

 なんか、香の反応が鈍かった。

 僕だけ高ぶってて、香、引いてるんだろうか?


「あの、西脇君、私、朝比奈だから」

 香? が言う。


 ん?


「だから、香ちゃんはあっちだって」

 僕が抱いている香? がそう言って隣を指す。

 僕が後ろを向いてる間に、香と朝比奈さんの位置が替わってたらしい。

 僕は、思いっきり朝比奈さんをハグしていた。


「いい加減になさい!」

 他の部員に朝比奈さんから引き剥がされる。


「まったく、油断も隙もあったもんじゃないわね」

 うらら子先生に睨み付けられた。


 それを見た香が無邪気に笑う。

「なんだか、馨君のおかげで気持ちがほぐれたよ」

 香が言った。


 香、アンドロイドなのに、気持ちがほぐれる感覚とか、分かるんだろうか?


 ともかく、こうしていつも一緒にいる僕でさえ入れ替わったことに気付かないくらい、香が仕上がってることは確かだ。


「千木良も、頑張ってこい」

 僕は、アイスブルーのドレスを着た千木良にも言った(散々悩んだあげく、千木良はこの衣装を選んだ)。

「なによ! ついでみたいに」

 千木良が口をとがらせる。


「そんな顔したら、かわいい顔が台無しだよ」

 僕がそう言うと、千木良は顔を耳まで真っ赤にして後ろを向いてしまった。


 やっぱり、変な奴だ。




 二人を送り出して、僕達も講堂へ向かった。

 僕達が部として動いてるのがバレないよう、一人ずつ時間差で部室を出る。



 講堂で、僕は前から十列目くらいの真ん中寄りの席を確保した。


 講堂の中は、ミスター是清学園コンテストの時より人が多くて、二階席まで埋まってる上に、一階も二階も立ち見まで出ている。

 校内、校外、いろんな人が見に来てるし、我が校の新聞部だけじゃなくて、他校の新聞部や、タウン紙の記者っぽい人とか、プロのカメラマンもいた。

 注目度は、ミスターコンテストの比ではない。



「それでは只今より、ミス是清学園コンテストを行います」

 客席の熱気のなか、司会のアナウンスが聞こえて、いよいよ、ミス是清学園コンテストが始まった。

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