第118話 歯磨き

 千木良のスピーチ? が終わって、歌とダンス審査の前に、一旦参加者全員がステージ脇に引っ込んだ。


「千木良、どうなってるんだ!」

 僕はマイクを通して千木良にただした。


「なによ、普通にスピーチしただけじゃない」

 イヤフォンから千木良の声が返ってくる。

「あれのどこが普通なんだ!」

 思わず声が大きくなってしまって、周りの席の人に不審がられた。


「だって、あんたを見てて思ったんだもの。男ってああいうの好きでしょ? ああいう、ロリロリしいのが」

「好きだけど、いや、そうじゃなくて!」

 僕がベンチマークになってしまって、全世界の男性に申し訳ない。

「もう、うるさいわね」

 千木良はそう言うと、ブチッって一方的に通話を切った。

「千木良! 千木良!」

 呼びかけてももう、返事はない。



 そうこうしてるうちに歌とダンスの審査が始まる。

 これは、僕達ミスター是清学園コンテストにはなかった審査だ。


 エントリーナンバー一番の女子バスケ部の宮沢先輩は、僕が知らない洋楽の曲を英語で歌って、同時にその振り付けのダンスを見せてくれた。

 その切れっ切れのダンスに、会場が一気に盛り上がる。

 二番目にステージに上がった水泳部の近藤さんは、邦楽の曲を歌って、確かこの曲は、テレビのリアリティーショーのテーマだった歌だ。

 そして、次の弓道部の秋月さんは、演歌を歌いながら、日本舞踊みたいな舞を舞った。

 三人ともそれぞれ個性的で、見ていて楽しい。



「それでは、エントリーナンバー四番、朝比奈花圃さん、お願いします」

 そしていよいよ、香がステージに上がった。


 それまでの三人が盛り上げてくれてたから、客席がどっと沸いている。

 香がぺこっと頭を下げると、うおおおお、って、野太い歓声が上がった。


 香は、そんな客席に向けて口の前で人差し指を立てて、「しー」ってした。

 その仕草に、盛り上がってた客席が、訓練されたように静まり返る。


 すると香が、「せーの!」って、言って曲が始まった。


 ここのところ、香が部室でずっと練習してた「恋愛○ーキュレーション」の伴奏が流れて、香がそれに合わせて歌う。


 あざとい。

 あざとすぎる。


 香は、一日かけてネット上にあるすべての歌に当たって、その中からこの舞台にこのアニソン持ってきたんだけど、それは、大正解だった。


 ただでさえ可愛い香が、全力の可愛さで歌う「恋愛○ーキュレーション」には、脳がとろけそうになる。

 香がこの曲を歌うことを知ってる僕でもこんな感じなんだから、初めて聞く客席のみんなには、相当な衝撃を与えたんだろう。


 曲が終わると、講堂が割れんばかりの歓声に包まれた。

 誰もが香のとりこになっている。

 この時点で香のグランプリは決まったようなものだった。



 大歓声の中、香がステージを下りて、次に千木良が出てくる。

 この雰囲気の中で歌わないといけない千木良がちょっとかわいそうだった。

 香の歌の前では、千木良がどんな曲を歌っても、スピーチの時みたいな卑怯な手を使っても、かすんでしまう気がする。



 それでも千木良はステージに立った。

 相変わらず、アイスブルーのドレスの千木良。

 ステージに立った千木良が、小首を傾げてニコッて笑う。

 そういえば、千木良が何を歌うのか聞いてなかった。

 この場所に、千木良はどんな歌をぶっ込んでくるんだろう?


 僕がそんなことを考えていると、千木良は伴奏ばんそうもなしにいきなり歌い始めた。


 独特な歌詞に、そして平板なメロディ。

 幼女声のアカペラが、講堂に響く。


 客席の誰もが知らない曲で、千木良が歌う様子にみんな呆然ぼうぜんとしていた。


「の○の○びより第2期第4話で、宮内れ○げが歌ったかえるの歌じゃないか!」

 僕は思いっきり突っ込んでいた(突っ込める自分もどうかと思うけど)。


 思わず声が大きくなってしまって、周りの席の人に不審がられる。


 千木良、なぜ、この歌を持ってきたんだ……

 そして、なぜそんなところを突く……


 だけど、その意味不明な歌詞と、千木良の幼女声、そして平板なメロディがなんだかくせになった。

 聞いているうちに、これって良い曲なんじゃないかって思えてくる。

 たぶん、このあと一日中、この歌が脳内をリピートする人がたくさんいるはずだ。


 千木良は、謎歌を最後まで歌いきって、そして、ニコッと微笑む。


 それまで静かだった客席が、うおおおおおっ、って一気に盛り上がった。


 これは酷い。


 やっぱり、我が校はみんなロリコンなんだ…………




 歌とダンス披露のあとは、アピールタイムになった。

 宮沢先輩は、アメリカ人の留学生と話して英語が話せることをアピールする。

 近藤さんはフラッシュ暗算の特技を披露した。

 秋月さんは、和服に着替えてステージので一服お茶をてる。


 香は予定通り、ピアノの演奏を披露した。

 曲は、リストの「愛の夢 第3番」。

 この前の幻想即興曲とは違って、穏やかな曲をふんわりと弾く香。

 時々ミスタッチする様子は、一生懸命ピアノを弾いてるっていう感じがよく伝わってきた。

 そんな香に心をつかまれる男子多数。


 スピーチや歌と合わせて、もうこれで香のグランプリは揺るがないだろう。



 香の後で、千木良のアピールになった。

 千木良、今度は何をやらかすんだろう?


 そんな僕の心配をよそに、千木良はトコトコ歩いてステージの中央に立った。

 ステージ中央には文化祭実行委員が用意したテーブルが置いてあって、その上にバケツと水が入ったペットボトル、コップが置いてある。


 一体、なにが始まるのか見守っていると、千木良が、手に持っていた一本の歯ブラシをかかげた。


「お兄ちゃん達、里緒奈、一人で歯磨き出来るようになったぉ。お兄ちゃん達に、里緒奈が上手に歯磨き出来るか、見てもらうぉ」

 そう言うと、千木良はステージ上で歯磨きを始めた。


 BGMとして、どこかで聞いたような、しゅわしゅわとか、しゃかしゃかっていう音楽が流れる。


 そのメロディーに乗せて、アイスブルーのドレスを着た千木良が、一生懸命歯磨きをするっていう、理解不能な映像。

 それを見守る観客。


 僕は一体、なにを見せられてるんだ……


 客席がざわざわしている。

 千木良は、そんな中で一心不乱に歯を磨く。

 そして、五分くらいかけて磨き終えると、コップの水で口をゆすいだ。


「里緒奈、上手に歯磨き出来たぉ」

 そう言ってにっこり笑って、真っ白な歯を見せる千木良。


 その笑顔に、客席から、おおおおっ、って地響きのような声が上がった。


 ダメだ……

 みんな、もう、手遅れだ……




「これで、すべての審査が終了しました。これから、投票に移ります」

 司会のアナウンスが聞こえた。


 香のグランプリは揺るがないだろうけど、千木良がこのコンテストに爪痕つめあとを残したのは間違いない。


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