第108話 眠りの森

 突然部室の庭で始まった焼き肉パーティーは、午前零時を回っても続いた。


 深夜出歩く香を、部室に留め置くための手段ってことだったけど、ただ単にうらら子先生がお酒を飲みたかっただけっていう説もぬぐえない。


 僕達は、庭の焚き火を囲んでレジャーシートに座っていた。

 時々、パチパチとまきはじけて、火の粉が空に舞う。

 外気は寒いけど、焚き火の近くにいると、ほっぺたが火照るくらいに温かかった。

 ブランケットを膝にかけてると暑いくらいだ。


 先生が買ってきてくれた大量のお肉は、大方、みんなの胃袋の中に消えた。

 もうお腹がいっぱいで、みんな、足を投げ出してだらだらしている。

 うらら子先生は日本酒の一升瓶を片手に、ちびちびやっていた(先生の禁酒は反故ほごになっている)。


 僕は昨日も寝なかったから、気を張ってないと、すぐに目蓋まぶたが閉じてしまいそうで気を張っている。

 香を見張るためにも、ずっと起きてないといけない。


「ほら、西脇君、食べて」

 当の本人、香だけが元気で、庭の隅のバーベキューコンロで焼いた肉を僕に持ってきてくれた。

 みんなに飲み物を配ったり、香は甲斐甲斐しく働いている。

「うん、ありがとう」

 そう答えて受け取ったけど、もうこれ以上、なにもお腹に入りそうになかった。

 肉食系女子のみんなも、野菜をコリコリまむふりをして誤魔化している。



 深夜二時過ぎ、僕達の中で一番始めにギブアップしたのは、意外なことに柏原さんだった。


「西脇、すまん」

 隣に座っていた柏原さんが、僕に寄りかかってくる。

 いつも日の出前に起きてジョギングする健康な生活の柏原さんに、深夜まで起きてるのはつらかったのかもしれない。

「柏原さん、寝る?」

 僕が訊くと、柏原さんが無言で頷いた。

 僕は柏原さんに肩を貸して、居間まで運ぶ。

 居間に布団を敷いて柏原さんを寝かせた。

 柏原さんは布団に横になると、背中に手を回してブラジャーのホックを外そうとする。でも、寝ぼけてて中々それが外せなかった。

 僕が知る限り、柏原さんはブラジャーを外して寝る派だ。

 仕方なく、僕が手伝ってホックを外してあげた。

 それで柏原さんは安心したみたいだ。

「西脇、香を頼んだぞ」

 そう言い残して眠ってしまった。



 柏原さんを寝かせて庭に戻ると、朝比奈さんと綾駒さんが背中をつけて、お互いを支えにしてうとうとしている。


「朝比奈さん、綾駒さん、布団で寝ましょう」

 僕は二人を両脇に抱えて、部室まで運ぶ。


 僕の脇腹の辺りに、両側から二人の大きなものが当たって、意識が飛びそうになった。

 しっとり柔らかくて、重量感があるそれ。

 幸せが詰まったかたまり

 二人の大きなものに、僕はサンドイッチされている。


 居間に二人を寝かせると、

「西脇君、ごめんね」

 眠たい目で朝比奈さんが言った。

「ううん」

 朝比奈さんは朝早く起きてご飯を作ってくれてるんだから仕方ない。

「香ちゃんを……」

 朝比奈さんは言葉の途中で眠ってしまった。

 その朝比奈さんに抱きつくように、綾駒さんも眠る(ひかえ目に言ってうらやましい)。


 僕が知る限り朝比奈さんと綾駒さんはブラジャーをつけて寝る派だから、このままでいいだろう。



「私もちょっと、横になろうかな」

 三時を過ぎて、僕の膝に抱っこされていた千木良がレジャーシートに横になった。


「ダメだ! 千木良寝るな!」

 僕がそう言って揺り動かしても、もう、千木良はすーすーと寝息を立てている。

 昨日の深夜、僕と一緒に香を追いかけてたんだから、無理ないかもしれない。

 脇腹をくすぐったり、ワンピースのスカート部分をめくったりしても、千木良は起きなかった(普段はスカートをめくると、何するのよ! って怒るのに)。

 千木良は完全に眠ってしまった。

 仕方なく、居間に連れて行って千木良を寝かせる(ちなみに千木良はまだブラジャー付けてない)。



「あれ? みんな寝ちゃったの?」

 日本酒が入ったグラスを傾けていたうらら子先生が言った。

「はい、みんな疲れてるみたいで」

 僕が答えた。

 先生だって、昼間授業をして、放課後も仕事してて疲れてるはずなのに。


「よし、西脇君、こっちにおいで。先生、朝まで君を寝かさないよ」

 酔って舌が回ってないうらら子先生が言う。


 先生、多分に誤解を招く発言だから、撤回してください。


 だけど、やっぱり先生もそう言った五分後に、レジャーシートの上で眠ってしまった。

 一升瓶を大事そうに抱いたまま眠るうらら子先生。


 僕は先生をおんぶして居間の布団まで運んだ。


「先生、止めてください!」

 寝ぼけた先生が僕のパンツに手をかけて脱がそうとするから、庭に逃げた(ちなみに、先生はブラを外して寝る派であると同時に、パンツも脱いで寝る派だ)。




 結局、起きているのは僕一人になってしまう。


 いや、僕と香の二人になってしまった。


 僕たちは、庭の焚き火を挟んで対面に座っている。

 消えかけた焚き火に薪をくべたら、パチンと大きな火の粉が上がって、空へ登っていった。

 香の白い肌は、怪しいオレンジ色に照らされている。


「ねえ馨君」

 香が口を開いた。


「私、がんばってミス是清学園になるから、馨君もがんばってミスター是清学園になってね。二人で、後夜祭のダンス踊ろう」

 香が僕の目を正面から見る。

「うん。僕は無理かもしれないけど、そうなれるようにがんばる」

 実際、僕がミスターになるのは無理だろう。

 でも、香がミス是清学園になるのは決定的だ。


「いいえ、私が絶対に馨君をミスター是清学園にするよ」

 香が言った。


 絶対って……


 だけど香は、確信に満ちた目をしている。


「さあ、馨君、行こう」

 そう言って香が立ち上がった。

「行こうってどこへ?」

 僕は、座ったまま訊く。

 焚き火の向こうで、香が僕を見下ろしていた。


「私、馨君を邪魔する悪い人達がいるの知ってるよ。だから、こわしに行こう」

 香がそう言って、口の端を持ち上げて微笑む。



 朝比奈さんの整った顔をした香の顔は、怖いくらいに美しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る