第89話 侵入者

 ピーピーとけたたましい警報音が部室に響いて、壁の回転灯が赤く光った。


「林に、侵入者よ!」

 千木良が八畳間の奥にある自分の部屋に走る。

 僕達も、そのあとを追った。


 みんなで千木良の机の上に置かれた監視用モニターを覗き込む。

 十二分割された画面の一つに、薄暗い林の中を、誰かが歩いているのが映っていた。

 これは、木々の枝にある鳥の巣に擬態ぎたいしたカメラから送られてくる映像だ。

 暗くてよく見えないけど、シルエットからして、スカートを穿いた女子生徒に見えた。



「この先、一般生徒は立ち入り禁止です。すみやかに退去しなさい」

 カメラと同じように木々に設置されたスピーカーから、警告メッセージが流れる。


 でも、そのシルエットの女子生徒は従う気配がなかった。

 警告が聞こえないみたいにそのまま歩いて来る。


「このままいくと、高圧電流が流れる電線に触って、痛い思いをすることになるわ」

 千木良が言った。


 電線は、地面から30センチおきに、150センチの高さまで五本、林をぐるっと張り巡らされているらしい。

 千木良が作った顔認証システムで、部員とうらら子先生以外が林を抜けて部室に近づこうとすると、電流が流れる仕組みだ。



 モニターの中の彼女は、電線の前で立ち止まった。


 すると、ふわっとジャンプして、すぐ横にあった木を蹴り、150センチの一番高いところを簡単に乗り越えた。

 スカートがひるがえって、白いパンツがちょっとだけ見える。

 彼女はそのまま、何事もなかったかのように歩いて林を進んだ。



「あれを乗り越えるなんて……」

 千木良が、くやしがるというより、唖然あぜんとしていた。


「かなり、運動神経がいい奴だな」

 柏原さんも関心している。


 いや、あの動き、運動神経がいいどころの話じゃないと思うけど……


「でも大丈夫、高圧電流を乗り越えたとしても、対人レーザーを積んだドローンが待ちかまえてるわ」

 千木良の言葉のあとすぐに、ブーンと、庭の木箱からそれが飛び立つ音が聞こえた。

 黒いボディの下に、長細い銃口のような装置を積んだドローンが、複数飛び立つ。


 いや千木良、対人レーザーを積んだドローンとか、そんなもの、部室に配備するなよ……



「この先、一般生徒は立ち入り禁止です。すみやかに退去しなさい」

 もう一度、警告メッセージが流れた。

 その間にも、ドローンは木々の枝の間を縫うように飛んでいく。


「いくらなんでも、レーザーとか、彼女、危なくない?」

 朝比奈さんが心配そうに眉をひそめた。


「大丈夫よ。初弾は、威嚇いかくで外すようにプログラムしてあるから」

 千木良が答える。


 初弾って、次からは当てるんじゃないか!



 けれど、僕達の心配は杞憂きゆうだって、すぐに分かった。


 モニターの中の彼女は、ドローンのレーザーの射線を切るように木の影に隠れて、撃たせることさえしない。

 それどころか、木の枝を上手く伝って飛んでいるドローンに近付くと、それに上から手刀を浴びせて打ち落とした。


 千木良のドローン五機が、瞬く間に全部落とされて、地面にひっくり返る。

 ひっくり返ったドローンのプロペラが、地面で空しく空回りした。


「はあっ?」

 モニターに噛みつこうとする千木良を、僕が羽交はがめにして止める。


「私の防衛システムが負けるなんて!」

 千木良が足をバタバタさせるから、机の上のキーボードとかマウスが落ちた。


「放しなさい! 最後の手段、巡航ミサイルで!」

 千木良が僕の腕の中で暴れる(なんだよ巡航ミサイルって……)。



「あれ? そういえば、『彼女』は?」

 綾駒さんが周囲を見渡して言った。


「えっ?」

 僕達がモニターに夢中になってる間に、「彼女」がいなくなっている。

 さっきまで、八畳間でニコニコしていた「彼女」。

 八畳間にはその影も形もない。



 みんなで辺りを探すと、「彼女」は庭にいた。

 開いていた縁側えんがわのガラス戸から外に出たらしい。

 スクール水着(旧型)を着た「彼女」が、庭の真ん中でぼーっと立っていった。



「まずいぞ、『彼女』のことあいつに見られる。スクール水着着てるし!」

 柏原さんが言う。


 「彼女」は朝比奈さんそっくりだし、これじゃあ、朝比奈さんがスクール水着を着て庭に立ってるみたいじゃないか。

 それに、「彼女」を文化祭のミスコンに出してサプライズを企んでたのに、それもバレてしまう。


 僕達は、靴も履かずに庭に降りた。

 庭の彼女を連れ戻そうとする。


 でも、もう遅かった。


 円形の庭の真ん中で、「彼女」と林を抜けてきた誰かが、向かい合って立っている。


 林の暗がりから日の当たる場所に出て来たのは、確かに女子だった。

 彼女はうちの学校のブレザーの制服を着ている。

 茶色い長い髪に、大きなウエーブを描くパーマをかけていて、髪型は華やかに見えた。

 クリクリッとした目に、ぽてっとした唇。

 透き通った白い肌で、ちょと派手目にピンクのチークを入れている。



「ふうん、よくできてるのね」

 その女子が「彼女」の顔を覗き込んで言った。

 「彼女」は、顔を近づけられても、ただぼーっとしている。


「でも、まだ中身は赤ちゃんなんだ」

 その女子が小馬鹿にしたみたいに言った。


「あなた、誰?」

 うらら子先生が訊く。

 僕も見たことない女子だったけど、先生も知らない女子だったらしい。


「うちの生徒じゃないわね」

 続けて先生が訊いた。


 その女子は、「彼女」から目を離してこっちを見る。


「私は、シホ」

 彼女が答えた。

 シホと名乗る彼女は、敏腕教師モードで厳しい顔をしたうらら子先生にも、全然動じていない。


「うちの生徒じゃない子が、なんでその制服を着てるの?」

 腕組みした先生が訊いた。


「いいじゃない。ここの制服、カワイイんだもの」

 シホと名乗った彼女が、服の裾を引っ張りながら言う。


「なにしに来たの?」

 先生が訊きながら、彼女に近付こうと距離を詰めたら、彼女はパッと後ろに飛んで、距離をとった。




「いずれまた、会いましょう」

 彼女はそう言い残すと、林の中へ走って行く。

 そして、来たときと同じように、高圧電流が流れる電線を軽々と乗り越えて、その外へ去った。


 消える前に、彼女が僕の目を見て、口元をちょっとゆがめた気がする。

 これは、僕が自意識過剰ってことじゃなくて、確かに僕を見たと思う。


「おい! 待て!」

 柏原さんが鉄パイプを持って追いかけていった。


「なによあれ」

 綾駒さんが言って肩を竦める。


「まったく……あいつ……」

 千木良がなにか言いかけて止めた。



 僕達の「彼女」は、ニコニコしたまま、ぼーっと庭に立っている。

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