第88話 企み

「『彼女』を、文化祭のミスコンに出そうよ!」

 綾駒さんが、キラキラした笑顔で言った。

 当の「彼女」は、スクール水着(旧型)を着たまま無邪気むじゃきに微笑んでいる。



「ミスコンに出るってどういうこと?」

 僕は、ぽかんとしてるみんなを代表して質問した。


「この『彼女』を文化祭のミスコンに出して、グランプリを取らせるの。グランプリでミス是希世これきよ学園に選ばれれば、この『卒業までに彼女作る部』のいい宣伝になるでしょ? 誰だって、私たちのこと認めざるをえなくなるんじゃない? この林の中の部室に隔離かくりしたことを、後悔こうかいさせてやるわ」

 綾駒さんが、ドヤ顔で言う。


 僕は、この部室、けっこう気に入ってるんだけど。



「でも、ミスコンにアンドロイドの出場なんて、認められるのかな?」

 そこには、我が校生徒に限るとか、ちゃんと規定があるはずだ。

 応募できるのかも分からない。


 もし、生徒以外が応募できるなら、コンピューター研が作ってるバーチャルアイドルも候補になるとか、オカルト研が部室の中で飼っているという「異形のモノ」も候補になるとか、色々面倒なことになりそうだし、これから生徒会とめることになるかもしれない。



「それは分かってる。だから、『彼女』は『彼女』として出場するんじゃなくて、朝比奈さんとして出場するの」

 悪戯っぽい顔をする綾駒さん。


「ん?」

 って、「彼女」と同じスクール水着(旧型)の朝比奈さんが首を傾げる。



「こんなにそっくりなんだもの。『彼女』を朝比奈さんとして出場させて、それでグランプリ取るの。その受賞式で講堂のステージに上がったら、そこで、ご本人登場ってことで朝比奈さんが出ていくの。みんなびっくりするでしょ? ステージに二人の朝比奈さんがいるんだもの。そこで、実は『彼女』は朝比奈さんじゃなくて、私たちが作ったアンドロイドですって、タネ明かしするの。私達『卒業までに彼女作る部』が作ったんですよって。それを聞いたみんながびっくりする顔が、浮かんでこない?」

 綾駒さんが勝ち誇ったような顔をした。


「それは、確かに凄いけど……」

 インパクトといえば、ありすぎるくらいある。


 全校生徒のあこがれ、そんな朝比奈さんそっくりなアンドロイドがいて、それを我が部が作ったとなれば、誰だって驚くだろう。

 誰もアンドロイドだって気付かずにミスコンのグランプリに選んでしまったとすれば、呆気あっけにとられるはずだ。

 不正だから受賞は取り消されるかもしれないけど、とんでもない印象を全生徒に刻む。

 文化祭に、大きな傷跡を残せる。



「いいなそれ!」

 柏原さんが、ポンと大きく手を叩いた。


「中々、いいんじゃない」

 千木良も頷いている。


「でも、私に似てるからって、グランプリとれるかは分からないよ」

 朝比奈さんが戸惑いながら言った。


「取れます! 朝比奈さんにそっくりな『彼女』なら、絶対にミス是希世になる!」

 僕が断言したら、朝比奈さんが照れながら「ありがとう」って言う。



「先生は、この話、聞かなかったことにしておくわ」

 うらら子先生が、耳をふさぐ仕草をしながら言った。

 こんな悪戯、顧問の先生が知ってたら確かにまずい。



「だけど、外観はともかく、文化祭までに朝比奈さんみたいに振る舞ったり、しゃべったりするように出来るのかな?」

 僕は訊いた。


 「彼女」は、朝比奈さんの隣でニコニコしている。

 まださっき起動したばかりの赤ちゃんで、時々、女子達に向かって微笑むだけで、「彼女」はまだ話すことも出来ない。

 ミスコンではインタビューとかあるだろうし、ステージ上で特技を披露ひろうしたり、朝比奈さんとして、その容姿以上にたくさんのことを求められるだろう。


「そうね、文化祭に間に合わせるには、色々、教え込まないとね」

 千木良が、「彼女」の頭をでながら言った。

 「彼女」は子犬みたいに嬉しそうに、千木良に頭を預ける。


「調教しがいがあると言えば、あるわね」

 うらら子先生が言った。


 先生、調教とか言わないでください。


「こ、こんなカワイイ女子を調教……」

 ほら、さっそく綾駒さんがそのワードに反応して、よだれ垂らしてるし。


「文化祭までに泊まり込みで育てて、最低限のことは出来るようにするしかないな」

 柏原さんが言う。


 と、泊まり込み、だと……


「泊まり込み、大賛成です!」

 僕が喜々として言ったら、女子達に白い目で見られた。


 でもいいんだ。

 みんなと一緒に泊まり込み。

 文化祭準備の学校全体がちょっと浮かれた雰囲気になる中で、部員のみんなと寝起きを共にする。

 それって、去年の文化祭と違って、青春してるって気がする。

 これで文化祭まで生きてる理由が出来た。



「そうとなったら、さっそく、学習を始めましょう」

 千木良が言って、「彼女」を八畳間の奥に自分の部屋に引っ張っていこうとする。



「ちょっと、待ちなさい!」

 うらら子先生が、浮かれた僕達に向けて言った。


「あなた達、もう文化祭のことで盛り上がってるけど、その前にすることがあるでしょ?」

 敏腕びんわん教師の顔で僕達を見る先生。


「えっ?」


「中間テストだよ。その成績如何いかんでは、文化祭に参加させないからね。私が顧問を務める部活では、その部員も優秀でいてもらいます」

 先生がきっぱりと言った。


「そんなぁ」

 柏原さんが頭を掻く。

 綾駒さんも肩をすくめた。


 優等生の朝比奈さんと、天才の千木良は余裕だ。



「当たり前でしょ? あなた達は、学生なんですから」

 普段、部室ではびっくりするくらいゆるいうらら子先生も、ここだけは譲れないらしい。


「よし、今からみんなで勉強しよ!」

 朝比奈さんが前向きに言った。


「はい!」

 僕は、自分でもびっくりするくらい小気味よい返事をする。

 だって、スクール水着(旧型)を着た朝比奈さんにそんなこと言われたら、どんなひねくれたヤツだって、こんなふうに素直になると思う。


「あんたはこっちよ」

 ところが、千木良が僕の手を引いた。

「私が、専従せんじゅうとして、あんたをビシビシしごくわ」

 千木良が、嫌らしく口角を持ち上げて言う。


「スパルタで行くから、覚悟しなさい」

 千木良の後ろで、ツインテールが意思を持ったみたいに揺れた。


 「彼女」を調教する前に、僕のほうが調教されてしまいそうだ。

 幼女に調教されるとか、僕の性癖が変な方向に曲がりそうなんですけど。



 僕達が、居間で勉強を始めようとした時だ。


 突然、千木良の部屋からピーピーとけたたましい警報音が鳴って、壁にかけてあった警戒ランプが回転した。


「大変! 林に、侵入者よ!」

 抱っこしていた千木良が、僕の懐から立ち上がる。

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