第85話 月旅行

「さあ、西脇君、脱いで」

 綾駒さんが迫ってきた。


「はやく、脱ぎなさいってば!」

 僕が戸惑っていると、綾駒さんは僕に顔を近づけてくる。

 もう、お互いの鼻の頭と鼻の頭がくっつきそうな距離だ。

 そんな距離だから当然、綾駒さんの大きなものは、僕の胸にくっついている。

 それを通して、ドクドク脈打ってる綾駒さんの鼓動こどうも伝わってきた。


 綾駒さんのシャツの胸元からは、濃厚なバニラビーンズの香りが漂う。



「ほら、はやく」

「で、でも、僕達にはまだ早いっていうか、その、僕はまだ心の準備が出来てないし、それに、隣の部屋にうらら子先生がいるんだよ。僕、声が出ちゃうと思うから、先生に聞こえると思うんだ」

 え、えっちなのはいけないと思います!


「ごちゃごちゃ言ってないで、はやく脱ぎなさい! モデルが必要なんだから!」

 綾駒さんがすごんだ。


 んっ?


「モデルって?」

「朝比奈さんが帰っちゃったから、西脇君、あなたがモデルをするの」

 綾駒さんが言う。


「でも、僕なんかじゃ、朝比奈さんの代わりなんて出来ないし」

 朝比奈さんと僕は全然似ていない。

 ガン○ムで例えると、「ガン○ム」と「ザ○」くらいの違いじゃなくて、「すー○ーふみな」と「ベアッ○イ」くらい違うと思う。


「似てるでしょ? 直立二足歩行してるところとか、肺で呼吸してるところとか」

 綾駒さんが言った。


 やっぱり、僕と朝比奈さんの共通点って、そこまで立ち戻らないと見付けられないのか……


「冗談。でも、関節とか、骨の出方とか参考になるし、それを実物で見て確かめたいの。お願い」

 綾駒さんが、今度は上目遣いで胸の前で手を合わせて言った。


 仕方なく、僕は服を脱ぐ。

 僕はトランクス一枚になった。


「ほら、恥ずかしがらない。私、夏休みに、西脇君の水着姿なんてたくさん見たんだから慣れっこだよ。それはもう、め回すように見たし」

 僕がなんとなく前を隠してたら、綾駒さんに言われる。


 綾駒さん、僕のこと、舐め回すように見てたのか……



 綾駒さんが「彼女」の体を整える横で、僕は要求するポーズに答えた。

 綾駒さんは、「彼女」の関節を動かしながら、皮膚の下に入れる樹脂のパーツを交換したり、それを削ったり盛ったりして調整した。

 時々僕の方を見て、骨や筋肉の動きを確認する綾駒さん。


 こんなので本当に僕はモデルの役割を果たせてるんだろうか?

 ちょっと、心配になる。




「ねえ、綾駒さんは、なんで女の子のフィギュアとか、好きなの?」

 モデルをしながら、僕は基本的なことを訊いてみた。

 綾駒さん、フィギュア大好きだし、女の子も大好きで、珍しいタイプの女の子だと思う。

 少なくとも、僕は綾駒さんみたいな女の子と出会ったのは初めてだ(おっぱい的な意味も含めて)。


「うーん、そうだな、私、体型にコンプレックスがあったからかな?」

 手を動かしながら、綾駒さんが言った。


「ほら、私っておっぱい大きいでしょ?」

 それは否定しない。


「だから、あんまりカワイイ服とか着られなかったの。おっぱいが大きいのがコンプレックスでさ。おっぱいが目立たないように、緩めのワンピースみたいな服ばっかり着てたし」


「ふうん」


「だから、アニメのキャラとかが着てる服にあこがれたの。着せ替え人形とか、アイ○ツ!にはまってたんだけどさ。そのうち自分で作りたくなったの。元々、手を動かすのが好きだったし」

 元々あった綾駒さんの芸術的センスが、そっちに発揮はっきされたってことか。


「それに、私は、朝比奈さんみたいに可愛くないし。あんなふうにキラキラした笑顔が出来ないし。女の子女の子した表情とか、仕草とか出来ないの。だから、そういうことを自然に出来る女の子とか、アニメのキャラクターとかに憧れちゃうのかな」

 綾駒さんはそう言って自嘲じちょうする。


 綾駒さんは、なんか重大な勘違いをしてると思う。


「綾駒さん」

 僕は、正面から綾駒さんを見た。


「綾駒さんはすっごく可愛いよ。どこからどう見たって可愛い。頭のてっぺんから爪先まで、全部可愛い。それに、綾駒さんのおっぱいも素敵だ。横で見ている僕には、綾駒さんがすごくキラキラに見える。眩しいくらいにキラキラしてる。本当に、いつも隣にいて、ドキドキしてるんだよ。だから、綾駒さん、自分が可愛くないとか言うの、おかしいと思う」


 僕が言ったら、綾駒さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


 そして、五秒くらいそのままでいて、我に返る。

「もう! 西脇君ってば……」

 綾駒さんのほっぺたがほんのりと赤くなった。


 自分でも、直球過ぎること言ってると思う。

 もっと言葉が上手くて、女の子の扱いに慣れてるヤツとかだったら、もっと上手く褒められたんだと思う。


 でも、僕にはこんな言い方しか出来ない。


「でも、ありがとう」

 綾駒さんが上目遣いでそう言った。


「ううん」

 綾駒さんに話が聞けて、部長として、すごくよかったと思う。



「まったくもう、西脇君は……」

 綾駒さんがそう言って息を吐いたと思ったら、急に、足元がおぼつかなくなって、ふらついて倒れそうになった。


「綾駒さん!」

 僕は、駆け寄って綾駒さんを支える。

 綾駒さんを腕に抱いて、ゆっくりと床に寝かせた。


「大丈夫?」

 僕は訊いた。

 僕が、恥ずかしげもなく思ったこと口にしちゃったから、綾駒さんびっくりしちゃったんだろうか。


「うん、ちょっと集中しすぎて、知恵熱が出たみたいに、クラクラしたの」

 綾駒さんがそう言って目をつぶる。

 確かに、綾駒さんの体、少し熱い。


「ちょっと、胸元のボタン、外してもらっていい?」

 僕の腕の中で綾駒さんが言った。

「うん」

 僕は、急いで綾駒さんの胸のボタンを外す。

 シャツの間から、レモンイエローのブラジャーが見えた。


 もちろん、その、グランドキャニオンよりも深い谷間も見える。


 これ以上ボタンを外すと、全部見えちゃうけど、綾駒さん熱そうだし、って考えて迷ってたら……


 次の瞬間、背後で八畳間と居間を仕切るふすまがドンって、一気に開いた。


 あっ、そういえば隣の部屋には……


「ちょっと、あなた達」

 背後からうらら子先生の声がする。


「あなた達は、この神聖な部室で、しかも、この私が寝ている隣の部屋で、何をしているのかな?」

 先生の感情を抑えた平板な声がした。


 振り向くと、髪が逆立って、目を吊り上げたうらら子先生がいる。

 先生、肩幅に脚を開いて、腕組みしていた。

 先生の後ろに、バチバチと、雷系の魔法を発しそうな火花が散っている。



 えっと、僕は今、パンツ一枚だし、綾駒さんの胸のボタンを外してるし綾駒さんのシャツの間から、レモンイエローのブラジャーが見えてるし、これって、見方によっては、相当まずいんじゃないか。


 いや、見方によらなくても、相当、まずいと思う。



「西脇君、あなたって子は!」

 次の瞬間、僕は、うらら子先生のグーパンチで、天井を突き破って月まで飛ばされた。


 月旅行って、以外と簡単に行ける。

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