第70話 爽やかな告白

「僕は、西脇が好きだ!」

 夜の海に向けて、柏原さんが叫んだ。


 まあ、そうだよね。


 こうやってみんなで盛り上がって、告白大会になって、この場に男子は僕だけだし、その僕を好きっていうのはお決まりのパターンだ。

 むしろ、僕の名前を出さないほうが、空気が読めないっていうか、盛り上がりに水を差すことになるから、柏原さんも、で僕の名前を出したんだろう。


 それはそうだよ。


 女子からも男子からもあこがれられる柏原さんが、本気で僕のこと好きって言ったって思うほど、僕も馬鹿じゃない。

 みんなから鈍感どんかんとか言われるけど、それくらいは、わきまえている。


 ひゅーひゅーって、みんなが僕と柏原さんを茶化した。

 それも含めて、この告白ゲームってことなんだろう。


 柏原さんがチラチラと僕を見るから、僕も、チラチラ柏原さんを見た。

 なんか、柏原さんにそんなこと言わせてしまって、申し訳ない気がする。



「じゃあ、次、行くわよ」

 うらら子先生の号令で、また、じゃんけんが始まった。


 次に負けたのは、棘学院女子の一人だ。

「私が好きなのは、西脇君!」

 その女子が海に向かって叫んだ。


 ほらね。


 やっぱり、僕が思ったとおりだ。

 この前会ったばかりで、お互いあんまり知らないのにこんなこと言うんだから、それは、この場のノリというか、僕に対して気を使ってるってことで間違いなかった。


「じゃあ、次!」

 先生が言って、次のじゃんけんが始まる。


 その後、棘学院女子の三人が立て続けに負けて、三人とも、僕の名前を叫んだ。


「次!」

 もはやこのゲームは、じゃんけんで負けた人が、罰ゲームとして僕のことが好きって叫ぶゲームと化している。


「もう一回、行くよ!」

 うらら子先生が言った。


 その六回目のじゃんけんで最後まで負け残ったのは、千木良だった。


「はい、千木良さん。海に向かって好きな人の名前を叫びなさい」

 さらにお酒が進んだうらら子先生は、容赦ようしゃない。


 「いやよ!」って、もじもじしてた千木良だけど、三十人近くに囲まれてプレッシャーをかけられると、逆らえなかった。


 千木良が海を向く。


 そして、

「私が好きなのは、アラン・チューリング!」

 って叫んだ。


「はい、歴史上の人物に逃げるのも禁止です。正直に、あなたが好きなのは、『なにわき君』か、叫びなさい」

 うらら子先生……「なに脇」って……


「私が好きなのは、西脇です」

 千木良が、口をとがらせて言った。


 さんをつけろよデコ助野郎!


「西脇くんの、どこが好きなの?」

 うらら子先生が突っ込む。


「はあ? そんなことも言わないといけないの?」

 千木良が訊いて、うらら子先生が無慈悲むじひに頷く。


「いつも抱っこしてくれるところとか、すぐに私の脇腹をいやらしい手つきで触るところとか、『ちっぱい大好き』って公言してるところとか、私がキャベツ太郎を食べたあとの手を、舐めるように丁寧に拭いてくれるところとか。お、お、お、お兄ちゃんみたいで好きです!」

 千木良が答えた。


 なんか、所々に誤解を招く表現が混じってる気がする。


「まあ合格。じゃあ次、行くわよ!」

 次のじゃんけんで一番負けたのは、飛鳥さんだった。


 飛鳥さんまで、こんなことに巻き込んじゃって、本当にごめんなさい、って僕は目で謝っておく。


「私が好きなのは、西脇さんです」

 飛鳥さんも空気を読んでそう言った。

「どこが好きなの?」

 うらら子先生が、飛鳥さんにまでからむ。


「えっ? はい、えっと、西脇さんは私の部屋で寝起きしてるのに、私のタンスを開けたり、部屋の中のものをいじった形跡がなくて、誠実にしてくれているところです」

 飛鳥さんが言った。


 セーフ。

 良かった。


 飛鳥さんの部屋のタンスとか、机の引き出し開けたり、制服を触ったりしなくて良かった。

 枕に顔をうずめるくらいで止めといて、本当に良かった。


「西脇君。あなたも年頃の男子高校生なら、タンスを開けて飛鳥さんのパンツの一枚くらい盗んだり、ブラジャーを胸に当ててみたり、制服をくんかくんかしたりしなさい」

 うらら子先生が言う。


 先生……教師なんだから、犯罪の教唆きょうさをしないでください。



「じゃあ次」

 次にじゃんけんに負けたのは、綾駒さんだった。


「私が好きなのも、西脇君」

 もはや、そう言うのが義務になっている。


「理由は、造形的に作りやすそうだし、私がからかっておっぱいを腕に当てると、顔を真っ赤にして恥ずかしがってカワイイからです」

 綾駒さんが言った。


 造形的に作りやすいって、それ、められてるんだろうか? それとも、けなされてるんだろうか?

 あと、やっぱり綾駒さんは、僕にわざとおっぱいを押し当ててからかってたのか!



「次、次!」

 そこから、棘学院女子が四人立て続けに負けて、半ば強引に僕の名前を出した。


「次よ! 次!」

 うらら子先生、殺気立っている。

 女子達も、なんか、にらむような視線を僕に送ってきた。


 僕にじゃんけん負けさせようとするオーラがハンパない。

 僕が好きな人の名前なんて聞いて、どうするんだろう?


 でも、次に負けたのは、うらら子先生だった。


畜生ちくしょう! なんでこの子、じゃんけん強いのよ! 西脇君、なんで負けないのよ!」

 先生、酔っているとはいえ、心の声がダダ漏れです。


「私が好きなのは、西脇君よ。だって、オネショタ心をくすぐるし、彼女いない歴=年齢とか、超弩級ちょうどきゅうに鈍いところとか、私の中の有り余る母性がうずくじゃない。それに、押し倒せば無理矢理どうにか出来そうだし」

 ひどい……

 それに僕は、押し倒してもどうにかなりません(たぶん)!


 先生の言葉と形相ぎょうそうに、さすがのみんなもドン引いている。



「さあ、じゃあ、次行くわよ次!」

 先生が言うと、

「あのう、もうそろそろ終わりにしないと、また潮が満ちて陸に帰れなくなっちゃいますけど」

 飛鳥さんが冷静に言った。


「いいわよ。このまま徹夜でじゃんけんし続けるわ。誰かさんが負けるまで」

 うらら子先生が言う。


 すると、酔っていた美咲さんも冷静さを取り戻して、

「今はいいけど、夜から朝方にかけては冷え込むし、みんなで泊まる支度したくはしてないから、帰ったほうがいいな」

 って言った。


 うらら子先生は、美咲さんと望月先生に説得される。


「分かったわ。それじゃあ、これが最後の一回ね」

 泥酔した先生にも、教師として、生徒を守ろうとする意識は残ってたみたいだ。


「西脇君、分かってるでしょうね!」

 うらら子先生が、顔を近付けてプレッシャーをかけてきた。

 その目が負けろって言っている。

 先生、すごくお酒臭い。


「じゃんけん、ぽん!」


 最後のじゃんけんで負けたのは、朝比奈さんだった。


「チッ!」

 うらら子先生が舌打ちする。

 みんなも、ざわざわした。


 朝比奈さんは、どうしよう、って困った顔をしている。


「じゃあ、朝比奈さん、海に向かって早く好きな人を叫びなさい」

 うらら子先生が、やっつけ仕事みたいに言った。


 僕は、息を呑む。


 朝比奈さんが、覚悟を決めたように暗い海の方を向いた。


「私が好きなのは、西脇君! だって、面と向かって私のこと可愛いって言ってくれた、初めての人だから!」


 朝比奈さんの発言に、浜辺は静まりかえった。

 波すら、気を使って静かに打ち寄せた。


 なんだこの、澄み切った高原の朝露あさつゆみたいにさわやかな告白は。


 だけど、僕が朝比奈さんのこと可愛いって言った初めての人だったのは、僕みたいな馬鹿が、それまでいなかったってだけのことだ。

 誰もが、朝比奈さんにそんなことを言うのはおそれ多いと、言わなかっただけなのだ。


「ふう」

 朝比奈さんの汚れなき言葉を聞いたら、残っていた先生のHPが一気に削られたみたいで、うらら子先生は美咲さんにもたれかかって眠ってしまった。



「はい、それじゃあみんな、後片付けして帰るわよ」

 うらら子先生の後は、望月先生が引き継いだ。


 僕達は、バーベキューの片付けをして、浜辺を掃除して、まだ渡れるうちに海を歩いて無人島を出た。

 足がおぼつかないうらら子先生は、「彼女」におんぶされて島を出る。



 みんな、この場のノリで、僕のこと好きとか言ったけど、正直、悪い気はしなかった。


 嘘の告白でも、僕はそれで満足だ。


 もう僕は、こんなふうに女子から好きって言ってもらえることなんてないだろうし、これは夏の思い出として、心に刻みつけておこう。

 夜、寝ながら反芻はんすうして、ニヤニヤしよう。

 いいんだ、それでいい。




「おはよー。私、もう絶対お酒飲まない」

 翌日、朝起きてそう言った二日酔いのうらら子先生は、昨日のことをなにも覚えてなかった。

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