第69話 リア充のゲーム

 悲鳴を聞いて駆けつけると、砂浜で朝比奈さんが立ち尽くしている。

 海の方を見て、固まっていた。


「なんか海から来るよ!」

 朝比奈さんが海を指す。


 暗闇に目をらすと、海の上を、黒い影のようなものが近づいて来るのが見えた。

 それは、一つだけじゃなくて、いくつもある。

 ゆらゆらと、集団になってこっちに近付いて来た。


 黒い霧が集まったかたまりというか、亡霊ぼうれい、そんなふうに表現すべきモノ。

 それが、海の上をゆっくりとすべって来る。


 柏原さんがナイフを構えた。

 綾駒さんが流木を拾う。

 千木良が「彼女」を操作して、「彼女」が半身に構えた。

 僕もなんかしないとって思って、足元の砂をつかんだ。

 亡霊に、目潰めつぶしが効くかどうかは、分からないけど。


「あなた達は下がってなさい」

 僕達の前に立ったうらら子先生が、持っていたマグライトを黒い影に当てた。


 あれ?


 ライトの中に浮かんだのは、僕達がよく知った顔だ。


「あーあ。脅かそうと思ったのに、バレちゃった?」

 ライトの中の烏丸さんがそう言って舌を出した。


 黒い影の正体は、烏丸さん達、棘学院女子の新体操部員と、望月先生、それに、満珠荘まんじゅそうの飛鳥さんだった。


「もう! 西脇君達だけ、浜辺でバーベキューなんかして、ずるいぞ!」

 新体操部の紺のTシャツにショートパンツ姿の烏丸さんが言う。

 同じように軽装の新体操部のみんなは、スーパーのレジ袋とか、大荷物を抱えていた。


「どうやって、ここまで来たの?」

 僕は当然の質問をする。


「んっ? 普通に歩いて来たけど」

 烏丸さんが、けろっとした顔で言った。


「えっ?」

 僕は、烏丸さん達の足元を見る。

 そこには、濡れた砂と岩が、陸地までずっと続いていた。


 どうやらここは、潮が引くと、泳ぐどころか、歩いても渡ってこられるくらいの場所だったらしい。

 ビーチサンダルで、平気で歩ける場所だった。



「お肉とか、野菜とか持ってきました。母が、どうせなら夕食はここでバーベキューにしなさいって言うので」

 飛鳥さんが肩に掛けたクーラーボックスには、美味しそうな肉がぎっしりと詰まっている。

 棘学院女子のみんなも、鉄板とか、網とかお皿とかを、分担して持っていた。


「あとでお姉ちゃんが、サザエとかアワビとか持ってくると思うので、先に始めてましょう」

 飛鳥さんが言う。


 みんなが持っていたLEDランタンをともすと、たちまち浜辺が明るくなった。



「もう、水入らずで遭難そうなんを楽しむはずだったのに」

 綾駒さんが不満そうに言う。

「なんか、こいつのハーレムが大きくなってる気がするんだけど」

 千木良がジト目で僕を見た。

「でも、こうして助けられたんだし、文句は言えないよね」

 うらら子先生が大笑いする。

「よし、肉焼くか!」

 柏原さんが、さっそく、かまどに鉄板を据えた。

「西脇君の分は、私が焼いてあげるね」

 朝比奈さんが言う(あ、ありがとうございます)。



 そうして、無人島でのバーベキューが始まった。


 僕が涙を流してるのは、バーベキューの煙が目にみたからじゃない。

 夏休みに、女子達と浜辺でバーベキューするっていう、僕にとっては都市伝説でしかなかったことが実現して、感動にむせび泣いているのだ。


「野菜なんてあとでいいから、肉焼こう、肉!」

 棘学院女子の間で、そんな言葉が飛んでいた。


 なんという、肉食系女子……


「おう、みんなやってるね」

 ほどなくして、仕事から帰った美咲さんが、おみやげを持ってきてくれた。

 美咲さんのクーラーボックスには、サザエとかアワビに加えて、大きな伊勢エビも入っている。

 それは、真っ二つに切って豪快に焼いた。



 他に誰もいない無人島で、誰に遠慮することもないから、僕達は大騒ぎして過ごす。

 もう絶対にお酒飲まないって言ってたうらら子先生が、美咲さんと望月先生と大いに飲んでへろへろなのは内緒だ。



 僕達が楽しくバーベキューしてたら、千木良が一人、みんなの輪から離れてノートパソコンを開いてるのが見えた。


 さっきまで、棘学院女子のみんな囲まれて、カワイイカワイイ言われてまんざらでもなさそうだったのに、どうしたんだろう?


「千木良、どうした?」

 僕は、千木良に声を掛けた。


「みんなと、馴染なじめなかったのか?」

 声を落として訊く。

 千木良って、生意気に見えてデリケートなところがあるから。


「いいえ、違うわ。ちょっと、気になることがあったから、確かめようとしただけ」

 千木良がパソコンの画面を見たままで言った。


 千木良の隣には、「彼女」が座っている。

 千木良は、その「彼女」を無線でパソコンと繋いでるらしい。


「やっぱり、おかしいわ」

 千木良が首を傾げた。


「なにがおかしいんだ?」


「ええ、この子のログが消えてるのよ。この子が何を見て、何を聞いて、その情報から何を判断して、どうしてその行動をとったのか、全部記憶してるログが、なくなってるの。私達が昼寝を始めた辺りの時間から、数時間分のログがごっそり抜け落ちてる」

 千木良が言う。


「千木良の、設定ミスなんじゃないのか?」

「私、ミスなんてしないもん!」

 千木良が、どこかで聞いたセリフを言った。


 僕達が昼寝してた頃のログってことは、それはゴムボートが浜辺からなくなった時間帯だ。

 もしかしたら、「彼女」はボートをどこかへやった犯人を、目撃したかもしれない。


 それを見られた犯人が、証拠しょうこ隠滅いんめつのためにログを消したとか……


「この子にアクセスするには、私のこのパソコンを使う必要があるけど、それには指紋認証とパスワードを突破する必要があるのよ。このパソコンのログも調べたけど、私以外の人間が立ち上げた形跡はないし」

 千木良が、溜息を吐いた。


 僕は、「彼女」を見る。


 千木良の横に体育座りして、海の方を見ている「彼女」は、無表情だ。

 もっとも、頭蓋骨ずがいこつが剥き出しで、まだ、表情はつけられないのだけれど。


  物言わぬ「彼女」のチタンの骨格に、バーベキューの炎がゆらゆらと映って、怪しく輝いている。


 あ、そういえば!


 僕は、ポケットからスマートフォンを出して、その画面を見る。

 すると、「圏外」の表示が消えて、アンテナが立っていた。

 通話も出来るし、ネットにも繋がる。

 スマホは、完全に正常に戻っていた。


 さっきまで、スマホが圏外になってたのも、一体なんだったんだろう?



「西脇君! 千木良ちゃん! こっちにおいで」

 酔っ払ったうらら子先生が、猫なで声で僕達を呼んだ。


「今から、じゃんけんで一番負けた人が、好きな人の名前を海に向かって大声で叫ぶゲームやるわよ」

 先生がそう言って手招きする。


 なんだその、リア充御用達ごようたつのゲームは……


 本来、こういうノリを止めるのが、先生達大人の役目だと思うんだけど、その大人達は完全に酔っている。


「それじゃあ、いくよ! じゃんけん、ポン!」


 うちの部の部員と、新体操部の部員、二人の先生と満珠荘の姉妹の中で、一番じゃんけんに負けたのは、柏原さんだった。

 柏原さん……

 喧嘩けんかだったらこの中で一番強そうなのに。


「はい、柏原さん、好きな人の名前を海に向かって大声で叫びなさい。お父さんとか、架空のキャラクターとか、そういうふざけたのはダメだぞ!」

 うらら子先生が言う。


 もう、この酔っ払いをどうにかしてほしい。



「や、約束だからな」

 柏原さんが一人、海を向いて立った。

 こういういさぎよいところは、柏原さんらしい。


 僕達は、浜辺に立つ柏原さんの後ろ姿を見守った。

 女子達、こういうのが好きみたいで、みんな、目をまん丸にして、柏原さんに注目している。


 柏原さんの短い髪が、海風に揺れた。

 一度、大きく深呼吸して息を整える柏原さん。


「僕は……」

 柏原さんが口を開く。



「僕は、西脇が好きだ!」

 柏原さんが、真っ黒な海に向かって叫んだ。

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