第68話 パンツは穿いてください

 僕達をこの島まで運んできたゴムボートが、二艘にそうとも消えていた。


「みんな! 大変!」

 僕と千木良は、急いで昼寝している他の部員とうらら子先生を起こす。

 寝ぼけまなこの女子達とともに、島中、ボートを探した。

 けれど、ボートはおろか、その痕跡こんせきすら見つからない。


「海に流されちゃったのかな?」

 うらら子先生が海を眺めながら言った。

 島にないんだから、そういうことなんだろう。

 でも、ボートは浜の奥の方まで上げてたし、波がそこまで届いたとは思えなかった。

 ボートは風で動くほど軽くなかったし、そもそも、そんなに強い風は吹いてない。


 だとすると、誰かがボートを流したんだろうか?



「千木良、悪戯いたずらしてて、ボート流しちゃったのか?」

 僕は訊いた。

 僕が目を覚ましたとき、起きて浜辺にいたのは千木良だ。


「ふざけないでよ! 私が、そんなことするわけないでしょ? それに、したくても出来ないわよ。あんな重たいもの」

 確かに、あのゴムボートは千木良の力では動かせないかもしれない。

 千木良は、ノートパソコン以上重い物を持ったことがないようなお嬢様だし。


「そんなこと言って、本当はあんたが犯人じゃないの?」

 千木良がジト目で僕を見た。

「だって、ゴムボートがなくなれば、ここには私達だけになって、あんたは女子五人と一夜を過ごせるじゃない。あんたが考えそうな浅知恵あさぢえだわ」

 僕に向けてあっかんべーする千木良。


「そんなことするか!」

 僕は、千木良に対して言いながら、今、この島には男が僕一人しかいないという事実に気付かされる。


 もしかしてこれは、世に言うハーレムっていうヤツじゃないのか。


「私もやってないよ」

「私だって」

 朝比奈さんと綾駒さんが言った。

 昼寝の間、二人の立派なモノが僕の腕にずっと当たってたから、二人がそこを離れなかったことは、僕が保証できる(僕の両腕が覚えている)。


「僕もやってないぞ。今、その手があったって気付いて、やれば良かったとやんでるくらいだ」

 柏原さんが言った。


 柏原さん、無人島に取り残されたかったのか……


「私もやってないわよ。借りてきたボートが二艘とも流されて、保証金払わないといけないのは私だし……」

 先生、涙目になってる。


 みんなが犯人じゃないとしたら、誰かが島に上陸してやったって可能性もあるけど、そんな気配もなかった。

 この島にいるのは、僕達と先生の六人だけだ。


「やっぱり、あんたでしょ?」

 千木良が僕をにらむ。

「だから、僕じゃないって!」

「どうだか? どうせ、無駄に大きなおっぱいしてる、この人達の体目当てなんでしょ」

 千木良が言ったら、僕達の後ろに控えていた「彼女」が千木良の脇腹をくすぐった。

「わあ、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 千木良が暴れる。


 「彼女」は、僕の意思を読み取って、いい働きをするようになっていた。



「ほら、二人とも喧嘩けんかしないの。仕方ないから、満珠荘まんじゅそうに電話して、船を寄越してもらいましょう。もうすぐ、暗くなるから、ひとまず帰らないとね」

 うらら子先生が冷静に言う。

 自分のスマートフォンを取り出して、民宿の番号を呼び出す先生。


「あれ?」

 だけど、先生が首をひねった。

「スマホが繋がらない。圏外になってる」

 先生のスマホを覗き込むと、確かに圏外の表示だ。


 みんなそれぞれ、自分のスマホで確認してみた。

 すると、そのどれもが圏外になっている。

 僕のスマホも、もちろん圏外だった。


 ここは、海に浮かぶ無人島っていっても、陸がすぐ近くに見えてるし、圏外になるはずがない。

「上陸したとき、弟に無人島の写真送ったけど、そのときはちゃんと繋がってたよ」

 朝比奈さんが言った。

 僕も、はっきりとは覚えてないけど、昼寝する前までは繋がってたと思う。


「よし、分かった。僕が一泳ぎして、助けを呼んでくる」

 柏原さんが手首足首を回して、準備運動を始めた。

 着ていたTシャツを脱いで、水着になる。


「ダメ! やめなさい。もうすぐ暗くなるし、絶対に行かせないわよ」

 うらら子先生が言った。

 行きにボートでここまで来るとき、島と陸との間に横向きの速い海流があったから、先生の判断は正しい。


「私達がいないことが分かれば、民宿のみんなも気付いて探してくれるでしょうし、最悪、明日の朝まで待つつもりで、ここにいましょう。幸いテントもあるし、食べ物も水も、明日までの分くらいはあるから」

 先生が言った。

 海に出るとき、ボートには撮影機材の他に、食料と水を積み込んでいた。

 民宿で作ってくれたお弁当は昼に食べちゃったけど、カップラーメンとか、パンとか、お菓子がまだ残っている。


「まあ、キャベツ太郎があるから、私は大丈夫よ」

 千木良が言った。

 千木良は荷物の中に、当たり前のようにキャベツ太郎を入れている。


 なんて、安上がりなお嬢様なんだ……



「よし! それじゃあ、まきを探そう」

 柏原さんが言った。

 柏原さん、切り替えてサバイバルする気満々らしい。


 僕達は、島の真ん中にある岩山の木々の下から、倒木を集めた。

 浜に打ち上げられている流木のうち、乾いているものを拾う。


 浜にそれを積み上げると、柏原さんが石でかまどを作って、薪を組んだ。

 次に、柏原さんは麻紐あさひもをほぐしして、その上でファイヤースターターのマグネシウム棒をナイフで少し削った。

 柏原さんがナイフの背でマグネシウム棒を擦ると、まるで、魔法みたいに火花が散って、麻紐に火がつく。


 枯れ葉から小枝、そして太い薪と、段々大きくしていって、火を安定させる柏原さん。

 薪に完全に火が付いて、赤々と燃えた。


 暗くなってきた浜辺に火が起きると、なんか、それだけで安心する。

 真っ黒な島影が不気味だったのが、怖くなくなった。


「柏原さん、なんでナイフとか、ファイヤースターター持ってるの?」

 僕が訊くと、

「普通、持ってるだろ? それはパンツと同じで、常に身に付けてるものだろう?」

 柏原さんは、なに馬鹿なこと訊くんだ、みたいな顔をする。


 ナイフとかファイヤースターターは、パンツと同じじゃありません!


「逆に、パンツを穿かないことはあっても、ナイフとファイヤースターターは、常に身に付けてるくらいだ」

 柏原さん、パンツは穿いてください!


「よし! お湯を沸かそうか」

 自前のすすけたクッカーに水を入れて、石のかまどにくべる柏原さん。


無洗米むせんまい持ってきてるから、おにぎりくらいなら作れるぞ」

 柏原さんは、長四角のメスティンに、米と水を入れて、固形燃料のポケットストーブで炊飯すいはんを始める。


 なぜ、クッカーとか、メスティンとか、ポケットストーブを持ってるんだって訊くのはやめた。


 どうせ、「パンツと同じだろ」って返されるに決まっている。




 みんなで、かまどを囲んで座った。

 朝比奈さんと綾駒さんが僕の隣に座って、千木良が僕に抱っこされて、うらら子先生と柏原さんが対面に座る。


 焚き火を見ながら、女子達は楽しそうだった。

 無人島から出られなくなるっていう不安な状態にも、全然動じていない女子達が頼もしい。

 さすが、我が「卒業までに彼女作る部」の精鋭せいえい達だ。



 沸かしたお湯でカップラーメンを作って、柏原さんがいたご飯で作ったおにぎりと一緒に食べた。

 カップラーメンと、ただの塩のおにぎりなのに、すごく美味しい。


「ほら西脇、JKが握ったおにぎりだぞ。もっと食べろ」

 柏原さんが、僕におにぎりを勧めてくる。


 柏原さん、おにぎりに、変な属性つけないでください……



 ご飯を食べたり、話をしてるあいだに、辺りはすっかり暗くなった。

 スマホも通じないし、テレビもラジオもなくて、ここに響いているのは、心地よい波音と、女子達の笑い声だけだ。


 僕の前では炎が揺れていて、空には無数の星がまたたいている。

 女子達の髪を揺らす海風も気持ち良かった。


 僕は、遭難そうなんしてるのも忘れてキャンプを楽しむ。



 そんなふうにまったり過ごしてたら、朝比奈さんが、もじもじしながら立ち上がった。

「ちょっと、お花摘はなつみに行ってくるね」

 朝比奈さんはそう言うと、焚き火から離れる。


「えっ、お花って?」

 僕が訊くと、

「鈍いわね。トイレよ」

 千木良に突っ込まれた。


 ああ、そうか……


 朝比奈さんがタタタッて、恥ずかしそうに走り去る。


「西脇、そういうところだぞ」

 柏原さんに説教された。

「彼女には、そんなこと訊いちゃダメだよ」

 綾駒さんにも言われる。

「『彼女』のほうが、気を使えるんじゃない?」

 千木良が憎まれ口をきいた。


「先生くらいになると、彼氏の前でも堂々と『おしっこ行ってくるね!』って言うけどね」

 うらら子先生が言う。


「西脇君、先生は特別だから、参考にしなくていいです」

 綾駒さんが言った。



 僕が、女子と付き合うときのエチケットのことで、部員達から講義を受けてると、


「きゃーーーーーーーー!」

 少し離れた場所から悲鳴が聞こえる。

 悲鳴の主は、朝比奈さんだ。



 僕達は、急いで声が聞こえた方に走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る