第71話 肝試し

「それでは、ただ今より、『卒業までに彼女作る部』恒例こうれい納涼のうりょう肝試きもだめし大会を行います」

 うらら子先生が、懐中電灯をあごに当てて、下から顔を照らして言った。


 突っ込みどころが二つあるけど、暑いからスルーしておく。


 下から光を当てた先生の不気味な顔が、夜の闇に浮かんだ。



 夕食後、僕達、卒業までに彼女作る部部員は、満珠荘まんじゅそうの玄関に集まっていた。

 合宿に来たからには肝試しやらないと、って張り切っているうらら子先生には逆らえない。

 それに、女子と肝試しするって、男子高校生が夏休みにしてみたいハプニングを期待する行事、ベスト3に入ると思う。


 肝試しのハプニングっていえば、幽霊にびっくりした女子が抱きついてくるとか、幽霊にびっくりした女子が抱きついてくるとか、幽霊にびっくりした女子が抱きついてくるとか、色々と考えられる。


 部員の女子はみんな、Tシャツにショートパンツっていう、動きやすい服装をしていた(無防備な服装ともいう)。

 手にはそれぞれ、民宿で借りた懐中電灯を持っている。

 さっきまで、みんなで虫除けスプレーの掛け合いっこをしていたから、ちょっとだけ汗ばんでいた。


「会場はあの学校にします。校舎を一周回ってくるコースです」

 あの廃墟みたいな校舎は、夜行ったら、すごく迫力があると思う。



「あのう、みなさん、学校で肝試しをするんでしょう?」

 僕達が学校に向かおうとしたら、女将おかみの千鶴さんが、声を掛けてきた。


「はい、そうですけど……」

 先生が答えると、千鶴さんが少し表情を曇らせる。


「どうしてもあの学校で肝試しをするんでしたら、これを持って行ってください」

 千鶴さんは、長細い袋のようなものを大事そうに持ってきた。

 金糸銀糸でいろどられたそれは、ずいぶん古そうだ。


「これは、この家に代々伝わる霊験れいげんあらたかな短刀です。もし、何かあったときのために、持っていてください」

 千鶴さんがうらら子先生にそれを渡す。


「あそこは、その、出ますので」

 意味ありげに言うと、千鶴さんは目を伏せて民宿に戻っていった。


 僕達は、顔を見合わせる。


 出るってなにが出るんだ……

 刀を渡されるとか、とんでもないモノが出そうな雰囲気だ。


 そういえば、僕達が肝試しをするってなったら、棘学院女子のみんなも来ると思ったんだけど、全然乗ってこないのがおかしいって思ってた。

 烏丸さんも、「無事に戻って来てね」とか言ってたけど、棘学院女子のみんなは事情を知ってるのかもしれない。



「ま、まあ、何か出てきたら、先生がこの刀で切り刻んでやるから、大丈夫、大丈夫」

 先生が言った。

 声を震わせながら言うから、まったく説得力がない。


「ふん、幽霊なんてくだらない」

 千木良が言った。

 その割には、僕の手をぎゅっと握ってるけど。


 念のため、充電中だった「彼女」を起こして、一緒に連れて行くことにした。

 暗視装置と対人センサーが付いてて、100万ボルトの電流を流せるし、戦力になると思う。




 僕達は、学校までの坂道を登った。


 昼間みたいに太陽が照りつけてないから、涼しくて気持ちいい。

 山を登るにつれて、鈴虫の声が大きく騒がしくなった。

 夜になると、山はもう秋の気配だ。


 千木良が手を放さないから、僕は千木良と手を繋いで歩いた。

 千木良は反対側の手を、柏原さんと繋いでいる。


「千木良ちゃん、二人に手を繋いでもらって家族みたいね」

 それを後ろから見ていた朝比奈さんが、微笑ましいって感じで表情を緩めた。

「柏原さんがお父さんで、西脇君がお母さんで、千木良ちゃんが子供って感じかな」

 綾駒さん、いくらなんでもそれはひどいと思う。




 山の中腹に立つ学校は、不気味にたたずんでいた。

 校舎の窓から点々と見える非常口の明かりが、余計に怖い。

 学校が背にした山が、黒々と覆いかぶさるようにしていて、校舎を飲み込もうとしているみたいだ。



「はいみなさん、これから抽選をして、二人一組で校内を巡ってもらいます。玄関から一階と二階をぐるっと一周して、チェックポイントにあるお札を一枚ずつ取ってきなさい。ずるしてショートカットしても、すぐに分かるからね」

 校門のところでうらら子先生が説明した。


 先生は、夕方学校を出るとき、校内にお札をセットしてたらしい。

 二日酔いとか言ってたけど、こういう準備にすきがないところはさすがだ。


「それじゃあ、この六枚のくじに赤と青と黄色の三色が二枚ずつ入ってるから、それでペアを決めます。出発する順番も、赤が一番で、青が二番、黄色が三番目にします。さあ、このくじを引きなさい」

 長細い紙のくじを出して、色がついた方を握る先生。


「先生、そのくじ、確かめてもいいですか?」

 柏原さんが手を挙げた。


「ななな、なによ柏原さん。わわわ私が、不正でもすると思ってるの? 仮にも私は、きょきょ、教師なのよ」

 うらら子先生が言う。


 先生、不正するつもりだったらしい。


 先生が握ってたくじは、入念にシャッフルされた。



 柏原さんからくじを引いて、色がついた部分は握って隠しておく。

 千木良、綾駒さん、朝比奈さん、僕の順番に引いて、最後にうらら子先生の手に一枚残った。


「みんな、一斉に開くわよ。せーの、はい!」


 赤を引いた柏原さんと千木良がペアになった。

 青を引いた綾駒さんとうらら子先生がペアになる。

 そして、残った僕は、同じ黄色を引いた朝比奈さんとペアになった。



「千木良、僕と一緒で良かったか?」

 柏原さんが千木良に訊いた。

 千木良が、無言でこくりと頷く。


「美人教師と女子高生が、二人で夜の校舎へ……」

 綾駒さんが、ハアハア息を荒くしていた。


「西脇君、よろしくね」

 朝比奈さんが小首を傾げて言って、その黒髪がふわっと揺れる。

 その角度とか、笑顔とか、もう、完璧だった。

「よろしくお願いします」

 僕は、思わず敬語を使ってしまう。



「はい。じゃあ、一番の柏原さんと千木良さんから出発しなさい」

 うらら子先生が言って、不安そうな千木良が、柏原さんと手を繋いで校舎の方へ向かった。

 途中、草ぼうぼうのグラウンドで虫でも出てきたのか、千木良が「きゃ!」って、さっそく柏原さんに抱きついた。

 柏原さんは余裕で千木良を受け止める

 はたから見てると、二人、仲の良い姉妹って感じだ。



 校舎中央の玄関から二人が中に入る。


 あとは、窓から二人が持った懐中電灯の光が、ちらちら見えた。

「きゃーーーー!」

 って千木良の悲鳴も、微かに聞こえてくる。


 きっと今頃、千木良は柏原さんに抱っこされてると思う。

 もう、必死に抱きついてるはずだ。


 いつも千木良を抱っこしてる僕からすると、千木良の抱っこの仕方にはコツがあるんだけど、柏原さんそれが上手く出来てるのか、ちょっとだけ心配した。



 一階右手の端まで進んだ二人の懐中電灯の光が、二階に上がる。

 すると、そのままゆっくりと二階を横に移動して行くのが分かった。


 虫の声にかき消されて、もう、千木良の悲鳴は聞こえない。


 二階を左端まで移動して、そこから階段で一階に降りるんだろうって思って見てたら、二人が中々降りてこない。

 懐中電灯の光も見えなかった。


 千木良が、怖すぎて動けなくなっちゃったんだろうか?

 それで柏原さんがなだめてるとか。

 まさか、柏原さんがひるむとか、それはないと思うけど。



「仕方ないわね。次、私達が行って、ついでに二人を拾ってくるわ」

 うらら子先生が言って、綾駒さんとの組が出ていった。


「美人女教師と女子高生、夜の校舎で、個人授業して参ります」

 綾駒さん、いつまでもハアハアしてないでください。



 でも、結論から言うと、先生と綾駒さんも帰ってこなかった。

 柏原さんと千木良の組と同じで、二階の左端まで行ったところで、二人の懐中電灯の光が見えなくなる。



「電話してみようか?」

 朝比奈さんが言った。

「うん、そうだね」

 肝試しの雰囲気を壊すけど、緊急事態だから仕方ない。

 僕は、自分のスマートフォンを取り出した。


 だけど、柏原さんと千木良、うらら子先生と綾駒さん、四人とも繋がらない。

 みんな、電源を切ってるか、電波の届かない場所にいる。



「私達も、行ってみようか?」

 朝比奈さんが言った。

「うん」

 僕は頷く。


 入れ違いになると困るから、僕は「彼女」にここでみんなを待つように言った。

 誰か戻って来たら、僕のスマホに連絡するよう、命令しておく。


 「彼女」は、僕の命令に黙って頷いた。




「ねえ西脇君、手を繋いでも、いい?」

 校舎に向けて歩いてたら、朝比奈さんがそんなことを言い出す。

「うん、もちろん」

 朝比奈さんが左手を僕に近づけて来たから、僕は、恐る恐るその手を握った。


「もう! なんで恋人つなぎ?」

 朝比奈さんが笑う。


「あっ、ゴメン!」

 とっちらかって、思わず恋人つなぎしてしまった。

 朝比奈さんの指と僕の指が、からみまくっている。


 これはホントにとっちらかってたんであって、ホントに、本当に他意はない。


「西脇君って、割りと積極的なんだね。いいよ。このままで行こう」



 そのとき僕はもう、肝試しとか、お化けとは関係なくて、ただ、腕を伝って胸のドキドキが朝比奈さんに伝わらないか、そればかり考えていた。

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