第65話 おっぱいについて

 おっぱいって、一体、なんなんだろう?


 あの二つの胸のふくらみに、僕達男子は常に翻弄ほんろうされている。

 おっぱいの前で、僕達は無力で、抵抗する力をなんら持ち合わせていない。

 それを見るだけで、思考停止におちいる。

 もう、それのことしか考えられなくなってしまう。


 おっぱいって、一体、なんなんだろう?




「当然、迫力あるおっぱいにするべきだよ」

 綾駒さんが言った。


「アスリートっぽい、張りのあるおっぱいもいいぞ」

 柏原さんが言う。


「『彼女』のモデルは私なんだから、もちろん、私くらいの方がいいと思うの」

 朝比奈さんが言った。


「若いおっぱいじゃなくて、大人のおっぱいもいいわよ」

 うらら子先生が言う。


「ちっぱいに決まってるでしょ!」

 千木良が言った。


「あんた、ちっぱいは宝だって言ってたじゃない。僕は、胸として、ちっぱいしか認めない。僕は、ちっぱいにだけ興奮する、だから幼女が大好きなんだ! とか、豪語ごうごしてたじゃない」

 いや、豪語してない!

 ひどい捏造ねつぞうだ!


 確かに、ちっぱいは宝だとは言ったけど。




 僕達は、合宿の活動場所である小学校の教室で、熱い議論を繰り広げていた。

 僕達が作るアンドロイドの「彼女」のおっぱいを、どんな大きさにするのか、形はどうするのか、それで論議している。

 この合宿の目的の一つは、「彼女」のハードウエア部分の完成だから、重量バランスを正確にするために、「彼女」に、頭とおっぱいを取り付ける必要があった。

 そのために、ここでおっぱいの大きさを決めなければいけないのだ。


 僕達は、おっぱいの大きさはどうあるべきかという、人類が有史以来ずっと問いかけてきた疑問に、ここで決着をつけなければならない。



「それじゃあ、西脇くんは、どんなおっぱいが好きなの?」

 朝比奈さんが直球で僕に話を振ってきた。


 女子たち全員が、僕の顔を覗き込む。






「好きになった人のおっぱいが、好きなおっぱいです」

 僕は、熟考じゅっこうの上に熟考を重ねて言った。

 だって、おっぱいはすべてが素晴らしくて、大きなおっぱいも、ちっぱいも素敵だ。

 それに甲乙なんてつけられない。

 だから、好きなった人のおっぱいが、僕が好きな大きさになるんだと思う。



卑怯ひきょうな答え方ね」

「完全に逃げたね」

「優柔不断な西脇くんらしいわ」

「そういうの、八方美人っていうのよ」

「欲張りさんだな」

 女子たちに、口々に非難された。


 本当に、おっぱいってなんなんだろう?




 議論は午前中だけでは終わらず、お弁当を食べて午後にまで及んだ。


 午後も、三時くらいまで話し合ったあと、このままではらちが明かないと、女子達が、何やら教室の隅に集まって話し合いを始めた。



 僕をのけ者にして、みんなでしばらく話し合ったあとで、

「私達で話し合った結果、ここは部長の西脇君に決めてもらうことになりました」

 みんなを代表してうらら子先生が言う。


「それじゃあ、西脇君、目をつぶって」

 僕を椅子に座らせたまま、女子達が周りを囲んだ。

「はいっ?」

 僕はわけも分からず訊き返す。


「いいから、目を瞑りなさい!」

 千木良がすごんんだ。


 なんだから分からないけど、女子達の剣幕けんまくに僕は目を瞑った。

 すると、誰かが僕の顔にタオルみたいな布を巻く。


「いいか、これで目隠しするけど、目を開けたらダメだぞ」

 柏原さんの声が聞こえた。


「目を開けたり、目隠しを取ったりしたら許さないわよ。もしそんなことしたら、五代先の子孫まで呪ってやるわ」

 千木良の声だ。

 僕に、子孫が残せるかは分からないけど、五代先の子孫がかわいそうだから、言うことを聞いておこう。


「そのままで、ちょっと待ってなさい」

 今度はうらら子先生の声だった。

 すると、なんだから辺りから、衣擦きぬずれの音が聞こえる。

 目隠しされている分、聴覚が敏感になってそれが分かった。

 しばらく、衣擦れの音が聞こえたと思ったら、急に静かになる。



「それじゃあ、両手を前に出して」

 うらら子先生に命令された。

 僕は、言われた通りに手を前に出す。


「はい、じゃあ、これが一番ね」

 先生の声の直後、僕の手に、すごく柔らかいものが当たった。

 なんだこの、絶妙な柔らかさ。

 そして、手にずっしりとくる重さ。

 それは大きすぎて、僕の手からあふれてしまう。

 僕は今、何を触ってるんだろう?

 でも、とにかくこの感触は幸せだった。


 そうか、きっと女子達は、ジェルか何かを入れたビニール袋を用意して、それを僕に触らせてるんだ。

 それで、理想のおっぱいの大きさを探るらしい。

 僕はその実験台にされたんだ。


 そういうことなら、言ってくれればいいのに……


「はい、次は二番」

 一番と違って、ちょっと硬めだけど、これもやっぱり柔らかい塊が二つ、そこにあった。

 僕が、確認するために、強くんだり、優しく揉んだり、なで回していると、どこかから、吐息のような声が聞こえる。

 吐息の主は、柏原さんみたいな気がした。

 柏原さん、きっと僕をからかってるんだろう。


「それじゃあ、次、三番ね」

 なんだろうこの、さっきまでとは違う、ぺったんこな感じ。

 ぺったんこだけれど、まだつぼみの段階っていうか、これからの可能性に満ちているって感じの、張りがある感触。

 僕は、それを揉んだあと、つんつんもしてみる。


「次は四番ね」

 その四番は、一番より少しだけ小さめで、柔らかさの中に、二番のような張りも兼ね備えている贅沢ぜいたくな塊だった。

 僕の手の平に丁度良い感じで、手がぴったりと貼り付く。

 見えないけど、感触からして、形もすごく綺麗だと思った。


「最後に、五番ね」

 五番は、今までのどれとも違って個性的だ。

 しっとりしてるっていうか、僕の手をしっかりと受け止めてくれるような感覚。

 上手く言い表せないけど、手を甘やかしてくれるような気がする。


「以上でおしまい」

 綾駒さんの声がして、またしばらく、衣擦れの音がした。


「目隠し取っていいぞ」

 しばらくして柏原さんの声がする。

 僕は言われるままに目隠しを取った。

 ずっと暗闇の中にいたから、目がチカチカする。

 目を開けてみると、女子達の顔が、少し火照ほてったみたいになっていた。



「さてと。今触った、一番から五番の中で、どの感触が良かった?」

 うらら子先生が聞く。

「全部、良かったです」

 僕は答えた。


 それが正直な感想だ。

 それぞれ個性的で、全部良かった。


「全部良かったじゃないわよ! もう! どれか一つに決めなさい!」

 千木良が、イライラしながら僕をにらむ。

 千木良、何を怒ってるんだ?



「強いて言うなら、四番かな。こう、柔らかくて、僕の手にぴったりと吸い付く感じだった。とにかく、いままで触ったことがない感触だったし、いつまでも揉んでいたいって思った」

 僕が言ったら、チッ、って、千木良が舌打ちをした。

 そして、なぜか朝比奈さんが顔を真っ赤にする。

 みるみる赤くなって、耳まで真っ赤になった。



「うん、それじゃあ、うらみっこなしってことだったし、『彼女』のおっぱいの大きさは、朝比奈さんのおっぱいを参考にします。重さと形を、それに合わせて、体のバランスを取りましょう」

 うらら子先生が言う。


「なんで、そうなるんですか?」

 僕は訊いた。

「なんでもいいの、とにかく、決まったの!」

 朝比奈さん以外の女子達が、切れ気味で言う。


 なんだか分からないけど、そう決まったらしい。


「それじゃあ、今から重さを量るから、西脇君は出てなさい!」

 僕は、女子達に教室の外に追い出された。


 本当に、変な女子達だ。


 でも、とにかく、これでまた一歩、「彼女」の完成に前進したのは間違いなかった。


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