第63話 酔っ払い達

 この、大人の女性達をなんとかしてほしい。


「もう! うらら子先生最高!」

 うらら子先生と肩を組んだみさきさんが、そう言って焼酎の瓶を傾けた。


「美咲さんこそ、こんなに気が合う人は初めてだよ!」

 先生がコップで焼酎を受けて、返杯へんぱいする。


 二人は、さっきまで焼酎をウーロン茶とかで割ってたんだけど、もう、今はストレートで飲んでいた。

 二人とも赤ら顔で、浴衣ゆかたがはだけて半裸だ。

 ここには一応、男子もいるんだから、気を付けてください(もっとやれ!)。




 お風呂に入ったあとの夕食からそのままなだれ込んだ宴会で、大広間は賑やかだった。

 テーブルの上には食べきれないほどの魚料理が並んでいて、新鮮なお刺身の舟盛りも、五艘用意されている。

 大広間から続く縁側では、七輪でサザエのつぼ焼きをしていて、磯の香りと、醤油が焦げる良い香りが漂っていた。

 サザエだけではなくて、エビとかアワビも焼いている。


 女将の千鶴さんと、次女の飛鳥さんが、僕達のために大広間を飛び回って世話を焼いてくれた。

 我が部の女子部員も、新体操部のみんなも、楽しそうに、食べたり飲んだりしている。


 問題は、うらら子先生と、美咲さん、そして、望月先生の三人だ。


 特に、一番常識人だと思っていた望月先生が、一番ひどい。


「ねっ、西脇君。お姉さんのこの苦労を、君は分かってくれるよね」

 僕は、イカのげそを口の端に挟んだ望月先生にからまれている。


 酔っ払って、さっきまでカラオケのマイクを放さずに歌い続けてたと思ったら、急に泣き上戸じょうごになって、僕にべったりとくっついて、学校での愚痴ぐち滔々とうとうと語った。


「お姉さん、さびしいんだよ。独りの部屋に帰るのは、本当に寂しいの。人肌が恋しいんだよぉ」

 そう言って、僕にほっぺたすりすりしてくる望月先生。


「おい! 望月! てめへ、あたちの西脇に、れをらしてんじゃねえろ!」

 ろれつが回らないうらら子先生が言って立ち上がろうとするのだけれど、そのまま腰砕けになって、美咲さんにもたれかかる。


 たぶん、「私の西脇に手を出してんじゃねえぞ!」って、言いたかったんだと思う。


 先生、僕は、うらら子先生のモノじゃありません。


「西脇君! どう? 私が獲ってきた魚、美味しいでしょ?」

 そんなうらら子先生を抱き留めた美咲さんが訊く。

「はい、とっても美味しいです」

 僕は平板な声で答えた。


 美咲さん、それ訊くの、これでもう、五回目です。


「西脇君、お姉さんを慰めてよ。優しく、慰めて」

 望月先生がそう言ったかと思ったら、それを最後にテーブルに突っ伏して眠ってしまった。


 この大人達、明日からは少しお酒を控えさせたほうがいいかもしれない。



 けれど、手が掛かるのは大人の女子だけではなかった。

 見ると、千木良が焼き魚を前に固まっている。


「だって、骨が多くて食べられないんだもの」

 箸を魚につけたまま、千木良が言う。


 しかたないから、僕が骨を取って、身をほぐして千木良の取り皿に置いた。

 すると、千木良はお礼も言わずに、それを口にする。

「美味しい」

 って、嬉しそうな顔をする千木良。


 こんなことするのは、妹の野々にして以来だ。

 千木良がニコニコしてるから、まあ、いいけど。



「西脇! おい、なんか芸をしろ!」

 僕が千木良の世話をしてるのを見て、うらら子先生が絡んでくる。


「なんか、面白いこと言え!」

 美咲さんも言った。

 面白いこと言えって言われて面白いこと言うとか、ハードルが高すぎる……


「よし、脱げ! ここで、私達女子を楽しませなさい!」

 うらら子先生が無茶を言った。

 確認しておくけど、うらら子先生は教師だ。


「よっ! いいぞ! 脱げ脱げ!」

 美咲さんが手を叩く。

「男の裸?」

 すると、寝ていた望月先生も、むっくりと起き上がった。


「さっき、風呂場で見たけど、西脇君の…………って、すごく……」

「わっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 僕は、大声で美咲さんの言葉をさえぎった。

 僕の身体的特徴を、同年代の女子達の前で披露しないでください!


「さっき、風呂場で見たって、なに?」

 柏原さんが、そこを突っ込んできた。

 め、めんどくせー。


「ぬーげ! ぬーげ!」

 大人の女子三人が大合唱している。

 もう、めちゃくちゃだ。



「あなた達、いい加減にしなさい!」

 止めに入ってくれたのは、女将の千鶴さんだった。

 落ち着いた、重くて迫力がある声で、三人を制する。


「あなた達、飲みすぎよ。西脇君、困ってるでしょ!」

 それを訊いた美咲さんが、今まで酔ってたのが嘘みたいに背筋を伸ばして、しゅっとした。

 その様子を見て、うらら子先生の動きも止まる。

 望月先生も、合唱を止めた。


 さすが女将。


 女子達の中で、本当のラスボスは、千鶴さんなのかもしれない。



 夕食からの宴会はそこでお開きになって、みんなで大広間の片付けを手伝った。


 ベロベロの三人は邪魔だから、先生達の部屋に放り込んでおく。

 畳の上に敷いた布団に、三人を雑魚寝ざこねさせた。

 望月先生がうらら子先生の顔を踏んづけてて、うらら子先生のお尻に美咲さんが潰されてるけど、まあ、いいか。





「はい、午前零時なったので、消灯します。みんな、それぞれの部屋に戻ってください」

 宴会のあと、二階の我が部の女子達の部屋でお菓子を食べてだべってたら、一階から、千鶴さんの声が聞こえた。

 役に立たない先生達の代わりに、千鶴さんが僕達をまとめてくれている。



「よし、新体操部から西脇を守るために、西脇の部屋の前には、番兵を立たせておこう」

 柏原さんが言った。


 なんのことかと思ったら、女子達が僕の部屋(飛鳥さんの部屋)の前まで来て、「彼女」を立たせる。

 まだ頭がない「彼女」が、僕の部屋の前で仁王立ちした。


「暗視装置と対人センサーがつけてあって、侵入者を検知した場合、100万ボルトの電流が流れるスタンガンで阻止行動に出るから、部屋に入ろうなんて考えないほうがいいわ。私達が寝ているあいだ、片時も休まずに見張ってるから」

 千木良が説明する。


 っていうか、僕の部屋に入ろうなんて物好きな人は、誰もいないと思うけど……

 ああそうか、なるほど、これは、僕を守ると言いつつ、僕が、女子達の部屋を襲わないようにっていう、見張りなんだろう。


 僕は、「彼女」によって部屋に閉じ込められるわけだ。



「それじゃあ、おやすみなさい」

 「彼女」を立たせて、女子達は民宿に帰って行った。




 まさかこのあと、深夜、うらら子先生と美咲さん、望月先生の三人が、僕の部屋の前の「彼女」にびっくりして、階段を滑り落ちるとは思わなかったけど。

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