第57話 闘志

「それじゃあ、烏丸からすまるさん。西脇君に部員を紹介して、合宿のこと、説明してあげて。私は、佐々先生と打ち合わせするから」

 いばら学院女子校、新体操部の顧問、望月先生はそう言って、うらら子先生と体育館を出て行った。


 僕は、二十人の新体操部女子の中に、一人、取り残される。



「アンドロイド研究部って、自分達でアンドロイド作っちゃうって本当ですか?」

「機械とか強いんですか?」

「プログラム書けるんですか?」

「好きな食べ物はなんですか?」

「彼女はいますか?」

「好きな女の子のタイプは?」


 先生達が出て行った途端とたん、レオタードの女子達に囲まれて、一斉に質問を浴びせかけられた。

 普段から、うちの部の女子の前でもタジタジの僕だから、何も答えられなくて固まってしまう。

 みんなからは、汗と柔軟剤じゅうなんざいが混じった良い香りがした。

 その香りで、酔いそうになる。



「ほらみんな、西脇君、困ってるじゃない」

 僕のことを助けてくれたのは、部長の烏丸さんだった。


「みんな、男の子が来てるから、ちょっと興奮してるの。ごめんね」

 烏丸さんが、胸の前で手を合わせて謝った。

 それを聞いた部員のみんなも「ごめんね」って口々に言う。


「西脇くんカワイイから、みんな興味津々きょうみしんしんみたい。許してあげてね」

 烏丸さんの言葉に、女子達がキャッキャ騒いだ。

 カワイイとか言われて、僕は自分が耳まで真っ赤になったのが分かった。


「それじゃあ、自己紹介するね。私は、烏丸みゆき。二年で、この部の部長をしています。小さい時バレエをやっていて、踊るのが大好きだったから、この部に入りました。得意なのはリボンで、この部の中では誰にも負けないと思ってる。特技はピアノ。好きな食べ物はアイスクリームだけど、こうやってレオタードになることもあるから、我慢してるの。そんなところかな」

 烏丸が言って、部員が拍手した。


 髪を後ろでお団子にして、ぴっちりと詰めている烏丸さん。

 白い肌の上に、綺麗にを描いた眉毛と、黒目がちな瞳が印象的だった。

 紺のレオタードの烏丸さんは、他の部員と一緒で、すごく姿勢が綺麗だ。

 僕よりも少し背が低いけど、堂々とした部長らしい風格のためか、大きく見える。

 まあ、僕だって一応、部長なんだけど。


「それじゃあ、次、三嶋さん」

 烏丸さんの紹介で、部員が次々に自己紹介した。


 僕はそのあいだ、ただへらへら笑って、顔を真っ赤にしてただけだ。



「私達が合宿する民宿は、毎年、この部活が夏にお邪魔じゃましてて、家族だけでやってるすごくアットホームなところだよ。近くに廃校になった小学校があって、私達はそこの体育館を借りて練習するの。すぐ目の前に海水浴場もあるし、泳いでいけるところに無人島があったり、すごく、楽しいところ」

 烏丸さんが、合宿先のことも説明してくれた。


「西脇君、あらためてよろしくね。合宿、一緒にがんばろ」

 烏丸さんに続いて、僕を囲んだ女子達が「がんばろ!」って声を揃えて言う。


「が、がんばりましょう」

 僕はなんとか声を絞り出した。

 それに対して、女子達がまた、カワイイとか言う。


 そのあと、うらら子先生が戻って来るまで、僕は女子達に囲まれて、お茶を飲んだり、レモンの蜂蜜はちみつ漬けをご馳走ちそうになった。


 女子に囲まれてるっていう幸せな状況なのに、僕は、うらら子先生早く戻ってきて、とか、ずっと考えていた。





「それで西脇は、終始、そのデレデレとした締まりのない顔で、棘学院の女子達と、談笑だんしょうしていたんだな」

 部室に帰ると、僕は、腕組みした柏原さんに怖い顔で見下ろされた。

 僕の前に仁王立ちしている柏原さんと、部員の女子達。


 部室の居間で、僕はなぜか正座させられている。


「別に、デレデレと談笑してたわけじゃないけど……新体操部のみんなが、勝手に僕のこと、その、カワイイとか言って、なごやかに話してくれただけだから」

 僕は、怖々みんなに説明した。


「この男がカワイイとか、向こうは何を考えているのかしら」

 僕を見下ろす千木良が言う。

 今の千木良は、僕の膝の上に座っていない。


「両親が人質に取られて、カワイイって言わないと殺されるから仕方なく言ったって可能性もあるわ」

 綾駒さんが言った。


 なんなんだ、その状況……


「みんな、ひどいこと言わないの。西脇君ってカワイイでしょ? どー○くんみたいで」

 朝比奈さんが言う。


 朝比奈さんが、一番酷いこと言ってる気がするんですが……



「で、談笑したあとはどうしたの?」

 柏原さんがさらに僕を問い詰めた。


「お茶を飲んだり、レモンの蜂蜜漬けを食べさせてもらったり……新体操の演技を見せてもらったりして……」

 僕は、取り調べを受けている気分だ。


「レモンの蜂蜜漬けとか、ド直球な青春っぽいアイテムでうぶな西脇君を丸め込もうなんて、向こうも姑息こそくな手段を使うよね」

 綾駒さんが渋い顔をした。


「そうだよ。あんなの簡単にできるもん!」

 朝比奈さんがほっぺたをふくらませる。

 「もん」とか言う朝比奈さんがカワエエ……



「よし、こうなったら、今からカチコミ入れてこよう!」

 柏原さんが、玄関の土間にあった鉄パイプを握り締めた。

 綾駒さんが金槌かなづちを持って、朝比奈さんが台所からアイスピックを持ってくる(朝比奈さんが、一番怖い気がするんですが……)。

 千木良は、ノートパソコンの電源を入れて、棘学院女子のホームページを開く。

 もしかして、ハッキングでもするつもりだろうか?


「ちょっと、みんな落ち着こう!」

 僕は、全力で女子達を止める。


 なんとか、カチコミだけは我慢してもらった。



「とにかく、みんな、この合宿は気合入れていくぞ! どこの馬の骨か分からない女に、西脇を取られてたまるか!」

 柏原さんが言って、女子達が「おおっ!」って腕を突き上げる。

 どこの馬の骨って、棘学院女子の生徒なんだから、身元はどこよりもしっかりしてると思うけど……


「私、この前、ワンピースの水着買ったけど、状況によっては、ビキニの着用も辞さないよ」

 綾駒さんが言う。


「僕は、トップレスになる覚悟もある!」

 柏原さん、なんてこと言うんだ!


「私は、こいつのこと『お兄ちゃん』って呼んで、『ふええっ』とか言って、幼女好きなこいつの気を引く覚悟もあるわ!」

 千木良が言った(千木良、それは違う気がする)。



「いや、みんな冷静に。僕を取り合って、争わないでほしい」

 僕がギャグで言ったのに、誰も突っ込まずに完全にスルーされた。


「これは、西脇がどうのこうのの問題じゃない。私達のプライドの問題だ!」

 柏原さんが力強く言う。


 この部活、いつからスポ根モノになったんだ……


 合宿は楽しみだけど、何が起こるのか、この先が思いやられる。

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