第56話 レオタード
「私達は、海辺の民宿で一週間、合宿をします!」
ちゃぶ台を囲む僕達「卒業までに彼女作る部」の部員を見渡して、うらら子先生が言った。
「私が、その持てるコネクションをフルに使って、夏の、どこも予約で一杯のこの時期に、海辺の民宿に一週間、部屋を確保ました」
先生が腕を組んで、勝ち誇ったような顔をする。
「おおおっ!」
部員から、どよめきが上がった。
みんな、尊敬の眼差しでうらら子先生を見ている。
「私なら、両親が持ってる世界各地の別荘とか、最高級ホテルを、一週間どころか、一ヶ月でも二ヶ月でも、確保できたけど」
千木良だけが水を差すように言った。
千木良、それは言っちゃダメだ。
とりあえず、罰として、いつものように千木良の脇腹をくすぐって、今回は特別に、耳に息を吹きかけておいた(千木良が「やんっ!」とか、悩ましい声を出した)。
「海辺ってことは、もちろん泳げるんですよね」
手を挙げて、柏原さんが訊く。
「ええ、すぐ目の前が海水浴場で、綺麗な砂浜があるわ」
先生が答えた。
「合宿なんだから、当然、泊まりなんですよね」
朝比奈さんが訊く。
「当たり前じゃない。でも、安心して、女子と男子は当然、部屋を別にします。そのつもりで、部屋を取ってあるから」
先生が言うのに、僕は、思わず「チッ」って舌打ちしそうになって、
「海辺だから、美味しい海の幸とか、食べられるんですか?」
綾駒さんが訊く。
「そうね。民宿をやってる方が漁船を持ってるらしいから、当然、美味しいお魚が食べられると思うわよ」
お刺身の
「合宿なんて、疲れるだけじゃない」
千木良が冷めたことを言った。
「その民宿には、源泉掛け流しの温泉もあるみたいだから、疲れだって
水着回の上に温泉回とか、先生、GJすぎる!
「でも、あなた達、これは合宿なんですからね。バカンスじゃないのよ。それを忘れないように」
先生が念を押す。
「はーい」
僕達は、素直な返事をした。
一週間あれば、「彼女」を作る資金集めのために「ミナモトアイ」の動画何本も撮ったり、「彼女」の体の調整をしたり、色々できそうだ。
そしてもちろん、海で部員のみんなと遊んだり、夜、花火をしたり、夏の思い出作りだってできるかもしれない。
去年までの、寝てゲームするだけの夏休み、さようなら。
毎日が充実していて、真っ黒に日焼けする夏休み、こんにちは。
「だからみんな、その前に夏休みの宿題済ませちゃいなさい。その方が、心置きなく遊べるでしょ?」
先生がウインクした。
先生、「遊べる」って言っちゃってるし。
「それと、部長の西脇君は私についてきなさい。これから、その合宿の手続きとかあるから」
先生が僕を呼んだ。
「あっ、はい」
合宿は課外活動になるから、学校への届け出とか、色々準備が必要なんだろう。
でも、部員の女子達と一緒に合宿にいけるなら、そんなの全然苦じゃなかった。
僕は、スキップしそうな軽やかな足取りで、先生について行く。
林の獣道を抜けて、そのまま校舎に入るのかと思ったら、うらら子先生は裏門の駐車場の方に向かった。
駐車場に停まっているランクルのドアを開けて、その運転席に乗り込む。
「早く乗りなさい」
先生に言われて、僕はわけも分からず助手席に乗った。
「先生、どこ行くんですか?」
僕は、車を発進させたうらら子先生に訊く。
「うん。ほら、そこの
先生は、うちの高校から二キロくらい離れたところにある女子校の名前を出した。
「なんで、そんなところに行くんですか?」
「ちょっとね。知り合いに
先生がハンドルを握りながら言う。
棘学院女子は、確か、大正時代からの伝統ある女子校だ。
その古い洋館の校舎が有名で、映画とかドラマとか、いろんな撮影で何度も使われている。
制服が古風なグレーのセーラー服で、そのお嬢様って感じの女子達は、周囲の高校から一目置かれていた。
五分ほど走って、うらら子先生が棘学院女子の駐車場にランクルを入れる。
先生が駐車場の
事務室で、入館証のバッチをもらう。
こんなところ、滅多にこられる場所じゃないから緊張した。
廊下ですれ違うセーラー服の女子達が、うらら子先生の後ろにくっついている僕をチラチラ見るのが分かる。
すれ違ったあとで、コソコソ噂話をしてるみたいだ。
僕は、胸につけた入館証を強調して、不審者じゃありませんよって、アピールする。
うらら子先生は、長い渡り廊下を歩いて、体育館らしき建物の方へ向かった。
体育館は、校舎とは違う鉄筋の近代的な建物だ。
体育館の中では、レオタードを着た二十人くらいの女子生徒が、柔軟体操をしていた。
みんな、足が180度開くし、胸がぴったりと床についてしまうくらい、体が柔らかい。
「ああ、先輩!」
体育館の中で、レオタードの女子達を指導をしていた黒いジャージ姿の女性が、体育館の入り口にうらら子先生を見付けて、こっちに走ってきた。
「先輩、お久しぶりです」
ジャージ姿の女性は、うらら子先生に頭を下げる。
ベリーショートの髪で、アスリート体型のカッコいい女性だ。
「望月さん、久しぶり。お世話になるわね」
先生が、その人に微笑みかけた。
「先生、これは……」
「うん、この、棘学院女子の新体操部が合宿するんだけど、貸し切った民宿の部屋が二部屋空いてるっていうから、うちも
さっき、うらら子先生が言ったコネクションって、このことだったのか……
「はい、みんな集合!」
望月先生が、レオタードの女子達を呼ぶ。
二十人くらいの女子が、僕とうらら子先生の前に整列した。
みんなの、背筋が伸びた姿勢が美しい。
「彼は、
望月先生が言うと、女子達が
「よろしくお願いします!」
って、声を揃えて頭を下げた。
汗ばんだレオタードの女子達から、すごく、良い香りがする。
「よよ、よろしくお願いします」
僕は、裏返ったへろへろの声しか出すことができなかった。
顔を真赤にしてたし、第一印象としては、最悪だと思う。
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