第58話 和やかな対面

「おすっ!」

 背中を叩かれて振り向くと、後ろに柏原さんがいた。

 褐色かっしょくの肌と、真っ白い歯で、いつものカッコいい柏原さんだ。


 あれ?


 でも、なんか一瞬、戸惑とまどった。

 柏原さんだけど、柏原さんじゃないみたいな…………


 で、よく見ると、柏原さん、スカートを穿いている。

 白いノースリーブのシャツに、カーキ色のスカートっていうコーディネートだ。


「なんだ? おかしいか?」

 柏原さんがくるっと一回転して、スカートがひるがえった。

「ううん、おかしくない!」

 僕は、ぶんぶん首を振る。


「僕だって、私服でスカートくらい穿くんだぞ」

 柏原さんが照れながら言った。


「うん、すごく似合っててカワイイ」

 まずい、見たままを言ってしまった。

 もっと上手なめ方とか、あるはずなのに。


「ば、馬鹿か! か、かわいい、とか……言うな……」

 柏原さんが後ろを向いてしまう。

「まったく、これだから西脇は……」

 でも、柏原さんのスカートの後ろにはリボンも付いていて、本当にカワイイ。


 入道雲が浮かんだ真っ青な空の下で、キャンパスの中を歩く女子大生のお姉さんって感じなのだ。


「でも西脇、安心しろ。僕は私服のスカートでも、ちゃんと中にスパナは入れてあるから」

 柏原さんが、スカートのポケットから大きなスパナを出して見せた。

 スパナを振り回して、得意顔の柏原さん。


 お、おう。


「さあ、行こう。きっと、みんなもう待ってるぞ」

 柏原さんが僕の手を引っ張って、僕達は林の獣道を抜けた。



 今日から合宿が始まる。


 僕は出掛けに、「お兄ちゃん行かないで」とか駄々をこねる妹の野々をなだめるのに時間がかかって、集合時間ギリギリになってしまった。

 荷物を抱えた僕は、柏原さんに手を引かれて、部室に急いだ。




 林の中の部室には、僕と柏原さん以外のメンバーが、すでに揃っている。


「おはよう!」

 みんな、ちょっとテンション高めの声を出した。


 白を基調にした青い花柄ワンピースの綾駒さん。

 ネイビーのストライプのシャツに、白いパンツの朝比奈さん。

 千木良は、水色のエプロンドレスを着ている。

 ロシアとか東欧の少女が、避暑地に遊びに行くって感じだ。

 うらら子先生は、洗いざらしの白シャツにデニムっていう、さっぱりとした服装だった。

 シャツの胸元には、サングラスをさしている。



「それじゃあ、車に荷物積み込もうか」

 民宿までの交通手段は、僕達がうらら子先生のランクルで、いばら学院女子の新体操部は、手配したバスってことになっている。

 先生のランクルには、僕達それぞれの荷物の他に、「ミナモトアイ」の動画撮影用の機材や衣装、それに当然、僕達が作っている「彼女」と、それの調整用の工具や、充電器、パソコンなんかも積み込む予定だ。

 この合宿では、「ミナモトアイ」の動画撮影のほかに、骨格と筋肉まで完成している「彼女」の動きを調整して、完璧にすることが目的だから、大荷物になる。


 みんなの荷物を車に積み込んで、入りきらなかった機材は、ルーフキャリアの上に載せた。

 法律で、電源が入っていないアンドロイドは荷物ってみなされるから、布で厳重に包んだ「彼女」は、後ろのトランクスペースに体育座りさせておく。



「あれ? 千木良ちゃん案外荷物少ないんだね」

 朝比奈さんが言った。

 確かに、千木良は小さな革のスーツケース一つしか持っていない。

 お嬢様の千木良は、泊まりとなると、あれやこれや荷物が多いと思ってたのに。


「ええ、いつもの車に荷物が積んであって、それで合宿先まで運んでもらうから問題ないわ」

 千木良が言った。

 駐車場を見ると、隅に、千木良を送り迎えしているセンチュリーが停まっている。

 いつもの運転手さんが、僕達が見ているのに気付いてこっちに会釈えしゃくした。

 センチュリーの後席には、たくさんのスーツケースが積んである。

 帽子が入った丸い入れ物とか、たぶん靴が入っているであろう箱も何個かあった。

 なるほど、そういうことか。


「どうせ、いつもの車がついてくるなら、そっちに乗ればいいのに」

 僕は千木良に言った。

 あっちのほうが、乗り心地も断然いいだろうし。


「千木良ちゃんは、西脇くんのそばがいいんだよね」

 朝比奈さんが、そんなことを言った。


「ばばば、バカ言うんじゃないわよ! 誰がこんな……」

 千木良が慌てる。

「車だから、いつもみたいに膝の上に乗ることができなくて残念だね」

 綾駒さんも悪戯っぽく言った。

 千木良は、「ふん!」って、口を尖らせる。


「さあ、それじゃあ、出発しましょうか」

 そう言ってサングラスをかけるうらら子先生がカッコいい。





 棘学院女子の駐車場には、もうバスが来ていて、新体操部のみんなも集まっていた。


「ごきげんよう」

 烏丸からすまるさんが挨拶あいさつして、部員のみんなも「ごきげんよう」って続く。

 ごきげんようとか、こんな優雅ゆうがな挨拶があったのか……


 烏丸さん達は、伝統のセーラ服で揃えていた。

 上品なグレーのセーラーカラーとスカートに、真っ白な夏服がまぶしい。


「えっと、こちらが、アンドロイド研究部の部員のみなさん?」

 烏丸さんが訊いた。


「はい、私達が、のみなさんです」

 柏原さん以下、綾駒さん、朝比奈さん、千木良が、僕の前に出て、烏丸さん達と対面する。


「どうも、ごきげんよう」

 柏原さんが言って、他の女子達も続く。


 新体操部と、うちの部員、その間に、バチバチと火花が散ってるけど、なんだろう?


 そんな中、烏丸さんが千木良に目を止めた。

「えっと、この小学生くらいの女の子はなんですか?」

 烏丸さんが訊く。


「ロリコンの西脇が、いつもひざに抱いている幼女だ」

 柏原さんが答えた。


「どうも、いつも西脇部長に抱かれている幼女です」

 千木良が頭を下げる。


 おい!


 二人とも、偽情報を吹き込まないでほしい。

 棘学院女子のみんな、ドン引きしてるし。


「いえ、違うんです。もう! 二人とも、ひどい冗談だなあ」

 僕は、千木良が飛び級していて、これでも正式な高校生だってことを説明した。

 そして、僕達のアンドロイドのAIを担当している、天才少女だと。


「ふうん、そうなんだ」

 烏丸さんはちょっとびっくりしていた。

 長々と説明して、どうにか納得してもらう。



「さあ、それじゃあ、出発するわよ。みんなバスに乗りなさい」

 新体操部顧問の望月先生が、手を叩いて部員を追い立てた。


「あれ? そっちの車、たくさん乗ってて狭いみたいだけど、こっちのバスには余裕があるから、西脇君、こっちに乗らない?」

 烏丸さんが言ってくれる。

「バスの中で、部長同士、民宿に着いてからのこととか、話したいし」

 烏丸さんに続いて、乗ろう乗ろうって、新体操部のみんなも誘ってくれた。


「そうですか? それなら、お言葉に甘え……」

 僕がそう言いかけて、横目で「卒業までに彼女作る部」の部員達を見たら、女子達が、僕のこと、親のかたきみたいににらんでいる。


 柏原さんが、指をポキポキ鳴らしてるし、綾駒さんは、拳を握りしめていた。

 千木良なんて、飛びかかる前の猫みたいに、シャーシャー言ってるし。


 朝比奈さんが、スカートのポケットに手を突っ込んでるけど、まさか、アイスピックとか持ってないよね。



「いえ、僕は、部員のみんなと行くので」

 僕は、烏丸さんの誘いを断った。

 僕にだって、ここでバスに乗っちゃいけないってことくらい、分かった。


「あら、そう。残念」

 それじゃあ向こうでね、って烏丸さん達がバスに乗り込む。



 合宿は、こんな感じで、すごく和やかにスタートした。

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