第54話 うたたね

「西脇は、僕の隣に寝るべきだと思うんだ」

 柏原さんが言った。


「だって、考えてみてくれ。西脇は、こんな、なよなよした感じだけど、一応、男の子だ。寝ている間に、なんかこう、ムラムラとしてしまう可能性もある。特に、学校のアイドル朝比奈、胸が大きくてスタイルがいい綾駒、そして、幼女の千木良は危険だ。そんなとき、西脇より力がある僕なら、西脇を組み伏せれられるし、羽交はがいめして、押さえつけることもできる。それでも抵抗する場合は、僕がスカートの中に常備しているスパナで、西脇を殴ったっていい。とにかく、僕なら襲いかかる西脇を制圧できると思うんだ。だから西脇の隣に寝るのは、僕がふさわしいと思う」

 柏原さんが真顔で続ける。


 僕がムラムラして襲いかかるとか、あり得ないことを前提に話を進めないでほしい。

 押さえつけるとか、スパナで殴るとか、柏原さん、恐ろしいこと言ってるし。



「いいえ、こいつの横に寝るのは、私がいいと思うわ」

 千木良が言った。


「だって、もし、私が昼寝している最中にのどが乾いて、飲み物を取ってこさせたり、寝冷えしそうだからタオルケットをもう一枚持ってくるように命令したりするとき、こいつが隣にいたほうが便利じゃない。遠くにいたら、大声を出して呼ぶことになるし、そうすると、寝ているあなた達を起こしてしまう可能性があるでしょ? だから、こいつは私の隣に寝るべきなの」

 千木良が、自分で言って自分で頷く。


 僕が千木良のパシリになるって前提で話を進めないでほしい。


「ふうん、千木良ちゃん、私たちのことを考えてくれてるんだ。やさしいんだね」

 綾駒さんが言った。

「ええ。だって、みんなは私よりもお年を召しているから、私のような若者は、いたわってさしあげないと」

 千木良がそう言って笑う。

 それを聞いた他の部員とうらら子先生も笑い返した。


 笑顔に満ちた部活で、部員たちが仲良くて、部長として嬉しい限りだ。




 エアコンが効いた涼しい部室の居間に、昼寝のために布団を敷いたら、こんなふうにどこに誰が寝るかで、議論になった。

 特に、僕の隣に誰が寝るかでめている。

 僕だけ一人男子だし、女子達がそれを気にするのも解った。

 だけど、さっきから僕はひどい言われようだ。



「いえ。ここは、私が西脇君の隣に寝ようと思う」

 今度は綾駒さんが言った。


「だって、今まで、柏原さんは『彼女』の骨格と筋肉を組み立ててくれたし、千木良ちゃんはAIのプログラムをしてくれて、朝比奈さんは資金稼ぎに『ミナモトアイ』の役をやってくれたり、おやつを作ってくれたり、みんな、すごくこの部活に貢献こうけんしてるでしょ? それなのに、私はまだほとんどなにもしてないの。だから、こういう時は、西脇君の隣に寝るっているリスキーな役割を引き受けて、少しはこの部に貢献しようと思うの」

 綾駒さんが力強く訴えかける。

 僕の隣に寝るってことは、そんなに危険で重労働なんだろうか?



「なあ、朝比奈はどうなんだ?」

 柏原さんが訊いた。


「うん、私も西脇君の隣でもいいよ。久しぶりに男の子と寝るのもいいかなって」

 朝比奈さんが答えた。


 はっ?


 に男の子と寝るのもいいかなって?


 久しぶりに……


「なんだ、久しぶりに男の子と寝るのもいいって、前に一緒に寝たような言い方だな」

 柏原さんが僕の代わりに突っ込んでくれる。


「えっ? あっ、ううん、違うの。男の子って、弟のことだよ。弟は、前はお姉ちゃんお姉ちゃんって、私にくっついてて、いつも一緒に寝てたのに、最近は生意気になって、私のことさけたりするから」

 朝比奈さんが慌てて答えた。


 朝比奈さんに対して生意気になったり、さけたりする弟のこと、小一時間説教したい。


「私、寝付かない弟に、子守歌を歌ってあげたり、添い寝して眠らせるの、上手かったんだよ」

 朝比奈さんが言った。


 僕、生まれ変わったら朝比奈さんの弟になるんだ……




「あなた達、いいかげんにしなさい!」

 僕達の会話を聞いていたうらら子先生が言った。


「女子達と、男子の西脇君を一緒に寝かせるわけないでしょ? 当然、西脇君は端っこで寝るの。その隣には先生が寝て、西脇君が変なことしないようにたてになるから」

 うらら子先生が言う。


 先生まで酷い。

 僕は、変なことしません!

 たぶん。


「その盾が、一番怪しいんですけど」

 千木良が言って、当然のように、脇腹くすぐりの刑に処せられた。




「はい、じゃあ、寝るわよ」

 うらら子先生がパンパン手を叩いて追い立てる。


 結局、僕が居間の一番奥、風呂場の前辺りに寝て、その横にうらら子先生、その隣が朝比奈さんで、次が綾駒さん。その隣に千木良が寝て、玄関に近い一番端が柏原さんっていう並びになった。



 女子達と雑魚寝するっていうこの状況、緊張して、絶対眠れないと思ったら、このところの猛暑で疲れていたせいか、横になるとすぐに目蓋まぶたが重くなって、うとうとしてきた。

 それは、女子達も同じようで、もう、柏原さんの寝息が聞こえる。



 涼しい部屋で、全身から力が抜けてリラックス出来た。

 部室を囲む林から、夏っぽくせみが鳴く声が聞こえる。

 外に吊してある風鈴も、涼しげにカラカラ鳴っていた。

 居間には女子達の良い香りも満ちてるし、ここは天国だ。


 そのうち意識が遠くなって、僕は眠りに落ちる。




 それから、どれくらい経っただろうか。


 ぼんやりとした意識の中で、うらら子先生が、僕の足元に立っているのが見えた。


 先生は僕に背を向けていて、シャツのボタンを外している。

 シャツを脱いだ先生は、すとんとスカートも脱いで、それを足で部屋の隅に寄せた。

 次に、ブラジャーのホックに手をかける先生。

 ブラジャーを外した先生は、それを畳んで、シャツの上に置いた。


 なんだ、夢か……


 いい匂いの中で、女子達と雑魚寝して、先生が隣に寝てるから、こんなセクシーな夢を見てしまったのかもしれない。


 夢の中でうらら子先生は、パンストも脱いでパンツ一枚になると、風呂場のドアを開けて、中に入っていった。


 こんな夢を見るような奴だから、女子達に警戒されて、酷いこと言われるのも仕方ないかもしれない。

 僕は、先生のブラジャーとパンツが紫色だったとか、夢の中でディテールまで見ていた。

 夢なんだから、これは僕が思い浮かべたことなんだろう。



 幸せな夢は唐突とうとつに終わって、僕は、また深い眠りに落ちる。


 それから起きるまで、僕はもう、夢を見なかった。




 一時間くらい昼寝して、僕達は起きる。


 ちょっと昼寝するだけで、暑さでぼーっとしていた頭がすっきりした。

 バテ気味だった体も、軽くなった気がする。


「よし、これで、もう一仕事できるな」

 気力がみなぎった声で、柏原さんが腕をぐるぐる回した。


「これから、お昼寝タイムは日課にしようね」

 綾駒さんの意見に、僕は大賛成だ。


「あれ、先生? なんか先生からボディーソープの香りがしません?」

 先生の隣で寝ていた朝比奈さんが訊いた。

 確かに、うらら子先生からは石けんの香りがして、お肌が潤ってる感じがする。

 服装も、Tシャツとショートパンツに変わってるし。


「うん、さっきみんなが寝てるあいだに、シャワー浴びたから」

 うらら子先生が答えた。


 えっ?

 んっ?


 ってことは、さっき僕が夢と思って見てたのは……


「西脇君は知ってるよね? 先生が服脱ぐところ、こっそり見てたし」

 うらら子先生が、そんなふうに言う。



 翌日、居間と風呂場の間に木枠きわくとカーテンレールを立て込んで、脱衣スペースが作られたのは、当然の結果だろう。

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