第52話 意地っ張り

「キス! キス! キス!」

 僕は、僕を囲んだ小学生女子に、千木良とのキスを強いられている。


「キス! キス! キス!」

 悪乗りした女の子達のコールが止まない。


 本来、それを止めるべきうらら子先生は、「おばさん」呼ばわりされたショックと、千木良に対する仕返しから機能していない。


 僕と向かい合う千木良は、明らかに困っていた。


 当たり前だろう、普段からパシリみたいに使っていて、さげすんだ目で見ている僕に、キスとかされたくないんだろう。

 なのに、僕のこと彼氏って紹介した以上、それを顔に出すことができないのだ。

 だから千木良は困っているし、顔を真っ赤にしていた。



「ちょっと、西脇君。なにか言って、彼女達を止めなさい。間違っても、キスしちゃダメだよ」

 イヤフォンから、綾駒さんの声が聞こえる。


「そうだぞ、西脇。いくら西脇が幼女好きだといっても、キスはダメだ」

 柏原さんも言った。

 だから、僕は幼女好きじゃないし……


 でも、なにか言って止めろって、なんて言っていいのか分からない。

 元々、口が上手いわけじゃないし、JSの説得方法なんて、余計に分からなかった。



「西脇君、よく考えて。千木良ちゃんは今、西脇君の彼女っていう設定なんだよ。だから、彼女を守らなくちゃ。そういうふうに考えたら、なにを言えばいいのか分かるよね。千木良ちゃんを本当の彼女だと思って、考えてみて」

 イヤフォンから朝比奈さんの優しい声が聞こえる。


 千木良が彼女。

 千木良が僕の、本当の彼女。

 そう思って考えてみる。



「みんな、ちょっと待ってくれるかな」

 僕は、そんなふうに切り出した。


「僕達は、ここでキスなんて出来ない。だって、里緒奈は、僕にとって、大切な彼女なんだ。こんなところで軽々しくキスはできない。キスは本当に大切な時のためにとってある。だからキスは、二人だけの大切な時間にするよ。ゴメンね。本当はこういうとき、ノリでキスするべきなんだろうけど、それだけ僕は里緒奈のこと大切に思ってて、大好きってことなんだ」

 僕は、考えうるかぎり最善のことを言った。

 千木良のことが大切だからこそ、ここでキスはできないって、間違った論法ではないと思う。


 それを聞いた千木良は、ぼーっとして、口が半開きのまま固まっていた。


 あれ? 失敗だったかなって思ったら、

「カ、カッコいいー!」

 それまでキスキス騒いでいた女子達が、今度はカッコいいとか、キャーキャー騒ぎ出す。


「素敵な彼ね」

「高校生って、やっぱ大人だよね」

「千木良ちゃん、いいな」

 女の子達が口々に言った。


 なんとか、正解を出せたみたいだ。



「西脇君、素敵だったよ」

 イヤフォンから、朝比奈さんの声が聞こえた。

「ちょっとやり過ぎ感あるけど、よかったぞ」

 柏原さんのそんな声も聞こえる。

「西脇君って、ド天然だから、時々変に覚醒かくせいするのよね」

 綾駒さんが言ってため息を吐いた。



 ちょうどお昼時になったから、みんなで、日陰の涼しいところでお弁当を食べる。


「千木良ちゃんの彼氏さんて、料理も出来るんですね!」

 女の子達が言う。

 僕が持ってきたサンドイッチのお弁当は大好評だった。

 好評なのも当たり前だ。

 だってこのサンドイッチのお弁当、朝比奈さんが作ってくれたんだし。



 お弁当のあと、午後もいろんなアトラクションを回った。


 千木良の元同級生の女の子達は、アトラクションを心から楽しんでるみたいだった。

 チラチラ僕と千木良のことを見ながらも、普通に騒いでいる。

 その一方で、千木良は、なんだか一歩引いてる感じだった。

 確かに笑顔は見せてるけど、それが硬いように見える。

 毎日一緒にいるから分かるけど、心から笑ってない気がした。


 久しぶりの友達に、気を使ってるんだろうか?

 それとも、僕が彼氏だっていう嘘がばれないか、緊張してるのか?




 日も傾いてきて、最後に、大観覧車に乗ることになった。


「ねえ、千木良ちゃんと彼氏さんを、二人きりにしてあげよう」

 女の子の一人が言って、みんなが賛成する。


 僕と千木良は、二人っきりでゴンドラに乗せられた。

 僕達は、狭いゴンドラの中に向かい合って座る。



 ゴンドラがゆっくりと上がっていった。

 しばらく、千木良は黙っている。


 ゴンドラの中は電波が通らないみたいで、イヤフォンからの声も聞こえなかった。

 イヤフォンから声が聞こえないってことは、カメラの映像も、向こうに届いてないのかもしれない。



「さっきはありがとう、一応、お礼は言っておくわ」

 少しして、千木良が口を開いた。


「上手く切り抜けてくれて、助かったわ」

 いつになく、神妙しんみょうなな顔で言う千木良。


「ううん。僕こそ、里緒奈とか、呼び捨てにしてゴメン」

 僕が言うと、千木良がぶんぶん首を振る。


 千木良も、こうして大人しくしてると可愛いのに、って思った。

 ってゆうか、さっきから大人しすぎる気がする。


 あれ? もしかして。


「千木良って、高いところ苦手?」

 僕は訊いた。


「そ、そんなわけないじゃない! 私は、タワーマンションの最上階に住んでるのよ!」

 千木良がそんなふうに強がる。

 この態度を見れば、高いところが苦手なのは間違いなかった。



「僕の膝に来れば? いつもの場所で、落ち着くでしょ?」

 僕は言った。


 すると、千木良は下を向いたまま、無言でこっちに来て、僕の膝の上にちょこんと座る。

 ぴったりと、納まるべきところに納まるって感じで座った。

 僕は千木良を安心させるように、お腹に腕を回して抱っこする。

 そうしたら、千木良の肩からスッと力が抜けた。

 いつもの場所で、ほっとしたらしい。



 ゴンドラが高く上がって、遊園地の全景が見えてきた。

 緑の木々の中に、カラフルなアトラクションが点在している。

 夕方になって、イルミネーションがつけられたから、そのどれもがキラキラと輝いていた。

 おもちゃ箱をひっくり返したみたいだ。




「本当は、彼女達とそんなに友達でもなかったんだけどね」

 膝の上の千木良が、ぽつりと言った。


「ほら、私って、天才な上に、美少女で、家がお金持ちで、性格もすっごくいいでしょ?」

 千木良が続ける。

 いや、最後の一つには、ちょっと賛同さんどうしかねるけど。


「だから、小学校だと、浮いてたの。彼女達とも、友達っていうか、ただの知り合いに近い感じ」

 なるほど、千木良がなんとなく一歩引いてる感じだったのは、そういうことか。


「この前、街で偶然彼女達に会って、張り合っちゃったの。飛び級で高校に入って、すっごく楽しいってところ、見せつけてやりたかったの」

 この、天才なうえに、美少女で、家がお金持ちのお嬢さんは、すごく意地っ張りだ。


「今日はまあ、彼氏役として、よくやってくれたわ。ご褒美に、これからも今まで通り私のこと抱っこしていい権利をあげるわ。幼女好きなあなたには、喉から手が出るような特典でしょ?」

 第一に、今まで抱っこしてたのは、千木良がかってに僕の膝に座ってきただけだし、第二に、僕は幼女好きではない。


「そっか、ありがとう」

 だけど僕は大人の男だから、そういうふうに答えておいた。



 そんなふうに二人で話してると、なんか、背後から邪悪じゃあくな視線を感じる。

 後頭部に、五寸釘くらいの太い鋭利えいりなものが突き刺さるような視線だった。

 後ろを振り向くと、隣のゴンドラに乗ったうらら子先生が、ガラスに張り付いてこっちを見ている。


 先生……なにやってるんですか……


 先生は、どうにかこっちのゴンドラの中を見ようと、ほっぺたが白くなるくらい、顔をガラスに押しつけていた。

 まったく、なにやってるんだ……


 それと、一緒に乗った女子達が怖がってるから、ゴンドラを揺らすのはやめてあげてください。





「今日は、ありがとうございました。楽しかったです」

 女の子達が頭を下げて、僕達は、朝来たときと同じように、門のところで別れる。


 千木良は、本物の運転手さんが運転するセンチュリーに乗って帰った。


 僕とうらら子先生は、ランドクルーザーに戻る。



「ごくろうさま」

 ランドクルーザーでは、柏原さんと綾駒さん、朝比奈さんが待っていた。

 三人とも、せっかくの休日をこんなことに付き合うなんて、結構物好きだ。



「今日は一日、西脇を千木良に貸し出したから、西脇成分が足りないな」

 帰り道で、車窓から流れる夜景を見ながら柏原さんが言った。


 なんですかその、西脇成分って。

 それに、貸し出したとか、僕は物じゃありません。


「そうだよね。西脇くんにわざとボディータッチして、その、まごまごする反応見るのが楽しみになってたから、今日はなんか、それが出来なくて物足りない感じ」

 綾駒さんが言う。

 綾駒さん、あれ、わざとやってたのか。

 ってゆうか、そう言いながら、僕の腕に胸をつけてくるのやめてください(いや、もっとやってください)。


「確かに、今日は西脇くんのおもしろいとこ、生で見られてないから、ちょっと寂しいかも」

 えっと、朝比奈さん? 

 僕は今まで、朝比奈さんの前で、おもしろいことしてたつもりはないんですけど。

 いつも、朝比奈さんの前で、カッコいい男でいようとしてただけなんだけど。

 それが、おもしろい感じに見えていたと?



「それじゃあ、もう少し西脇くんを堪能たんのうするためにも、みんなでご飯食べて帰ろっか」

 ハンドルを握るうらら子先生が言った。


「賛成!」

 三人の女子が、小学生みたいな声を出す。

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