第51話 おばさん

「この人が、千木良ちゃんの彼氏?」

 ゆるふわパーマの女の子が訊いた。


「ええ、そうよ。私の彼氏の、西脇かおる。私は、馨って名前で呼んでるわ」

 千木良が答える。


「すごーい、カッコいい!」

 僕と千木良を囲んだ四人の女子小学生が、わいわい楽しそうに声を上げた。

 千木良の元同級生の彼女達は、みんな、ちっちゃくて可愛い。

 千木良みたいに、こまっしゃくれていない、素直そうな小学生だ。


 みんな、それぞれおしゃれして、待ち合わせた遊園地の入り口で待っていた。

 僕が千木良と一緒に現れたら、僕を見た彼女達が、カッコいいカッコいいの大騒ぎだ。

 結局僕は、ネイビーのテーラードジャケットに、ボーダーのカットソー、ホワイトジーンズって服装に落ち着いている。


「ほらそこ、ニヤニヤしないように」

 僕の耳に、柏原さんの声が聞こえた。

「そうだよ。女の子は、もうこれくらいの歳の頃から、ちゃんとお世辞せじも言えるし、場の空気だって読むんだから」

 綾駒さんの声も聞こえる。


 僕が耳にはめた超小型のイヤフォンから、二人の声が聞こえた。

 これは、僕を千木良の立派な彼氏役にするために、我が「卒業までに彼女作る部」女子のアドバイスが、直接耳に届く仕組みだ。

 女子達は、遊園地の駐車場に停めたうらら子先生のランクルの中で、僕達をモニターしている。

 僕のジャケットのボタンや、千木良の服に隠したカメラから、現場の映像が送られていて、女子達はそれを見て反応していた。


 さっきから、もっと背筋を伸ばしなさいとか、笑顔が硬いとか、僕は柏原さんや綾駒さんに散々言われている。

 時々、「うふふふふ」っていう、朝比奈さんの笑い声も聞こえた。

 みんな、土曜日なのに僕達に付き合ってくれている。


 アドバイスするとか言っているけど、ただ面白がってるだけな気が、しないでもない。



「高校生の彼氏作っちゃうなんて、千木良ちゃん、すごいね」

 一人の子が言った。

「まあ、そんなこともないわ。一目惚ひとめぼれされて、しつこく言い寄ってくるから、仕方なく付き合ってあげてるだけ」

 千木良がヤレヤレ、みたいな顔で肩をすくめる。


 今日の千木良は、麦わらのカンカン帽に、黒いギンガムチェックのワンピースを着て、パールのネックレスを付けていた。

 別に彼氏役をしてるからってわけじゃないけど、けっこう可愛いと思う。


 でも、JSの千木良にしつこく言い寄るとか、僕、完全にヤバい奴じゃないか。



「それで、そこのおばさんは誰?」

 女の子の一人が、僕と千木良の後ろに控えているうらら子先生を指した。

」のワードに反応して、先生のこめかみがピクピクする。

「これは、彼の運転手さん」

 千木良が紹介した。

「どうも、運転手の佐々です」

 うらら子先生が笑顔で言う。

 その笑顔の裏で、先生は見えないように僕の背中をつねった。

 先生、僕に八つ当たりするのはやめてください。痛いです。



 うらら子先生は、僕や千木良が心配だから、ついて行くって言い張った。

 コスプレの衣装の中から制帽を出してきて、スーツのパンツとベストで、すっかり運転手になりきっている。


「運転手さんが荷物を持ってくれるから、みんな、荷物渡して」

 千木良が言って、みんながバッグやリュックサックを先生を預けた。

「おばさん、ありがとう!」

 三つ編みの一人が、屈託くったくのない笑顔で言う。


「いえ、どういたしまして」

 うらら子先生が、覚えてなさいよ、みたいな目で千木良を見た。


 千木良、先生は千木良の担任なんだし、月曜日に教室で大変なことになりそうだけど、いいのか……



「ほら、いつもみたいに、手をつなぎましょう」

 千木良が、僕に手を差し出してくる。

 僕は、言われるままに、千木良の小さな手を握った。


 それだけで、JSのみんなが、「きゃー」って悲鳴みたいな声を上げる。


「千木良ちゃんて、いつもこんなふうに彼氏と手を繋いでるの?」

 ショートカットの活発そうな子が訊いた。


「うん、まあね。ってゆうか、馨は私のこと抱っこしたがるから、いつもは抱っこされてるの。彼って、スキンシップを求めたがるのよね」

 千木良が言って、女子達がまた、きゃーきゃー騒ぐ。


 JSにスキンシップを求めたがる俺って、俺のヤバい度合いが、どんどん上昇してる気がする。



 千木良の同級生四人と、僕と千木良、うらら子先生で、園内に入った。

 全員チケットも買わずに、入場口をそのまま素通りだ。

「だってこの遊園地、ママの会社の傘下だもの」

 千木良が言った。


 まあ、そういうことらしい。



 園内で遊ぶ千木良の同級生は、普通の小学生の女の子だった。

 千木良も、いつものふてぶてしい感じじゃなくて、少しだけ、はしゃいでる気がする。

 久しぶりに同年代の子達と一緒で、リラックスしてるんだろうか。

 学校では年上だけのクラスにいて、まだ、馴染なじめてないみたいだし。



 僕は、先生から借りた一眼レフカメラでみんなの写真を撮ってあげた。

「どうせ、西脇君は大人っぽい彼氏なんて演じられないから、カメラで写真撮ってあげてれば、それっぽく見えるでしょ?」

 ここに来る前、うらら子先生はそんなふうに言って僕にカメラを持たせた。

 それは大正解だったかもしれない。

 小学生の女の子とどんな話をしたらいいのか分からないし、それで会話が途切れても、写真を撮ってればそれっぽく見えた。


 アトラクションに乗ったり、売店でソフトクリームを買って食べたり、僕は普通に遊園地を楽しむ女の子達を引率いんそつするような感じになる。

 おばさん発言で心が折れたうらら子先生が、荷物を持って後から付いて歩いた。


 だけど、普通に遊んでいるようで、女の子達が時々チラチラと僕の方を見ているのは分かった。

 彼女達、僕のこと観察してるみたいだ。


 するとそのうち、一人の女の子が、僕に正面から話しかけてきた。

「ねえ、西脇さんて、本当に千木良ちゃんの彼氏なんですか?」

 黒髪でめがねの、鋭そうな子が、僕をいぶかしげに見て訊く。


「あ、あたりまえじゃない」

 僕の代わりに千木良が答えた。


「それじゃあ、キスしてみてください」

 黒髪めがねの子が言って、みんながきゃーきゃー騒ぐ。


「本当の恋人同士だったら、キスくらい出来るでしょ?」

 女の子はそんなことを言う。


 近頃のJSは、キスとか知ってるのか。

 すごく、ませている。


「もう、変なこと言わないでよ!」

 千木良は、戸惑っていた。

 落ち着きがない感じで、僕の方を上目遣いで見る。


 こんな肝心かんじんなとき、イヤフォンからのアドバイスはなかった。

 柏原さんも綾駒さんも朝比奈さんも、どんなアドバイスをしたらいいのか迷ってるのか、それとも、僕と千木良が困ってるのを楽しんでるのか。

 そして、本来止めるべきうらら子先生も、見て見ぬふりをしていた。

 先生、さっきの千木良に仕返しでもしてるつもりらしい。


「キス! キス! キス!」

 四人の女の子達が、そんなふうにはやし立てた。


 千木良が、顔を真っ赤にして僕を見詰めてくる。


 このまま、千木良とキスをしないといけないような雰囲気になってしまった。


 いやいや、それはマズいから!

 ポリスメン呼ばれちゃうから!


「キス! キス! キス!」

 女の子達の声が止まない。

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