第50話 大人の彼

「千木良さん、どういうことか、説明しなさい」

 紺のスーツのうらら子先生がすごんでいる。

 その後ろには、制服姿の柏原さんと綾駒さん、朝比奈さんもひかえていた。

 この四人に囲まれたら、さすがの千木良もタジタジだ。



「西脇君も、西脇君よ。千木良さんの車に乗ってホイホイついていくなんて。前から幼女好きなところはあるって思ってたけど、もう、夜なんだし、幼女と二人きりはいけないわ。先生、不純ふじゅん異性いせい交友こうゆうは認めないわよ」

 うらら子先生が言う。


 不純異性交友ってなんだ……


「いえ別に、僕は特別幼女が好きってわけじゃありません。だって、千木良が11歳で、僕が17歳って、これくらいの歳の差のカップルって普通にいるじゃないですか。だから、たとえ僕が千木良のこと特別な目で見たとしても、それは、ロリコンとか、幼女好きってことにはならないはずです!」

 僕は、当たり前のことを説明した。


「さてどうだか」

 うらら子先生が、ジト目で見ている。

「いつも、当然のように千木良をひざの上にのせてるしな」

 柏原さんが言った。

「千木良ちゃんをくすぐる時の目が危ないしね」

 綾駒さんも言う。


 女子達が、僕のこと疑いの目で見ている。


「だから、本当に僕はロリコンじゃありません! 僕は、うらら子先生みたいな大人の女性も大好きです! 大人で、仕事場では周りの先生から一目置かれるくらいバリバリ仕事をしてて、プライベートでは趣味を持ってそれを楽しんでる先生を尊敬してるし、色っぽくて、時々、シャツが開いたところから見える綺麗な胸にはドキドキさせられてるし、僕は、先生みたいな大人の女性も大好きなんです。それに僕は、柏原さんみたいな、たくましくてカッコよくて、僕のこと、引っ張っていってくれるような女性も大好きです。汗をかいた柏原さんのTシャツが胸に張り付いたのとか見て、僕はいつもドキドキしてるんだから、ロリコンじゃないでしょ? それから、綾駒さんみたいな手先が器用で母性にあふれた女性だって大好きなんです。綾駒さんが時々、無自覚に僕の腕にその大きな胸を当てたりするけど、そんなとき僕は、腕に全神経が集中しちゃったんじゃないかってくらい、興奮してるんです! あと、朝比奈さんは…………とにかく全部が好きです! この前水着になったときの、あのビキニの胸が今でも目に焼き付いて忘れられません。ほら、こんなふうに、僕がただの幼女好きじゃないって、分かったでしょ?」

 まったく、僕が幼女好きとか、ひど風評ふうひょう被害ひがいだ。


「確かに、分かったけど……」

 うらら子先生が戸惑っている。


「告白のよくばりセットか!」

 顔を赤くした柏原さんが僕に突っ込んだ。


 あれ?


 そういえばたった今、うらら子先生が大好きだとか、柏原さんが大好きだとか、綾駒さんが大好きだとか、朝比奈さんが大好きだとか、僕、全方位的に好きって言った気がする。

 大好きって言った。


「いえ別に、好きっていうのは、そういう意味じゃなくて……」

 今、僕の頭からは、火力発電所のタービンが回せるくらいの蒸気が出てると思う。


「分かってるわよ」

 うらら子先生が、僕の肩をぽんぽん叩いた。


「ってゆうか、西脇がおっぱい好きってことは、よく分かった」

 柏原さんが言って、綾駒さんと朝比奈さんが、胸を手で隠すようにする。


 なんか、失言しまくった。


 これも千木良のせいだ!





「それで、千木良さんはどうして西脇君を連れ出したの?」

 うらら子先生があらためて問いただした。


 洋服売り場でいつまでも話してるのは迷惑だし、僕達は、デパートのカフェに移動している。

 みんながアイスティーとかアイスコーヒーを頼むなか、千木良だけトロピカルフルーツパフェを頼んで、大きなパイナップルが刺さったパフェが運ばれてきた(千木良よ、問い詰められるこの状況でパフェ頼むな)。


「どうして、連れ出したのかしら?」

 うらら子先生が、教師全開の迫力で訊く。


「小学校の時の、同級生が……」

 千木良が渋々口を開いた。


「久しぶりに会った小学校の時の同級生が、千木良ちゃんは、飛び級で高校に行って、カッコイイ彼氏が出来たんでしょ? とか言うから……もちろん、高校生の素敵な彼氏が出来たわ、小学生と違って大人の男よ、って答えちゃって……それで、そんな素敵な彼氏なら会わせてよとか言われて、誤魔化ごまかしてたんだけど、それも誤魔化しきれなくなっちゃって、仕方なく、この部長を彼氏ってことにしようと思って……」

 千木良が言って下を向く。


 すると、他の女子達が顔を見合わせて、みんなで笑い出した。

 それも、僕を指さして笑っている。


「あの、みんな、なんで僕を指して笑うんですか!」

 まったく、失礼な!


「だって、西脇君が大人の男とか!」

 うらら子先生が腹を抱えて笑っている。

「西脇は、大人の男じゃなくて、可愛い男だろ!」

 柏原さんが、笑いすぎて声を枯らした。

「西脇君、小学生並の恋愛スキルしかないし」

 綾駒さん、辛辣しんらつすぎる。

「まあまあ」

 そう言いながらも、朝比奈さん、ツボに入ったみたいで笑い続けた。


「だって、しょうがないじゃない。こんなこと頼める男子の知り合いなんていないし」

 千木良が、顔を真っ赤にして言う。

 クラスメートとかだっているはずだけど、千木良、頼めなかったのか。

 千木良って、部室では僕相手に威張いばってるけど、クラスでは大人しかったりするんだろうか?


 それに、千木良が元の小学校の同級生に対して、こんなことで張り合っちゃうのが意外だった。

 生意気なだけじゃなくて、ちょっとは可愛いところがあるのかもしれない。



「よし、そういうことなら、我が『卒業までに彼女作る部』で西脇君を大人の男に改造しようじゃないの。千木良さんの同級生に、カッコイイ彼氏を見せてあげようよ」

 うらら子先生が言った。


「賛成!」

「なんか、面白そうだね」

「楽しそう!」

 女子達、盛り上がっている。


 僕を大人の男に改造って、人ごとだと思って……



「それじゃあ、売り場に戻って西脇君の洋服選び続けようか。早くしないと、デパート閉まっちゃうし」

 うらら子先生が席を立とうとした。


「ああ、それは大丈夫。コーヒー飲んでからでいいわ」

 千木良が言う。


「だけど、もうすぐ閉店時間だし」


「だってこのデパート、ママの会社の傘下だから。私が一言声をかければ、営業時間なんてどうにでもなるわ」

 千木良が、余裕でパフェをつつきながら答えた。


「ああ……」


 この千木良っていう幼女、本当に底知れない。

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