第41話 生家

「いらっしゃい」

 その人は、門屋かどやの前で僕達を出迎えてくれた。

 優しい笑顔で、落ち着いた品のある女性だ。


 栗色ショートボブの髪で、垂れ目がちな優しい目元。

 口角が上がった口元に、オレンジベージュの控え目な口紅をつけている。

 スマートというよりは、ふくよかな感じで、それが優しそうな印象にも繋がっていた。

 黒いワンピースの上に白いエプロンをしているから、なにか、創作作業の途中に、手を休めて僕達の相手をしてくれたのかもしれない。


 この人が人形作家「汐留しおどめふゆ」さんの娘で、同じく人形作家の「汐留みはる」さんなんだろうか。


 事前にウィキペで調べた情報によると、四十代ってことだったけど、どう見ても二十代後半か、それより若く見えた。


 僕達は先生の車を降りる。



 僕は部長として、みんなを代表して彼女に挨拶あいさつした。

「はじめまして。僕達は、卒業までに彼女作る……」

 僕が言いかけたところで、横から千木良が僕の脇腹を突く。

 不意を突かれて、「くふぅ」とか、変な声が出てしまった。


「私達は、是希世これきよ学園高校『』の者です。私は、先日お電話差し上げた、顧問の佐々と申します」

 うらら子先生が僕の代わりに頭を下げる。


 先生が、ややこしくなるから、そういうことにしておきましょう、って感じで、僕にウインクした。

 アンドロイド研究部って、別に卒業までに彼女作る部でもいいじゃないか!



「はじめまして。話は主人から聞いております。確かに聞いています。私、この家の手伝いをしています、リセと申します」

 その女性は、そう言って深く頭を下げた。


 そうか、若いと思ったら、この女性、お手伝いさんだったのか。


「どうぞ、お車を邸内に入れてください」

 リセさんが言って、先生がもう一度車に乗り込んだ。

 先生はリセさんの誘導で門屋をくぐって、車を中庭に入れる。


 広い庭で、門から玄関の車寄せまで、二十メートルくらいあった。

「んっ!」

 すると千木良が俺に両手を差し出す。

 玄関まで抱っこして行けって僕に命令する「んっ!」だと思う。


 どこまでわがままなお嬢様なんだ……


 仕方なく、僕は千木良を抱っこした。

 抱っこしたら、千木良のツインテールの片方が目の前をチラチラ動いて鬱陶うっとうしい。



 門の中には、築山つきやまや自然石が配置された、立派な日本庭園が広がっていた。

 庭では、四、五人の庭師さん達が、植栽の手入れをしている。

 築山の向こうには、錦鯉にしきごいが泳ぐ大きな池もあった。


 先生は車寄せまでランクルを走らせて、そこに停める。

 お屋敷は、数寄屋すきや造りの古い日本家屋だった。

 玄関から奥に、長い廊下が続いているのが見える。



「それで、ご相談の人形を持ってきたのですが」

 先生がランクルのリアゲートを開けた。

 そこには、布にくるまれた人形が座っている。


「私は人形のことも聞いています。人形を持って訪問するお客様のことを理解しています。分かりました。私が運びましょう」

 リセさんが、くだんの人形が入った包みを持とうとした。


「あっ、僕が持ちますから」

 お世話になってるのはこっちだし、僕が持ったほうがいいと思って名乗り出る。


「いえ、大丈夫です。私には、その能力があります」

 けれども、リセさんは笑顔で言って、人形をひょいと持ち上げた。

 この人形は見た目より重たいし、包んである分厚い布の重さも相当あるのに、彼女は軽々とお姫様抱っこで持ち上げて、「こちらです」と、僕達を先導して歩く。


 リセさんって、見た目によらず力持ちな人なんだ。

 僕がそう思ってたら、

「彼女、アンドロイドだからいいのよ。あんたなんかより、よっぽど力持ちよ、きっと」

 僕の腕の中の千木良が言った。


「えっ?」

 千木良に言われて、僕は人形を抱いた彼女のこと、思わず二度見してしまう。


「リセさんがアンドロイド?」

 思わず大きな声が出てしまった。

「当たり前でしょ? あんた、分かんなかったの?」

 千木良が生意気言って僕をにらんだ(とりあえず、ごめんなさいって言うまで、千木良の脇腹をくすぐっておいた)。


「なんで、リセさんがアンドロイドだって分かったんだ?」

 今度は小声で千木良に訊く。


「ちょっとしゃべり方にぎこちないところがあるでしょ? あれは、まだAIの学習が足りてないんだよ。私なら、もっと自然な喋り方をさせるわ」

 千木良が肩をすくめて言った。


 千木良以外のみんなも分かってたみたいで、綾駒さんにヤレヤレみたいな顔をされる。

 朝比奈さんに、まあまあ、みたいな顔もされた。


鈍感どんかん男の本領発揮だな」

 柏原さんがそう言って僕の肩を叩く。


 だけど、そう言われてもう一度見てみても、リセさんはどう見ても本物の人間にしか見えなかった。

 肌の質感とか、顔のそばかすとか人間そのものだし、髪の後れ毛とか、手のしわとか、完全に再現されている。


 もし、本当に彼女がアンドロイドなら、僕は今まで、街中や学校で、何体かのアンドロイドとすれ違っていて、それに気付かずに生活してたのかもしれない。

 僕の身の回りには、すでにアンドロイドがいるのかもしれない。


 僕は、アンドロイドって、こんなにも人間に似せることが出来るんだって、感動した。

 これなら、僕達が作る「彼女」も、すごいものが出来そうな気がする。

 人間と変わらない、朝比奈さんそっくりな彼女が作れる可能性があった。


 それとも、ここは人形作家の家だから、リセさんが特別優れた造形で作られたアンドロイドだってだけのことだろうか。




 リセさんは人形の包みを抱えたまま、長い廊下を歩いた。


 長い廊下の先に茶室みたいな離れがあって、渡り廊下で繋がっている。

 渡り廊下の下には池から続いて川が流れていた。


 僕達は川を渡って離れに入る。



 そこでは、本物の汐留さんが僕達を待っていた。


「ようこそ、汐留み春です」

 白髪が交じった髪を後ろで無造作にまとめている女性だった。

 化粧っ気がなくて、リセさんみたいに口紅も塗っていない。

 でも、ノーメイクでも肌が艶々で若々しい人だった。


 芸術家っぽい感じの、サンドベージュのスモッグを着ている汐留み春さん。

 スモッグには、所々、白いペンキのような汚れがついていた。


 み春さんはこの離れをアトリエとして使ってるみたいで、二十畳ほどの部屋の中には、五体の球体関節人形と、作りかけの一体、そして、頭や腕、足なんかのパーツが、整然と並んでいた。


「はぁ」

 その光景に、綾駒さんが恍惚こうこつの声を出した。

 顔が紅潮して、倒れそうになったところを柏原さんに支えられる。

 同じ造形を志す綾駒さんにしてみれば、ここは天国のような場所なんだろう。


「リセが抱いているのが、例の人形ですか?」

 挨拶もそこそこに、み春さんが訊いた。


「はい」

 先生が頷く。


「さっそく、見せて頂きます」

 リセさんが、包みをソファーに下ろした。


 み春さんが、巻かれている布を慎重にほどく。


「ああ、これは……」

 そう言った途端、み春さんの目から、涙が一筋こぼれた。


「これは、まさしく父の人形だわ」

 汐留み春さんが言う。


 ん? 父?

 あれ、母じゃないの?


 おかしなことを言うけど、まさか、この人はアンドロイドじゃないよね?

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