第26話 瓢箪

「さっきから、こっちが黙ってれば、変なコメントばっかり書いて、卑怯ひきょうじゃない? いい加減になさい!」

 朝比奈さんは、カメラのレンズを指して、そう言い放った。

 もう一方の手を腰に置いて、顔を前に乗り出す朝比奈さん。


 いつも温和な朝比奈さんの目が、キリッと凜々りりしくなって、口をキュッと結んだ。

 何事に対しても完璧な朝比奈さんは、怒った顔も可愛い。


 控えめに言って、怒られたい。


 うらら子先生が、「落ち着いて」ってカンペを出したけど、もう、遅かった。

 朝比奈さんが怒ったシーンは、生配信に丸ごと乗ってしまう。


 視聴者もびっくりしたのか、流れていたコメントがピタリと止まった。

 配信が静まり返る。



「……って、ことでね。みんな、発言には気をつけようね。それでは、ミナモトアイでしたー、バイバイー!」

 朝比奈さんが強引に閉めて、千木良がPCを操作してすぐに放送を切った。


 「ふう」って、そこにいた全員が、溜息を吐く。



「ごめんなさい!」

 朝比奈さんが、深く頭を下げて謝った。

「スルーしなきゃって思ってたんだけど、何度もひどいこと書かれたから、我慢できなくなっちゃって……」

 朝比奈さん、目がうるんで涙目になっている。


「まあ、あんなこと書かれたら、朝比奈だって怒るよな」

 柏原さんがさり気なくハンカチを渡して、朝比奈さんをなでなでした。

 柏原さん、なぐさめかたがカッコイイ。


「はっきりと言ってくれて、スカッとした感じはあったわね」

 千木良が生意気に言った。


「大丈夫。もう、泣かないの」

 綾駒さんが、朝比奈さんを抱きしめて背中を優しく撫でる。


 女子三人が、僕に対して、あなたも慰めなさいよ、みたいな視線を送ってきた。


「朝比奈さんの怒った顔、迫力があって、綺麗だったよ」

 僕が言ったら、女子三人とうらら子先生ににらまれた。


 僕は、何かおかしなこと言っただろうか。



「これで、視聴者さんが離れちゃったら、どうしよう」

 朝比奈さんがすすり上げた。

「ごめんね。私が馬鹿なことしたから、これでスーパーチャージで稼ぐの、もう無理になっちゃったね」

 何度も頭を下げる朝比奈さん。


「そうね。でも、動画配信であぶく銭を稼ごうとしたのが、そもそも間違ってたんだよ。あのアンドロイドの骨格は残念だけど、オークションをまめにチェックしてれば、また、掘り出し物が出るかもしれないし、その時のために地道にお金稼いでおこう。アルバイトでも何でもしてさ」

 うらら子先生が言って、僕達は頷いた。


 朝比奈さんが嫌な思いをしてお金を稼ぐくらいなら、ワンオペのブラックバイトでもして稼ぐほうがましだ。

 先生が言うとおり、僕達は少し調子に乗ってたのかもしれない。



 配信が終わって片付けをすると午後十時を過ぎていて、僕達はうらら子先生の車で家まで送ってもらった(千木良だけ、いつものお迎えのセンチュリーで)。

 車の中で朝比奈さんが笑顔を取り戻したから、それでこの一件は終わったかと思ってた。



 ところが、翌日になると状況は一変している。



 放課後、部室に飛んで帰ると、異変を感じた部員全員と、うらら子先生が既に集まっていた。

 みんな、ちゃぶ台の上に置いたノートパソコンの画面を見ている。


「もう、これ、どうなってるのよ!」

 さっそく僕の膝の上に乗ってきた千木良が、呆れたように言った。


 今まで上げた「ミナモトアイ」の動画のコメント欄には、


 アイちゃんカッコイイ!

 アイちゃんは怒っていい。

 怒った顔もカワイイ。

 俺はミナモトアイを支持する!


 そんな温かい書き込みであふれていた。

 昨日のミナモトアイを非難するようなコメントは、ほとんどない。


 さらには、そっち方面の一部マニアに強烈な印象を与えたみたいで、


 アイ様、一生ついていきます。

 アイ様、もっと叱ってください。

 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。

 アイ様 > ハ○ーン様

 アイに踏まれたい。

 様をつけろよデコ助野郎!


 そんな書き込みも、たくさんあった。


 ってか、どれだけドMが多いんだよ……


 朝比奈さんがぶち切れたシーンだけを抜き出して、勝手に動画にしてる人もいた。

 ドS系ストリーマーとして、まとめサイトに取り上げられたりしている。

 視聴者にびるような配信が多い中で、声を上げたストリーマーは珍しかったから、目立ったらしい。


 騒動になって、チャンネル登録者数があっという間に増えた。

 一万人の大台を突破して、その勢いが止まらない。

 こうして僕達がちゃぶ台を囲んでる間にも、10人、20人と、一秒毎に登録者が増えていった。


「このことを、『瓢箪ひょうたんから駒が出る』って言うのよ」

 国語科のうらら子先生が言う。


 すごく、分かりやすい説明だ。


「これでもう一回生配信すれば、投げ銭がたくさん飛んでくるんじゃない?」

 綾駒さんの目が、お金のマークになっている。


「そうだね。衣装もスーツとかピンヒールに変えて、ドSキャラを前面に出していきましょう!」

 うらら子先生、ノリノリだった。


「でも私、ドSキャラなんて出来るかな?」

 朝比奈さんが眉を寄せる。

 普段の朝比奈さんは、ドSどころか天使だ。

「あのときはしてたじゃない」

 千木良が言った。

「あのときは、怒ってて、自然に出ちゃっただけだから」

 朝比奈さんが首を振る。


「それじゃあ、西脇を相手に練習してみたらどうだ?」

 柏原さんが変な提案をした。


 女子達が僕を見て、ニヤリと笑う。



 僕は、朝比奈さんの前に正座させられた。

 朝比奈さんがうらら子先生のスーツに着替えて、僕の前に立つ。

 腕組みして、しゃに構えて僕を見下ろす朝比奈さん。


「ちょっとそこのあなた。いい加減にしなさいよ」

 朝比奈さんが、冷たく僕に投げかけた。

「すみません」

 見下ろされて、僕は自然に謝ってしまう。

「すみませんって、口だけじゃない。なんで怒られてるのか、分かってるの?」

「はい、ごめんなさい」

 氷のような冷たい視線に僕は震えた。

「まったく、あなたってどうしようもない男ね」

 演技って分かっていても、土下座してしまいそうになる。


「こんな感じでいいかな?」

 一瞬で顔が変わって、優しい笑顔に戻った朝比奈さんが訊いた。

「いいと思います」

 僕はなぜか、敬語で返してしまう。


「いいじゃない。その感じで、生配信もいっちゃおうか」

 うらら子先生が言って、女子達が準備を始めた。


「どうしたの? 西脇君?」

 正座したままの僕に朝比奈さんが訊く。


「ううん、なんでもありませ……ないよ」

 そっちの方に目覚めそうな自分が怖い。

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