第25話 生配信
生配信は、午後八時から始めることになった。
議論の結果、遅い方が視聴者が学校や仕事から帰った後に見てくれるってことで、この時間に決まった。
視聴者に社会人が多い方が、投げ銭であるスーパーチャージをたくさんしてくれるかもしれないっていう打算もある。
ホントはもっと遅いほうがいいのかもしれないけど、それ以上遅いと部員が帰れなくなるからこの時間に落ち着いた。
うらら子先生が、部活の課外活動で遅くなるって、部員全員の親に電話してくれる。
終わったら責任を持って車で送りますからって説明した。
こういうとき、部室以外では厳格な先生で通ってるうらら子先生の力は絶大だった。
誰の親も、無条件で先生の言葉を信じている。
「でも、千木良は帰った方がいいんじゃないのか?」
千木良は本来なら小学生なんだし。
「平気よ、子供扱いしないでよね!」
僕の膝の上で、僕を見上げて睨み付ける千木良。
僕の膝の上に座ってる時点で、子供扱われてる気がしないでもないけど。
「どうせ帰っても、パパもママも家にいないし、お手伝いさんとご飯食べるだけだからいいの」
千木良がそんなことを言うから、僕は思わず膝の上の千木良を抱きしめてしまった。
「もう! 幼女を抱き枕感覚で気軽に抱きしめるな! 事案だぞ!」
口では文句を言ったけど、千木良は特に抵抗しなかったから、僕はしばらく抱きしめ続ける。
生配信の情報をSNSや「ミナモトアイ」のホームページで拡散したあと、僕達は腹ごしらえした。
台所でご飯を炊いて、近くのスーパーで買ってきた食材で、うらら子先生が豚肉の
「料理のレパートリーはあんまりないから、小出しにしないとすぐに底が見えちゃうんだけどね」
先生はそんなこと言うけど、隠し味に
ちゃぶ台を囲みながら、みんなで家族の団らんみたいな時間を過ごす。
膝の上の千木良は、終始ご機嫌だった。
ご飯を食べ終えると、朝比奈さんは歯を磨いてメイクをする。
パフスリーブの濃紺のメイド服に、襟の部分をセーラーカラーにした、男子の夢を具現化したようなミナモトアイの衣装に着替えた。
八畳間に作ったスタジオは、いつものカメラの横に液晶ディスプレイを置いて、朝比奈さんが視聴者からのコメントをチェック出来るようにする。
何かあったらすぐに配信が切れるように、緊急停止ボタンもつけた。
生配信ではどんなトラブルが起こるか分からない。
初めての生配信の内容は、「質問コーナー」で行くことになった。
せっかく、生で視聴者からのコメントを受け付けられるんだから、それに対してリアクションが取れる「質問コーナー」がふさわしいだろうってことに意見がまとまる。
「大丈夫かな? 質問、答えられるかな?」
朝比奈さんは、そわそわして不安そうだった。
「大丈夫、こっちでカンペで指示するし、なんかあっても基本、『てへっ』って笑って舌出せば、それでOKだから」
うらら子先生がそう言ってウインクする。
先生、
だけど確かに、朝比奈さんが「てへっ」って笑って舌を出したら、僕達はきっと無条件で許すと思う。
朝比奈さんにスマホを貸して、手を滑らせて地面に落としちゃったくらいまでなら、「てへっ」で許せちゃう気がする。
生配信は、時間通り8時ちょうどに始まった。
SNSなんかの宣伝が効いたのか、始まった直後で500人くらいが見てくれている。
「どうも、こんばんはー! 愛の源、ミナモトアイでーす。ってことでね、初めての生配信、ついに始まってしまいました。パチパチパチパチ」
朝比奈さんがカメラに向かってしゃべり始めた。
配信が始まれば、朝比奈さんは緊張してたのが嘘みたいに、ミナモトアイになりきっている。
笑顔が弾けている。
「初めての生配信ってことで緊張していますが、みなさん、どうぞよろしくお願いします」
朝比奈さんが頭を下げると、動画サイトのコメント欄には、一斉にコメントが流れた。
「こんばんは」とか「初見です」とかいうコメントに、朝比奈さんは丁寧に答えていく。
「それじゃあ、今日はせっかく生配信だし、みなさんからの質問を受け付けたいと思います。ミナモトアイの質問コーナー! パチパチパチパチ」
ちょっとテンション高めの朝比奈さん。
コメント欄には、一瞬にしてずらっと質問が書き込まれた。
(ミナモトアイさんは、何歳ですか?)
「女性に歳を聞くのは失礼だぞ。だけど、アイは永遠の17歳です」
アンドロイドの設定だし、これは本当に永遠の17歳だ。
(ミナモトアイちゃんの、理想の男性は?)
朝比奈さんが、出されたカンペを見て、戸惑っている。
うらら子先生が出したカンペを見ると、「お金をたくさんくれる人」って書いてあった。
「や、やさしい人かな」
朝比奈さんはそれを読まずに無難に答える。
(アイちゃんの好きな食べ物はなんですか?)
「アイは基本、電気しか食べませんが、その中でも特に中部電力の電気がまろやかで好きかな。東京電力の電気は、ちょっとビターな感じです」
朝比奈さんは、事前に用意していた問答集から答えた。
コメント欄でみんなが草を生やしてくれたから、その答えは受けたみたいだ。
最初の投げ銭が投げられたのは、番組開始後、十五分後のことだった。
1000円の文字が、コメント欄に表示される。
この時点で、視聴者は2000人まで増えていた。
「あ、ありがとうございます。スーパーチャージありがとー」
朝比奈さんの声が弾んだ。
初めての投げ銭にはみんな感動して、カメラの外で手を取り合って喜ぶ。
僕達がやってる配信に、お金を払ってくれる人がいることにびっくりした。
一人が投げ銭をしてくれると、それで
こっちの取り分は70%だから7000円だけど、19万円を目指す、第一歩だ。
「みんな、ありがとう!」
朝比奈さんがさらに声を弾ませるから、うらら子が「抑えめに」って書いたカンペを出した。
アンドロイドだし、感情を出しすぎてもいけない。
途中まで、生配信は順調に進んだ。
だけど、視聴者が増えるに連れて変なコメントも増えてきた。
関係ないコメントの連投をしたり、汚い言葉を書き込んだり、明らかに荒らしのコメントが増える。
消しても、アカウントを変えて何度も投稿された。
コメントには、
目立つと、色んな人が集まってくるから仕方ないのかもしれない。
朝比奈さんはスルーして、笑顔を絶やさずに質問に答えてるけど、ちょっと心配になってくる。
配信時間も一時間になるし、そろそろ配信を切ろうかって、みんなで目で合図をしてたときだ。
「ちょっと、いい加減になさい!」
朝比奈さんの声が響いた。
「もう、あなた達、ふざけないで!」
僕は、朝比奈さんが怒ったところ、初めて見たかもしれない。
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