第27話 人生相談
世の中には、叱られたい人がたくさんいるらしい。
アンドロイド・ストリーマー「ミナモトアイ」のチャンネル登録者数は、あのハプニングで、減るどころか五万人を越えた。
今まで上げた動画の再生数も、どんどん伸びている。
SNS上で話題になって、サムネイル用のイラストを書いてくれる人がいたり、ネットの掲示板にAAが作られて貼られた。
そんなイラストやAAは、大抵、朝比奈さん演じる「ミナモトアイ」が、視聴者を指して注意しているシーンだ。
「ミナモトアイ」は、ドS系ストリーマーとして定着してしまった。
あれから二回、生配信をやったんだけど、どちらの配信も視聴者数が一万人を越えている。
投げ銭であるスーパーチャージも、どんどん集まっていた。
「男の操り方が解ったわ」
千木良が訳知り顔で言った。
千木良よ、十歳にして、そんなことを
「さあ、今日も始めるわ。愛の源、ミナモトアイよ。あなた達は、アイ様って、様をつけて呼ぶこと、いいわね」
四回目の生配信が始まる。
ドSっぷりが板に付いてきた朝比奈さんは、以前のアイドル然とした衣装から、きっちりとした紺のスーツ姿に変わって、髪も後ろで隙なくまとめていた。
縁なしの細い伊達メガネをつけて、ピンヒールを履き、銀色の指示棒を持つスタイルに変わっている。
これは、うらら子先生が学校で身につけてる服だから、コスプレっていうより、ある意味本物だ。
メイクも、目元をキツくしたり、口紅の色を鮮やかな赤にしたり、先生が工夫してくれた。
そのせいで年齢がちょっと上がって、朝比奈さんは女子大生のお姉さんみたいに見える。
何事にも完璧な朝比奈さんは、女子大生になっても完璧なことが約束されてるらしい。
「はい、それじゃあ、いつもの人生相談コーナーよ。私に
朝比奈さんが言うと、相談が一斉に書き込まれて、コメント欄が滝のように流れた。
カメラを少し下げて設置したから、朝比奈さんが視聴者を見下ろすようになっている。
無数のコメントの中から、うらら子先生が良さそうな相談をピックアップして、朝比奈さんの目の前のディスプレイに映した。
相談には、「ミナモトアイ」が基本、上から目線で答えていく。
くだらない質問になると、ただ画面に無言で冷たい視線を浴びせたりもした。
指示棒でカメラのレンズを突っつく場合もある。
それでも、相談に答えてもらった視聴者は、「ありがとうございます。ありがとうございます」って感謝のコメントを書き込んだ。
「この国の将来が心配になるわ」
コメントを斜め読みして千木良が言った。
男として、なんか、申し訳ない。
「それじゃあ、次の相談。僕は彼女が出来ません、どうしたら彼女が作れますか? アイ様、教えてください」
朝比奈さんは相談コメントを読むと、少し微笑んだ。
「彼女なんか作らずに、一生、私の配信を見てるように」
この前二回の生配信では、朝比奈さんはうらら子先生が出すカンペを見て、それに従って答えてたのに、もう、それが必要なくなっている。
コメントに対してアドリブで答える朝比奈さん。
朝比奈さん、あの天使のような笑顔の下に、どれだけSのポテンシャルを秘めていたんだ……
女子って、こういうものなんだろうか?
僕を囲む、柏原さんや綾駒さん、千木良も、立場が変わるとこんなふうになるんだろうか?
ちょっとだけ怖くなる。
「はい、今日のお仕置きはおしまいね。あなた達、次の配信も、10分前に来て、正座で待ってること。いいわね。それじゃあ、ミナモトアイでした」
朝比奈さんが閉めて、配信が終わる。
コメント欄には「はーい」という素直なコメントがずらっと書き込まれた。
千木良がPCを操作して、配信が止まる。
「ご苦労さん!」
朝比奈さんが脱いだスーツのジャケットを綾駒さんが預かった。
「ご苦労様」
僕は、ミネラルウォーターのペットボトルを渡す。
「汗かいたでしょ? メイク落とすついでに、シャワー浴びてきなさい」
うらら子先生が朝比奈さんを促した。
「はい、それじゃあ西脇君は
先生が、犬にお座りを指示するみたいに僕に言う。
この部室には脱衣所がないから、女子がシャワーを浴びるとき、僕は風呂場と続いている居間には入れてもらえない。
それどころか、居間の隣の八畳間にも入れてもらえずに、縁側にいなければならない。
これは、僕が間違って八畳間の
「あー、朝比奈さん、やっぱり綺麗ー」
「柔らかいね」
「こら、触ったらダメだから」
僕は女子達の黄色い声を聞きながら待たされた。
これはもう、拷問でしかない。
朝比奈さんがメイクを落として、シャワーから上がったところで、僕達は居間のちゃぶ台に集まった。
僕は、部長として今日までの成果を発表する。
「今日の配信で、ついに、投げ銭が30万を越えました。全部で、312400円です。この70%が僕達の取り分だから……」
「218680円よ」
千木良が即答した。
「ついに、20万儲けたな」
柏原さんが深く頷く。
「まさか、一週間でホントに20万稼げるとはね」
綾駒さんも目をキラキラさせていた。
「朝比奈さん、無理させてごめんね」
部長として、僕は謝る。
「あなた、何言ってるの? 私は全然、無理なんかしてないわ」
朝比奈さんがそう言って僕を冷たく見下ろした。
「あ、ごめん。
朝比奈さんが舌を出して、慌てて元の優しい笑顔に戻る。
「西脇君相手だと、なんだかこっちのキャラの方がしっくりくる感じで……」
朝比奈さんがそんなことを言う。
それは一体、どういう意味なんだろう?
とにかく、僕達はギリギリ間に合った。
オークションの締切は明日で、勝負の日までに予想落札価格の20万円をそろえた。
「よし! 明日のオークションは、絶対にあの骨格を勝ち取るわよ!」
うらら子先生が言って、僕達は、
「はいっ!」
って声を合わせた。
すごく、部活やってるって感じがする。
野球部が甲子園を目指す地区大会一戦目の前日って、たぶん、こんな感じなんじゃないだろうか。
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