第11話 思考の源

 帰りのホームルームが終わると、僕はすぐに席を立った。

 それまでの僕なら、放課後、教室でしばらくダラダラとしてたんだろうけど、今の僕には予定があるのだ。


 そう、僕は、忙しい男だ。


かおる、どっか行くのか?」

 雅史が声を掛けてきた。


「これから、部活だから」

 こんなセリフ、一度言ってみたかった。


「部活って、あの、彼女作るとか、なんとかいう部活、まだやってんの?」

「もちろん」

 ちゃんと部員もそろって、顧問の先生もいるし、一応、部室もある。


「我が『卒業までに彼女作る部』には、朝比奈花圃さんも入ったんだぞ」

 僕は、言ってやった。

 あの、みんなの憧れの朝比奈さんは、今や我が部の部員だ。


 ところが、せっかく教えてやったのに、それを聞いた雅史が笑い出す。

 雅史は、文字通り腹を抱えて笑った。


「今まで馨が言ったギャグで、一番笑ったかも」

 笑いすぎて声が枯れている雅史。

「いや、ホントだから」

「分かった、分かった。これ以上、笑わせるな」

 雅史は、まるで信じてない。


 そんな雅史は放っておいて、僕は「部室」に急いだ。

 部長として、部員を待たせてはならない。




 学校裏の雑木林ぞうきばやしは、あらためて見るとやっぱり、鬱蒼うっそうとしていた。

 木々やささ、草やつるで、昼間でも暗い。

 林の外から、中の建物はまったく見えなかった。


 昨日もここに来たのに、林から部室に続く道がどこにあるのか分からなくて、迷ってしまう。

 五分ほど辺りを探して、ようやく、その細い道を見付けた。

 これからのためにも、入り口になにか目印をつけておいた方がいいのかもしれない。



 林に分け入って30メートルくらい歩くと、やっと屋根が見えてきた。

 部室の建物の周りだけ、ぽっかりと林が途切れて、日だまりになっている。



「やあ、部長!」

 玄関の引き戸が開いていて、土間で柏原さんが何かしていた。

 っていうか、玄関にたくさんの機械が運び込まれている。


「ボール盤にフライス盤、プラズマ切断機とコンプレッサー、溶接機。まだまだあるけど、今日のところはこのくらいだ。玄関の土間は、僕が使わせてもらうぞ。こいつらを置くのにちょうどいい」

 柏原さんは、黒いつなぎの作業服を着ていた。


「これ、全部、柏原さんの機械?」

「ああ、今まで親父の自動車整備工場のすみに置かせてもらってたんだけど、こっちに持ってきた」


 すごい。

 これなら、なんでも作れそうな気がする。


「すぐに、使えるようにするからさ。あと、なんか欲しいものがあったら言って、なんでも作るから」

 我が部は、頼もしい人材を獲得したんだって実感する。



「あっ、部長、こんにちは」

 玄関の土間から居間に上がると、そこにいるのは綾駒さんだ。

 綾駒さんは、制服の上にモスグリーンのエプロンをしている。

 そのエプロンは、あちこちに、塗料のようなものが飛び散っていた。


 綾駒さん、壁際のチェストの上に、フィギュアを並べてたみたいだ。

 どれもアニメやゲームの女の子のフィギュアで、一つ一つ丁寧に作り込まれている。


「これ、全部綾駒さんが作ったの?」

「うん、全部私が作ったんだよ。ガレージキットのもあるし、フルスクラッチのもあるし、キャラも、私のオリジナルのとかもあるし」

 そこに並んだ30体くらいのフィギュアだけで、綾駒さんの造形能力の高さが分かった。

 ゴスロリのキャラなんて、フリルのレースが、本物みたいに全部穴が空いている細かさだった。


 居間には、フィギュアの他に、デザインナイフやスパチュラ、ヤスリやエアブラシなんかの道具や、ファンドやレジン、型取り用のシリコンなんかの材料も、段ボール箱10箱分くらい運び込まれている。


「部長が好きな幼女キャラって、どれ?」

 並んだフィギュアを見ながら綾駒さんが訊いた。

 なんで、幼女キャラ限定なんだ……


 僕と綾駒さんとそんなふうに話してたら、バチンと音がして、部屋の中が暗くなる。

 ブレーカーが落ちて、蛍光灯が消えた。


「きゃ!」

 びっくりした綾駒さんが、僕に抱きついてくる。

 僕の胸になんか大きなものが当たってるけど、これは不可抗力ふかこうりょくだ。


「どうしたんだろう?」

「奥の部屋で、千木良ちゃんがなにかやってたみたいだけど」

 僕は、すぐに千木良を見にいった。



「もう! やっぱり、ここの電力は貧弱すぎるのよ」

 奥の六畳間では、千木良がパソコンのセッティングをしているところだった。


 机の上に、アームで3面のディスプレイを広げていて、床に置いた千木良の肩の高さくらいある大きなパソコンの接続を試していたらしい。


「これ、ディープラーニング用にグラボのTITAN Xを4枚差しで、電源も2000ワットの積んでるから、耐えられなかったのね」

 千木良が肩をすくめた。


 この六畳間には、他にもデスクトップパソコンが3台、ノートパソコンが3台あった。プリンターやスキャナー、ハードディスク、ハブやスイッチ、ルーター、UPSなんかが並んでいて、床が見えなくなるくらいの配線がっている。


「春でこれだと、冷却のために冷房をガンガン使う夏は到底耐えられないわね。ママの会社に頼んで電気工事するけどいい? それと、高速インターネットも入れるけど」

「はい、お願いします」

 思わず敬語で言ってしまった。

 僕は、Wi-Fiの接続にも手間取るくらいの機械音痴だし、こっちは千木良に全面的に任せるしかない。


 部屋には、コンピュータ関係の機材の他に、千木良が持ち込んだ数箱の軽い段ボール箱が積まれていた。

 なにかと思って箱を開けたら、中にスナック菓子が入っている。


「これ、なに?」

 僕は千木良に訊いた。

「なにって、キャベツ太郎に決まってるじゃない!」

 決まってるのか。


 数箱の段ボール箱、全部にキャベツ太郎が詰まっている。


「千木良、キャベツ太郎好きなの?」

「あたりまえでしょ! キャベツ太郎は、思考のみなもとよ。これを食べると、次々に素敵なコードが浮かんでくるわ。これはまさに、奇跡のお菓子だわ」

「はあ」

 天才の考えることは凡人には理解できない。


 確かに、キャベツ太郎、おいしいけど……



「ちょっと、あなたたち、電気消えたけど大丈夫のなの?」

 今の騒ぎで、隣の八畳間にいた顧問のうらら子先生がふすまを開けて出てきた。


「はい、ブレーカーが落ちちゃったみたい……で……」

 僕は、部屋から出て来た先生を見て、言葉を失う。


 失って当然だった。


 なぜなら、うらら子先生、セーラー服を着ていたのだ。


 それも、おへそとか、下乳したちち的なものが見えそうなセーラー服を。


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