第12話 お茶の時間

「先生、そのセーラー服、どうしたんですか?」

 うらら子先生は、紺の地に赤いラインが入ったセーラー服を着ている。

 おへそとか、下乳したちち的なものが見えそうで、目のやり場に困った。

 仮にもここは部室で、先生は先生だ。


「何を言ってるの西脇君! これはセーラー服じゃないわ。キルラ○ルの神衣かむい鮮血せんけつよ。荷物を整理してたら昔作った衣装が出てきて、懐かしくなって、着てみたの」

 先生がプリーツスカートの裾を引っ張って言う。


「あ、はい……」

 懐かしくなると着るのか。


「どう? 似合う?」

 僕の前で一回転する先生。

 うらら子先生は、普段ぴっちりと詰めている髪を、ここでは解いていた。


「はい、とっても」

 高二の男子に、年上の女性のセーラー服姿は刺激が強すぎる。

 立っているのも困難なくらいのダメージを食らってたけど、どうにか致命傷ちめいしょうで済んだ。



 うらら子先生、こういうキャラだったのか。



 先生がいる八畳間は、昨日とまったく様子が変わっていた。

 壁に沿ってずらっとハンガーが掛けてあって、そこに服が吊されている。

 壁に掛かってるだけじゃない。部屋にはハンガーラックが数台並べてあって、そこにも服がぎっしりと吊してあった。


 しかも、それらの服は、どう見ても普通の服じゃなかった。


「先生、これ、なんですか?」

「うん、私が今まで作ったキャラクターの衣装だよ。うちの一人暮らしの狭いマンションだと、もう、入りきらなくなっちゃったから、こっちに持ってきちゃった」

 先生は、そう言って舌を出す。


 他にも、衣類が詰まった衣装ケースが何箱も置いてあった。

 小道具らしき魔法の杖とか、銃とかが詰まった段ボール箱もある。

 先生は、相当昔からコスプレしてる、筋金入りのコスプレイヤーらしい。


 だけど、いくら自分の部屋に入りきらないからって、それを「部室」に持ってくるのは、公私混同こうしこんどうだと思う(元々、顧問になるのは名前を貸すだけって言ってたのに)。


 先生は、僕が考えてることを感じ取ったのか、

「あなたたちが作る『彼女』の服は、私が作ってあげるから。これ全部、私が作った服だし、裁縫さいほうは得意なの。そうだ、『卒業までに彼女作る部』のユニフォームも作ろうよ。先生、作るよ」

 そんなふうに言い訳をした。


 確かに、先生はこの部屋にミシンや裁縫道具も持ち込んでいる。

「ねっ、だから、ちょっと置かせてね」

 先生が小首をかしげて頼んだ。

 ちょっとどころじゃないと思うけど……


 でも、セーラー服を着たうらら子先生に可愛く頼まれたら、断ることなんて絶対に出来ない。



 僕もジャージに着替えて、みんなの荷物の運び込みや、整理を手伝った。

 何もなかったときは広く感じたこの「部室」が、荷物が入ると、急に狭くなったように見える。

 いろんなものが詰まっていて、まるで、ここはおもちゃ箱だ。

 僕たちの「彼女」が生まれる、ここは、夢のおもちゃ箱になると思う。



 荷物の整理が大体終わって一休みしようと思った頃、台所のほうから、なんだかいい香りが漂ってきた。


「はい、みんな、ケーキ焼けましたよー」

 台所から、朝比奈さんが顔を出す。


 朝比奈さんがケーキを焼いてくれたってことだけでお腹一杯なのに、僕は、その服装に驚愕きょうがくした。


 朝比奈さん、メイド服を着ているのだ。


 いわゆるヴィクトリアンメイド風で、青いワンピースに、フリルがついた白いエプロン。頭には、同じく、フリルがついたヘッドドレスをつけている。


「朝比奈さん、やっぱり似合うね。かわいい」

 うらら子先生が、朝比奈さんのメイド服の襟を直してあげた。


「先生の衣装ですか?」

「うん、これは、まほ○まてぃっくの、まほ○の衣装ね」


 うらら子先生、GJ。


 カワイイカワイイ言いながら、綾駒さんが朝比奈さんにべたべたする。

 これからもいろんな服を朝比奈さんに貸してあげてくださいって、僕は先生に念を送っておいた。


「私は、みんなみたいに出来ることないから、台所の整理をしながらケーキ焼いてみたんだよ。みんな、お疲れさまでした」

 朝比奈さんが、ケーキを持って微笑む。


 美人で勉強が出来て、性格が良くて、ケーキが焼ける上に、メイド服の着用もこばまない(ここ大事)。


 朝比奈さん、天使か。



 居間の真ん中にちゃぶ台を置いた。

 この丸いちゃぶ台は、元々ここの押し入れにあったものだ。

 ほどよく古びて味があるちゃぶ台を、みんなで囲んだ。


 僕の両隣には、朝比奈さんと綾駒さんが座った。

 千木良は、当然のように僕のふところに潜り込んで座る。

 もう突っ込むのも面倒だから、僕は千木良を抱っこしたままにした。


 朝比奈さんが焼いたのは、苺のシフォンケーキだ。

 生クリームと、瑞々みずみずしい苺がえてあって、ケーキ自体にも苺が練り込んであるから、ほのかにピンク色をしている。



「いただきます!」

 林の中で、優雅なお茶の時間になった。

 玄関と居間の窓を開けておくと風が通って、森林浴してるみたいに気持ちいい。


「ところで、部長の机は、どこに置けばいいのかな?」

 僕は、ケーキを食べながら訊いた。


 玄関の土間は柏原さんの工具類、居間はこうしてみんなで集まる場所と、綾駒さんのフィギュアと道具類。六畳間は千木良のコンピュータルームで、八畳間はうらら子先生の衣装で占領されている。


「そうだな、縁側えんがわでいいんじゃないか」柏原さんが言った。

「うん、縁側ね」うらら子先生が言う。

「縁側でしょ」と、千木良。

「縁側で我慢してもらうしか」綾駒さんが、すまなそうに言う。

「縁側、ぽかぽかで気持ちよさそうですね」朝比奈さんが笑顔で言った。


「そんなぁ。縁側、長細いし、トイレへの通路だし、やだなぁ」


「えっ、あんた、外がいいの?」

 千木良が訊いた。


「いえ、縁側でいいです」

 僕が慌てて言ったら、みんなが笑う。



 こんなふうに、女子達とお茶しながら何気ない話をするのは、すごく、楽しかった。

 気の置けない男友達と駄弁だべってるのもいいけど、女子との会話にはドキドキがある。

 彼女がいるヤツは、毎日、こんな楽しいことをしてるんだろうか?

 毎日がこんなにドキドキにあふれているのか。 

 そうか、だから彼女がいるヤツは、あんなに生き生きとしていて、余裕があるのかもしれない。


 みんなとお茶しながら、僕も、彼女が出来たら絶対に二人でこんなふうにゆっくりとお茶するって決めた。



「あれ、西脇君、苺、食べないの? もらっちゃうよ」

 隣に座る朝比奈さんが、僕の皿から苺を奪って、ぱくって一口で食べる。


 食べないっていうか、残しておいたのに……


「嘘、嘘、ごめんね。私の苺、食べて」

 そう言って、自分のお皿を差し出す朝比奈さん。


 朝比奈さんのお茶目っぷりに、意識が遠のく。


 薄ゆく意識の中で、彼女が出来たら絶対に二人でこんなふうにゆっくりとお茶するって決めた(二回目)。

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