第10話 船出の林
我が母校、
学校創設者の一人で、小説家の
林の木々の囲まれていて、灯りもなく真っ暗だから、なにか出そうな雰囲気はあるし、実際に見たという生徒もたくさんいる。
「さあ、ここが『卒業までに彼女作る部』の部室よ」
顧問の佐々うらら子先生が言った。
「ここが、ですか?」
「そう。部室棟は、文化部も運動部も空きがなくて、今のところ増築する予定もないから、新設の我が部は、とりあえずここを使うことになったの」
先生はそう言って、玄関を
「
「隔離されたようね」
「隔離されたみたいね」
「隔離されたのか」
「すっごっく、カワイイお
朝比奈さん以外の部員全員が、状況を正しく
最低人数と顧問の先生を
順調だった裏には、こういう
確かにここなら人目に付かないし、この部活がひっそりと消滅してたって、誰も気にしないだろう。
「とりあえず、入ってみましょうか」
先生が玄関のガラス戸の鍵を開けた。
レールとくっついていそうな重いガラス戸を引くと、中からカビ臭いが漂ってくる。
しばらく開けられてなかったみたいで、空気がよどんでいた。
雨戸が閉まってて真っ暗だから、先生が玄関の灯りをつける。
かろうじて電気は来てるらしい。
玄関を入ると広い土間があって、その奥が十畳くらいの居間。
右側に台所。台所の奥には風呂場がある。
左側には八畳と六畳くらいの二間があって、
「部室っていうか、田舎のひいおばあちゃんちって感じだね」
室内を見渡して綾駒さんが言う。
確かに、縁側でおばあちゃんが日なたぼっこしてたらぴったりの雰囲気だ。
「お庭に、お花とか植えたら素敵でしょうね」
朝比奈さんは雑草に覆われた庭を見ていた。
なんか、朝比奈さんのキャラが、段々分かってきた気がする。
「さあ、それじゃあ、掃除して、ここを使えるようにしましょう!」
うらら子先生が、スーツのジャケットを脱いで腕まくりした。
「えー」
千木良がほっぺたを
「千木良さん。千木良里緒奈さん。私は担任教師としてあなたのご両親にくれぐれもお願いしますって頼まれているの。わがままに育てたので、厳しめにしつけて結構ですって、許可されてるから、承知しておいて」
先生が、その切れ長の目で千木良を見下ろした。
千木良、
僕達は制服から学校指定のジャージに着替えた(二年は紺色で、千木良の一年は
まずは雨戸を開けて、全部の窓を開け放って、空気の入れ換えをした。
はたきをかけると、目の前が
マスクとゴーグルの完全武装で埃を落として、ほうきで掃き出した。
造りが古いから、180㎝以上ある柏原さんは、何度も
掃き掃除を終えて雑巾がけしたら、台所と風呂、トイレを、分担して片付けた。
台所にはガス台の他に、
タイル張りの風呂は湯船が狭かったけど、ちゃんとシャワーもあって思いのほか清潔だった。
「キャーーーーーーーーーー!」
僕が風呂掃除をしてたら、トイレのほうから千木良の叫び声が聞こえる。
何事かと、先生と他の部員がトイレに急いだ。
「トイレが、トイレが壊れてる!」
千木良が便器を指して目を丸くしていた。
「いえ、千木良さん、これ和式だから」
うらら子先生が冷静に言う。
「わ・し・き?」
千木良が、首をかしげた。
千木良、こんなトイレ見たことなかったらしい。
「そうだ千木良、こうやってするんだ」
柏原さんがそれにまたがった。
柏原さん、実演しなくていいです。
千木良にとってこの家は、古代の遺跡くらいに見えてるのかもしれない。
建物自体はしっかりしていて、掃除をしたら見違えるようになった。
先生が学校に掛け合って古い畳を入れ替えてくれて、新しくなった畳からは良い匂いがする。
僕達が掃除してる間にガス屋さんも来て、ガスコンロや風呂のガス
「これで、シャワーも浴びられるし、お風呂にも入れるね」
僕がピカピカに磨いた風呂場を見て、綾駒さんが言う。
「僕は、オイルまみれになることもあるから、それは助かる」
柏原さんも嬉しそうだ。
「でもここ、昔の家で脱衣所がなくて、居間からすぐに脱衣所だから、みんな、気をつけなさい」
うらら子先生が注意した。
もっ、もしかしてこれはフラグか?
僕がいることに気付かずに風呂場から出て来た女子と、居間でかち合うっていう、ラッキースケベのフラグなのか?
「あとで、パーティションみたいなの付けましょう」
僕を見ながら先生が言った。
部長としては、部の予算をそんな無駄なことに投資したくないんだけど。
「コップとか食器とか、買い出しに行かないといけないし、まだまだたくさんすることがあるね」
僕達は、分担して買い出しに行くことになった。
「そうだ、連絡取りやすいように、グループ作っておきましょう」
先生が提案して、メッセージアプリで、「卒業までに彼女作る部」グループを作る。
「ついでだから、メアドと電話番号も教え合おうよ」
スマホを操作しながら綾駒さんが言った。
「えっ、いいの?」
電話番号、って、あの、電話番号?
「あれ? もしかして、西脇君って、女子の電話番号とか、登録するの初めて?」
朝比奈さんが笑顔で訊いた。
朝比奈さん、天使のような顔で、僕のコアを激しくえぐらないでください。
「私も、男子の電話番号を入れるの、西脇君が初めてだよ」
「えっ?」
解ってる。
朝比奈さんの場合、今まで彼女に電話番号を聞こうなんて勇気がある奴がいなかっただけってことは、十分理解している。
だけど、朝比奈さんの初めてになれたことは、素直に嬉しい。
みんなから教えてもらった番号が入ったこのスマートフォン、僕、家宝にします。
そのあと、三日かけて部室を使えるようにして、最後に、玄関の脇に「卒業までに彼女作る部」って、木の看板を取り付けた。
国語科のうらら子先生が筆で書いてくれた黒い文字は、力強くて綺麗だ。
「それじゃあ、部室の前で写真を撮りましょうか?」
先生が玄関の前に三脚を立ててカメラを据える。
うらら子先生、名前を貸すだけとか言ってたくせに、掃除を手伝ってくれたり、色々手配してくれたり、看板書いてくれたり、こうして写真を撮ってくれたり。
やっぱり、僕が抱いていたイメージは
僕が、端っこに並んでたら、
「西脇君が端っこでどうするの!」
って、綾駒さんに引っ張られて真ん中に連れて行かれた。
僕は、千木良を抱っこして、右に朝比奈さん、左に綾駒さん。後ろに柏原さんとうらら子先生で、女子達に囲まれて写真を撮る。
「はい、チーズ!」
撮った写真は、早速スマホの壁紙にした。
ここから、我が「卒業までに彼女作る部」の伝説が始まると思うと、わくわくが止まらない。
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