第9話 ダージリンティー

「あれが、佐々うらら子先生?」

 柱のかげから見るその人のお尻が、まぶしかった。



 その女性は、裾に複雑な刺繍ししゅうが入った、黒いワンピースを着ていた。

 スカート部分の深いスリットでお尻が見えるのと、大胆に胸元が開いて谷間が見えるから、ドキドキする。

 銀色の髪で目を黒いマスクで隠してるし、たぶん、某ゲームの戦闘型アンドロイド、2ピーのコスプレをしてるんだと思う。


「確かに、背格好せかっこうは同じだし、雰囲気あるけど、本当にうらら子先生か? 目が隠れてるから、よく分からないな」

 柏原さんが言った。

「間違いない、うらら子先生だよ」

 綾駒さんが自信ありげに言う。



 日曜日、僕達「卒業までに彼女作る部」のメンバーは、とある雑居ビルのワンフロアで行われている、某ゲームオンリーの同人誌即売会に来ている。

 その、コスプレーヤーの撮影エリアでポーズを取る一人の女性を、柱の陰から見ていた。


 綾駒さんによると、その女性が、我が校の教師、佐々うらら子先生ってことなんだけど、本当だろうか?



「私、ワンフェスにディーラーとして参加してるでしょ? その時、会場で先生を見掛けたの。生徒の補導でもするために来たのかなって思ってたら、更衣室に行って着替える先生がいて、びっくりしちゃって。うらら子先生、しばらくしたらコスプレして出てくるんだもん。その時の先生のコスプレは、FG○の源頼光だったけど」

 綾駒さんが、先生のコスプレーヤーとしてのTwitterアカウントを見付けて、その情報によると、今日、先生はこの即売会に来るって告知されていた。

 だから僕達は駆け付けたのだ。


 みんな私服で、柏原さんはグリーンのブルゾンに黒いショートパンツ。

 綾駒さんはピンクのセーターに丸襟のシャツ、紺のプリーツスカート。

 千木良はミントグリーンのワンピースにカンカン帽。

 朝比奈さんは、レモンイエローのカーディガンに、花柄のフレアスカートをはいている。


 

 会場内はまあまあ混んでいて、コスプレーヤーの撮影エリアも盛況せいきょうだった。

 うらら子先生とされる人も、二、三人からカメラを向けられている。


 あの、堅物のうらら子先生が、こんな趣味を持ってるって、イメージと全然違った。

 生徒はおろか、他の先生達からも恐れられるような厳しい先生だし、マンガとかアニメ、ゲームには興味ないと思っていた。

 興味ないどころか、否定してるんだと思ってた。

 それが、コスプレするくらいのめり込んでるとか、考えられない。


 でもそれは、僕の偏見へんけんだったのかもしれない。

 もし、あの人がホントにうらら子先生なら、ノリノリでキャラクターになりきってるし、すごく楽しそうだ。

 写真を撮りたいってお願いする人達にも、笑顔で応じている。


 もしかしたら、これが、うらら子先生の本当の姿なのかもしれない。



「どうする?」

 本当は、こんなふうにコスプレしている先生の前に出てって、びっくりさせて、コスプレしてることを他の生徒や先生にバラされたくなかったら、顧問になってくださいって、脅迫きょうはくまがいのことをするつもりだったんだけど、実際に先生を見たら、そんな気持ちはえてしまった。


 以前、うらら子先生には、勧誘のチラシをゴミって言われて取り上げられたこともあったから、昨日までは仕返ししてやるって意気込んでのに、こんなに楽しそうにしている先生を見たら、そんなことするの悪い気がした。


 毎日、僕達のような生徒相手に気を張ってる先生が、休日、こんなふうに好きなことして発散してるのを邪魔するのは、ひどいって気がする。


 それは、他の部員も同じ思いだった。


 うらら子先生は千木良の担任だから、千木良も「担任の弱みを握れるわね」とか言ってはずが、今は、しおらしい顔をしている。




「先生に、素直に『顧問になってください』ってお願いしたらどうかな」

 朝比奈さんが言う。


「いや、断られておしまいだろう」

 柏原さんが首を振った。


「そうかなぁ、一生懸命お願いすれば、聞いてくださると思うのだけれど」

 朝比奈さんが食い下がる。

 いや、お願いしますって言って、「はい」って引き受けてくれるのは、朝比奈さんくらいだと思う。




「それじゃあ、ちょっと早いけどお昼ご飯でも食べない? そこで、作戦をり直そう」

 綾駒さんの提案に部員も賛同して、会場を出た。


「ねえ、つかれた。抱っこ」

 千木良が僕に手を伸ばすから、仕方なく抱っこする。



「あれ? 朝比奈さんは?」

 エレベーターに乗って、ドアを閉めるボタンを押そうとしたら、朝比奈さんがいなない。



 急いで会場に戻ると、朝比奈さん、2ピーのコスプレの先生に、話しかけていた。

 二人で、何やら話し込んでいる。


「みんなー、先生、受けてくださるってー」

 僕たちを見つけて、朝比奈さんがこっちに手を振った。



 恐る恐る近づくと、先生は目を隠していたマスクを外している。

 先生の切れ長の目元が見えた。

 やっぱり、その人は本当に佐々うらら子先生だ。



「先生、いいんですか?」

 僕は、先生の目が見られなかった。

 怒鳴られるのを覚悟する。


「いいもなにも、こんなところまで押しかけられたら、受けるしかないじゃない。それに、朝比奈さんが熱心に頼むし」

 うらら子先生、この衣装のままだと、怒るに怒れないって感じだった。

 結局、この秘密をたてに取るみたいな形になってしまう。


「でも、名前を貸すだけですからね。私はあなた達の指導なんてしてあげられないし」

「それはもちろん、顧問に就いてくださるだけで十分です!」

 僕は、深く頭を下げた。

 「卒業までに彼女作る部」が、部として認められて部室がもらえれば、それ以上、望むものはない。


「それと、私がこうしてコスプレしていることは内緒だよ。うるさい先生もいるから」

「分かってます。秘密は墓場まで持っていきます」

 僕が言うと、先生はやれやれって感じで、銀色の頭を掻いた。


 うらら子先生からも良い匂いがして、それは、ダージリンティーみたいな香りだ。


「だけど先生、すごく綺麗だし、この衣装似合ってます」

 近くでみると、より、ドキドキした。

 柔らかそうな胸とか、大胆なスカートのスリットとか、正視せいしできない。


「そっ、そう?」

 先生の頬が緩んだ。

「はい、先生の頼光のコスプレも、見たかったです」

 僕が言うと、綾駒さんと柏原さんさんが、僕のことをジト目で見た。


「まったく、君は、よくそうやって、面と向かって綺麗だとか恥ずかしげもなく言えるよな」

 柏原さんがため息を吐く。


「これが、朝比奈さんを仕留めたわざで、しかも本人は気付いてない天然だから困る」

 綾駒さんが肩をすくめた。


 一体、なんのことだろう。





 翌日の月曜日、うらら子先生は約束通り顧問を引き受けてくれて、届け出書類を書いた。


「でもこの、『卒業までに彼女作る部』っていう名称は、変えた方がいいと思うわ。それだと、他の先生方もこころよく思わないでしょうし」

 先生に指摘される。


 愛着がある名前だけど、正式に部活として認められることが第一だから、そっちを優先して、部の名前は妥協だきょうすることにした。


「それじゃあ、どんな名前にしましょうか?」


「この部活は、オープン・パートナー・プロジェクトAI、OPP AIでアンドロイドを作る部活なんだから、『OPPAI部』は、どうかしら」

 うらら子先生が提案して、僕達はそれを受け入れた。


「それじゃあ、『OPPAI部』で申請しておくわね」



 だけど、なぜか「OPPAI部」って名称は他の先生方の評判が悪かったらしくて、結局、「卒業までに彼女作る部」のまま許可された。

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