第3話 バニラビーンズ

 「卒業までに彼女作る部」、記念すべき入部希望者第一号は女子だった。


 同じ二年の綾駒あやこまゆいさん。

 僕とクラスは違って、確か2年C組の女子だったと思う。


 僕と綾駒さん、二人しかいない放課後の教室で、僕達は向かい合わせに机についた。

「えっと、ここは、『卒業までに彼女作る部』の入部受付なんだけど」

 こんなふうに女子と面と向かうと、ちょっと緊張する(ホントはかなり緊張している)。


「もちろん、知ってるよ!」

 綾駒さんは前に乗り出して僕に顔を近付けてきた。


 綾駒さんからは、バニラビーンズみたいな甘い香りがした。

 食べちゃいたいような、美味しそうな匂いだ。


 女子って、なんでこんなにいい匂いがするんだろう?

 むさ苦しい男とは全然違う。

 それにこれは、ただ香水をつけただけの匂いとも違った。

 女子には、元からいい匂いが備わってるんじゃないかって思う。


 そうだ、これもちゃんと研究して、僕が作る「彼女」にも、こんな良い香りをつけようって決めた。



「もちろん、ここが『卒業までに彼女作る部』って知ってるよ。私は『卒業までに彼女作る部』に入部したくてここに来たんだもん!」

 綾駒さんは、吐息といきが掛かるくらいまで僕に顔を近づけてきた。


 内巻きカールでショートボブの綾駒さん。

 少し目尻が下がった優しそうな目元。

 笑窪えくぼがある口元。

 白い肌で、うっすらとチークを塗ったみたいにほっぺたがピンクになっている。

 胸にすごく立派なものを二つ持っていて、僕に顔を寄せて前屈みになったこの姿勢だと、その二つが机に乗ってしまうくらい大きかった。

 制服のブラウスのボタンがはじけ飛びそうになっている。


「女子は、この部に入ったら駄目だめなの?」

 顔を近付けたまま綾駒さんが訊いた。


「えっと、そういうわけじゃないけど……」

 ってゆうか、駄目とかそれ以前に、女子が入部するなんて考えもしなかった。


 全然、想定外だったのだ。



「私、カワイイ女の子が大好きだから」

 僕が返事に困っていると、綾駒さんが、突然そんなこと言い出した。


 一体、なんのカミングアウトだよ。

 それに、カワイイ女の子が好きって言うけど、お前だってカワイイよ。


 おまかわだよ!


「アイドルとか、可愛い女の子が出てくるアニメとか大好きなの。グッズとか集めてるし、女の子のキャラのフィギュアも作ってるし」

 なんだ、そういうことか。


「それで、既製品きせいひんだと物足りなくなって、好きなキャラのフィギュア作って、ディーラーとしてワンフェスとかにも参加するようにもなったんだけど、最近、OPP AIのアンドロイドにも興味を持ってて、作ってみたいって思ってたの。そしたら、ちょうど西脇君がこの部活を立ち上げるってポスターを見て知って、絶対、入りたいなって」

 綾駒さん、目をキラキラさせている。

 本当に好きなものを語るときの目だった。


「綾駒さん、フィギュア、作れるの?」

「うん、作れるよ!」


 すごい。造形が出来る人って尊敬する。

 それに、ワンフェスにディーラーとして参加してるなんて、ガチの人だ。

 僕達が作る彼女の、顔や体なんかの外面の部分は、綾駒さんに任せられるかもしれない。即戦力になってくれるかもしれない。

 僕、美術のセンス、ゼロだし。


「私、AIのこととか分かんないし、中の機械部分とか作れないし、あきらめてたんだけど、ここならみんなと協力して、それも出来るかなって思って」

 一人一人の力を持ち寄って彼女を作る、我が「卒業までに彼女作る部」の理念にも、ぴったりの人だ。


「もう絶対に入りたいって思って、それでさっき、今まで入ってた美術部を退部してきたの!」

 綾駒さんが、嬉しそうに言った。


「えっ? 辞めて来たの?」

「はい!」

 見た目おっとりしてるのに、すごい行動力だ。


「ホントに?」

「うん」

 綾駒さんが大きく頷いて、その胸が揺れた。


 ちょっと待って、辞めちゃって大丈夫なんだろうか?

 自分が立ち上げようとしてる部活だから、絶対に後悔させない自信はあるけど、責任も感じてしまう。


「大丈夫。私、自分の意思で決めたんだから。本当にやりたいことが見つかって、わくわくしてるんだから」

 綾駒さんは、僕の心を見透かしたように言った。


 そこまで覚悟してて、本気で彼女作りたいって思ってる綾駒さんなら、もう、断る理由がない。


「それじゃあ、お願いします。一緒に『彼女』を作ろう」

 僕が握手のための右手を差し出すと、綾駒さんは両手で僕の手を握ってくれた。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 綾駒さんの手は、温かくて柔らかい。


 彼女と手を繋ぐって、きっと、こんな感じなんだって思った。


 彼女がいる奴は、いつもこんな感触を味わってるのか。

 学校帰りに手を繋ぎながら帰るカップルとか時々見るけど、こんなふうにお互いの手から幸せを送りあってるに違いない。

 だから手を繋いでるカップルって、あんなに幸せそうなんだ。


 よし、絶対に彼女作ってやる。

 僕は、彼女を作りたいっていう想いを新たにした。

 綾駒さんの手を握りながら、誓う。


 トントン


 そうやってボクと綾駒さんが手を取り合っていると、また、教室のドアがノックされる。


 もしかして、入部希望者なのか?

 一人来たと思ったら、立て続けにもう一人。

 綾駒さんが来てくれたことで、何か扉が開かれたのかもしれない。



 僕は綾駒さんと手を離した。

 椅子に座り直して、姿勢を正す。


「どうぞ」

 僕が応えると、ゆっくりドアが開いた。

 今度はもちろん、男子部員なんだろう、そう思ってドアの外を見ると……


「ここが、『卒業までに彼女作る部』の受付なの?」

 ドアの外に立っていたのは、女の子だった。


 それも小学生くらいの女の子だ。


 背が低い、ツインテールの女の子がそこに立っている。

 断っておくと、うちの高校には初等部とか中等部はない。

 普通、校内を小学生がうろうろしてることはあり得ない。


「私、この部に入りたいんだけど」

 女の子が言う。


 いや待て、これは一体、どういうことなんだ?

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