第4話 苺シロップ

「私、この部に入りたいんだけど」

 教室のドアを開けて入ってきたのは、小学生くらいの女の子だった。


 だけど、なんかおかしい。


 その女の子は、どう見ても小学生くらいなのに、うちの高校の制服を着ているのだ。

 紺のブレザーに、同じ色のスカート、紺のハイソックス。

 ブレザーに付いているエンブレムも、間違いなく、うちの高校のものだった。


 その女の子が、僕に向かってツカツカと歩いて来る。

 身長は140㎝くらいだろうか。

 その子が椅子に座っている僕の前で立ち止まると、目の高さが同じくらいになった。


「私は、千木良ちぎら里緒奈りおな。この部活に入ってあげてもいいって、言ってるんだけど」

 千木良と名乗るその女の子は、僕の前で苛々いらいらしたように腕組みする。



「あっ! 千木良さんて、飛び級で入ってきた一年生?」

 綾駒さんが訊いた。


「ええ、そうよ。さすが、私の名声は庶民しょみん達にも知れ渡ってるようね」

 千木良という女の子は、そう言って高笑いする。

 ってか、庶民達って……



 そういえば、話題になっていた。


 新年度、我が校に飛び級の生徒が入って来るって、ちょっと前、学校中の噂だったっけ。

 本当ならまだ小学校五年生の生徒が来るって話だったけど、それが彼女らしい。


「どう? 私が入れば、この部の格も上がるってものでしょ?」

 千木良って子が当然のように言った。


 意思の強そうな目に、小さな鼻、ぷにぷにのほっぺ。

 光が当たると茶色く見える長い髪を、ツインテールにして、赤いリボンで結んでいる。

 制服は一番小さいサイズのを着てるんだろうけど、それでもまだ大きくて、着せられてる感があった。



「それでその、千木良さんも『彼女』作りたいの?」

 僕は訊いた(生意気だし、ホントは千木良って呼び捨てにしたかったけど、僕は上級生だし大人だからをつけた)。

 我が「卒業までに彼女作る部」に入りたいってここに来たからには、当然、それを作るつもりだろうし。


「私は『彼女』とかには興味はないわ。私が興味を持ってるのは、OPP AIのことよ。私は、一人でずっとAIの研究をしていたの。今のこの機械学習とかAIブームの前から、ずっとこのテーマには注目していたわ。だけど、研究を続けるにつれて、AIには身体性が不可欠なことが分かったの。人間は、人体という箱に縛られているからこそ、その人間性を持ちうるって結論に達したのよ。だから、ただコンピューターの中で試行錯誤するより、アンドロイドとして体の制約を持たせれば、私のAIも、もっともっと人間性を持ちうるって考えたの」

 千木良はすらすらと語った。


「なるほど」

 うう、分かったような、分からないような……


「千木良ちゃんみたいな天才に入ってもらえば、きっとすごいAIが出来るんじゃない?」

 綾駒さんが目を輝かせた。


 天才、確かに、飛び級で中学を吹っ飛ばして高校に入るくらいなんだから、天才なんだろう。

 それに、千木良に入ってもらえば、「彼女」の頭脳であるAI関係のことは、任せられるかもしれない。

 僕、パソコンとか苦手だし。AIとか、プログラミングの知識とか、ゼロだし。



「それじゃあ、部員として迎えよう」

 僕は、握手のために手を差し出す。


「ま、当然よね。あなた、良い判断よ」

 千木良は腕組みを解いて握手に応じた。


 その手は、小さくて冷たい。

 少し力を入れたら、折れてしまいそうだった。


 そして、少しだけ震えている。


 生意気な口ぶりだけど、本当は初めての場所に来て、初対面の僕らと話して、ちょっと怖いのかもしれない。

 それはそうだろう。

 僕だって、新学期になって新しいクラスになるのとか、ちょっと緊張するんだから、本来なら小学校五年生の千木良が緊張するのも無理はない。


「それで、彼女が綾駒あやこまゆいさん」

 僕は、千木良に部員第一号の綾駒さんを紹介する。


「千木良ちゃん、よろしくね」

 綾駒さんは、握手のための手を差し出すのかと思ったら、

「カワイイーーー!」

 そう言うなり、千木良に抱きついた。

 カワイイ、カワイイ、って連発しながら、抱きしめてほっぺたすりすりしている。

 カワイイ女の子大好きの綾駒さんとしては、我慢できなかったらしい。

 生意気な美少女に、すっかり萌え殺されていた。


「ちょ、ちょっと、なにするのよ!」

 千木良が逃げようとするけど、綾駒さんの腕と、その立派な胸に挟まれて、身動きとれない(ちょっと、うらやましかった)。


 綾駒さんの熱烈な新人歓迎は、その後、五分は続いた。



「それじゃあ、二人とも入部届を書いて」

 僕は、綾駒さんと千木良に用紙を渡す。


 綾駒さんはすぐに書き始めたけど、千木良は机を前に、なんだか戸惑ってるみたいだった。


「ああ、千木良さん、机が高すぎるのか」

 高校生用の机は、本来なら小学生の千木良には、全然サイズが合っていない。


「クッションか座布団ざぶとん、探してこようか?」

「いいわ、私は、ここで書くから」

 千木良はそう言うと、普通に僕に近づいてきて、僕の膝の上に、ちょこんと座った。


「ちょ、ちょっと、千木良さん」

 僕は、千木良を抱っこする形になる。


「動かないでよ。動くと上手く書けないし」

 千木良は僕の膝に座ったまま、机に向かって入部届を書き始める。


 僕は椅子か……


 一応、僕は一学年上の先輩だし、年齢的にも、6歳くらい上なんだけど。


「ほら、落ちちゃうから、ちゃんと手で支えなさい」

 千木良が言うから、僕は、彼女の腰に手を回して、僕の膝から落ちないように支えた。

 そうすると、本当に僕が千木良を後ろから抱きしめてるみたいになる。


 女子を後ろから抱きしめるこの形って、僕が彼女が出来たらやってみたかったことの一つだ。

 いつか、僕の彼女になってくれた女子を、こんなふうに後ろから包んでみたいって思ってた。


 千木良は僕の膝の上に座って、足をぷらぷらさせながら入部届を書く。

 綾駒さんと違って、千木良からは、かき氷にかけるいちごシロップみたいな香りがした。


 やっぱり、女子はいい匂いがするものらしい。



 トントン



 二人が入部届を書いていると、また、教室のドアがノックされた。


 ドアの磨りガラスに写るシルエットは背が高くて、身長180以上あるし、髪も短い。

 今度こそ、今度こそ、男子部員候補だ!


「こんちはー、僕もこの部に入りたいんだけど」


 しかし、入って来たのは背が高いショートカットの女子だった。


 おまけに、ボクっ娘だった。

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