第2話 それはゴミなんかじゃない

 その日から僕は、さっそく行動に出た。


 まず、生徒会の規則を読み込んで、部活を新設するのに必要な手続きを調べた。


 我が校では、部活を新設するには最低五人の部員が必要で、顧問の先生を一人置くことが義務付けられていた。


 部として認められれば、部室がもらえて、部員数や実績に応じた部費も支給される。

 部員が五人に満たない場合は、同好会扱いになって、部室や部費はもらえないけど、部室棟の多目的室が使えて、申請を出せば放課後の教室やグランドの一部が使えることになっていた。


 部室や部費が欲しいのもあるけど、OPP AIで彼女を作るには機械の組み立てとか、AIのプログラミングとかで人手が必要だし、やっぱり最低人数の5人くらいはいたほうがいいと思う。


 僕は、まず最低限の部員5人を集めるのを目標にした。



 腐れ縁の雅史や、部活に入ってない他の友達に声を掛けたけど、みんなに断られてしまう。


「めんどくせー」

 とか、言われたり、

「まあ頑張れ」

 って、鼻で笑われた。


 雅史なんて、

「おまえは、普段ぼーっとしてるのに、時々変なこと思い付くよな」

 とか言って全く取り合ってくれない。


 いいだろう、そういう意識が低い奴は、いつまでも彼女がいない人生を送っていればいい。


 友達や知人に頼らず、新入生とか、まだあんまり話したことがない同級生にまとを絞ったほうがいいのかもしれない。


 4月の上旬で他の部活の勧誘かんゆうも激しい中、こっちも行動を起こした。

 まずは、ポスターを作る。


「卒業までに彼女作る部」部員大募集。

 みんなで一緒に彼女を作ろう!

 OPPAI(オープン・パートナー・プロジェクトAI)で1から「彼女」を組み立てます。

 未経験者歓迎、アットホームな部活です。


 入部希望者は、放課後、2年F組の教室で西脇にしわきかおるまで



 これだけだとちょっとインパクトに欠けるから、わざと刺激的なキャッチフレーズも入れた。


 抱き枕カバーを彼女って言っていいのは中学生まで。


 おちつけ、クリスマスは敵じゃない。


 バレンタインデーから目をそらすな!


 世の中には二種類の人間がいる。

 彼女がいる人間と、いない人間だ!


 こんな数パターンのキャッチフレーズを入れたポスターを作って、校内に張りまくった。

 同じ内容のビラも作って、登下校時に一、二年生を中心に配った。


 そんな僕を笑う向きもあったけど、笑うなら笑えばいいって感じでスルーした。

 作った彼女と卒業式を一緒に迎えるのは僕だ。

 僕が母校の校門を最後にくぐるとき、それは一人ではなくて二人なのだ。



 放課後は、教室に机を二つ並べて受付を作って入部希望者を待った。

 入部希望者が殺到するとは思えないけど、一応、入部届は50部コピーしてある。

 筆記用具も準備OK。

 OPP AIで作るアンドロイドがどれだけ凄いのか見てもらうため、お気に入り動画をダウンロードしたタブレット端末も準備した。

 希望者とじっくり話が出来るように、マグボトルにお茶も用意してある(僕が大好きな、キャラメルのフレーバーティーだ)。


 急にひらめいた割には、万全の準備が出来たと思う。



 だけど、そんなふうに準備したのに、二日間待っても入部希望者は一人も現れなかった。


 放課後の教室に僕を訪ねて来る生徒はいなかったし、部員募集用に作った捨てアドには、スパムメール以外来なかった。


 みんな、「彼女」欲しくないんだろうか?

 よく、若者の恋愛離れとか言われるけど、それは予想以上に深刻らしい。



 もっともっとアピールしようと、昼休み、一人一人の下駄箱にチラシを入れてたら、先生に目を付けられてしまった。


 それも、堅物かたぶつで有名な、佐々うらら子先生にだ。


 佐々木うらら子先生は、「うらら子」っていう柔らかい名前とは裏腹に、厳しい指導で、生徒だけじゃなく、同僚教師からも恐れられている人だ。


 20代後半。

 パリッとした紺のスーツにタイトスカート。

 後れ毛が1本もないくらいに完璧に詰めた髪。

 銀縁眼鏡の下の切れ長の目と、ツンと高い鼻。

 身長が170くらいあるスラッとした美人で、一部、Mっ気がある男子には、「うらら子様」とか「女王様」って呼ばれて熱狂的な支持を得ている(蹴られたい教師№1の座を維持し続けている)。



「『卒業までに彼女作る部』ってなに?」

 うらら子先生にチラシを取り上げられて、鋭い視線を向けられた。

 先生は長身の上に、ハイヒールを履いているから、僕は高い位置から見下ろされることになる。


「はい、あの、えっと……」

 視線を向けられただけで、僕は縮こまってしまった。


 僕が答えられないでいると、うらら子先生はチラシを丸めて、

「余計なは出さないように」

 そう言って、ヒールの音をカツカツと廊下に響かせながら行ってしまった。


 僕が一生懸命作ったチラシをゴミって言われたけど、言い返せなかった。


 未だに一人の部員も勧誘できてないこの状態だと、ゴミって言われてもしょうがないのかもしれない。




 三日目、その日も入部希望者が一人もいなくて、そろそろ受付を片付けようとしてた時だった。


 トントン


 僕以外誰もいない教室で、軽やかにドアがノックされた。


「はい!」

 僕は、片付けの手を止めて、急いで席に座る。

 教室のドアがガラッと勢いよく開いた。


「あの、ここ、『卒業までに彼女作る部』の受付でいいんですよね?」

 そう言って、一人の生徒が教室に入って来る。


 入ってきたのは女子生徒だった。


「うん、そうだけど」

 女子がなんの用だろう?


 そうか、冷やかしか。

 僕を笑い者にしようって、見に来たってわけか。


「なんの用ですか?」

 僕は少しきつめに言った。

 冷やかしなら、どうかそのまま帰ってほしい。

 こっちは、真剣なのだ。


「私、『卒業までに彼女作る部』に入りたいんですけど」

 ところがその女子は、笑顔で僕の前の席に座った。


「ホントに?」

「はい!」

 彼女が元気に言って微笑む。


 グラウンドの方から、野球部のバットがボールをしんとらえた、心地良い金属音が聞こえた。

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