第1話 マリーアントワネット曰く

 一年間、なんの成果も得られなかった。

 僕の青春には、なんの変化もなかった……




 高校に入って一年が過ぎた。

 僕は自動的に二年生になって、こうして新しいクラスで窓の外の空をぼーっと眺めている。


 結局、彼女なんて出来なかった。


 入学式で知り合ったお調子者のクラスメートが女子を紹介してくれることはなかったし、パンをかじりながら走ってきた転校生と曲がり角でぶつかることもなかった。

 空からぞくに追われた女の子が降ってくることはなかったし、母親の再婚相手に娘がいて、妹になったその子と一つ屋根の下で悶々もんもんとした日々を送ることもなかった(ちなみに僕の父親は健在だし、両親は離婚してない)。



 もちろん、僕だって、ただ手をこまねいていたわけじゃない。


 彼女を作るべく、ラブレターだって100通以上書いた(一通も出せなかったけど)。

 身だしなみに気を付けていつも清潔にしてたし、学校では三時間おきにトイレでフレグランスをつけて、香りにも気を配っていた。

 大好きなアニソン聴くのを我慢して、音楽は洋楽しか聴かないようにしていた。

 毎月23日に発売される女性誌は全部読んで、いつ女子と会話することになっても話を合わせられるように万全の準備をしていた。



 こんな努力をしてたのに、一年間、なんの成果も得られなかった。


 高校二年の春、新しいクラスになった教室の窓際で、僕はこうしてぼーっと窓の外を眺めている。




「おいかおる

 僕の前の席に、城ノ内じょうのうち雅史まさしが背もたれを抱えて座った。


 雅史は小学校から一緒の連れで、今年もまた同じクラスになった腐れ縁の悪友だ。

 緩い天然パーマの髪に、人懐こい表情。童顔なのを気にして、ぶっきらぼうな感じを出すために、いつもネクタイを緩く巻いている。

 普通、こういう腐れ縁の友達は女子の知り合いが多くて、その交友関係を生かして僕に彼女を紹介してくれるものだけど、残念ながら、雅史も僕と同じで彼女がいないグループの人間だ。


「これ見たか?」

 雅史はそう言って僕にスマホの画面を見せる。


 その画面には動画が流れていた。


 ツインテールの女の子がダンスしてる、いわゆる「踊ってみた動画」だ。

 水色のワンピースの彼女が、公園の噴水をバックに、エレクトロポップの曲に乗って踊っていた。

 ミニスカートを穿いていて、チラチラ見える太股がまぶしい。


「これで人間じゃないって、信じられないよな」

 雅史が言って、肩をすくめた。


 雅史がそんなふうに言うってことは、これはきっと、オープン・パートナー・プロジェクトAI(Open Partner Project AI)で作られたアンドロイドなんだろう。


 OPP AIは人型アンドロイド制作に関するオープンソースのプロジェクトで、体の機械部分の作り方から、3Dプリンターで出力する部品のCAD図面、頭脳であるAIのプログラムまで、全部GitHubみたいなところで仕様が公開されている。

 その気になれば、誰だってアンドロイドが作れる、夢のようなプロジェクトだ。


 最近ネットには、そのプロジェクトで作られたアンドロイドの画像や動画がたくさん上げられていた。


 どれも、本物の人間と見分けがつかなくて、可愛い女の子だったり、イケメンだったりする。

 容姿が人間そっくりなだけじゃなく、動画で見るとちゃんと人間と意味が通る会話をしてるし、悩みを聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりした。

 喜怒哀楽きどあいらくもあって、表情がくるくる変わり、ジェスチャーも豊富だ。

 支えなしでの二足歩行も出来るし、走ることも出来た。

 すごいのになると、バスケットをしたり、スケボーに乗ったり、パルクールだってこなした。


 この動画みたいにダンスを踊るアンドロイドもいて、その動きの滑らかさはもう、人間以上だった。

 わざと振りを間違えたり、ステップが半テンポ遅れたり、後半になると疲れて肩で息をするようになったりと、そんな「あざとさ」まで身に付けてる。



「わりとマジで、彼女にしたいな」

 雅史が言った。

 そう言って、机にす。


「ん? 雅史、今なんて言った?」

 僕は訊き返した。


「えっ、だから、わりとマジで、こんなの彼女にしたいって……」


 雅史の、その何気ない言葉で、僕はひらめいた。

 それは天啓てんけいに近い閃きだ。


 そうか、「彼女」は作ればいいんだ。


 彼女が出来ないなら、自分で作ってしまえばいい。

 なぜ、気づかなかったんだろう。

 ないものは作る。この手で彼女を作るんだ!

 いつまで待っていても、彼女が空から降ってこないってことは、この16年間で嫌ってほど学んだ。


 かのマリーアントワネットは言ったという、パンがなければ、パンを作ればいいじゃない、って(確か、そんな感じだったと思う)。


 そうだ、僕は何を悩んでたんだ。

 悩む暇があったら、この手を動かせばいいだけの話だ。

 この手は飾りじゃない。

 偉い人だってそれは分かっている。


 答えはそこにあった。

 あとは、行動に移すのみだったのだ。


 決めた。

 僕は彼女を作る。


 オープンソースのプロジェクトだから作り方はネットで調べれば分かるし、実際に作る様子を詳しい記事にしてくれてるブログとか、動画はたくさんあった。

 関連書籍もたくさん出ている(デ○アゴスティーニからは、『週間アンドロイドを作る』っていうOPP AIの分冊百科も出ていた)。

 僕一人だと技術も能力もないけど、仲間を集めてみんなで知恵と力を出し合えば、きっと彼女は作れる。


 そうだ、いっそのこと、部活にしちゃえばいい。

 彼女が欲しい仲間とみんなで部活を立ち上げるのだ。


 彼女を作る部活。

 自分の理想の彼女を一緒に組み立てる部活。

 こころざしを同じくする仲間と、みんなで青春の汗を流しながら彼女を作るのだ。

 みんなで議論を交わし、時に笑って、一緒に泣いて、たまに殴り合いのケンカをして、成長しながら彼女を作る部活。


 そう、名付けて、「卒業までに彼女作る部」だ!


 このとき、残り二年の僕の高校生活の進むべき道が決まった。


 さっきまでどんよりとと曇って憂鬱ゆううつだった僕の高校生活は、この瞬間から、我が校の女子のリボンみたいなバラ色に変わっている。

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