卒業までに彼女作る部、活動報告
藤原マキシ
プロローグ
「あ、
僕は、今まで生きてきた十六年の中で、一番の勇気を振り絞って彼女に声を掛けた。
何回も練習した
朝比奈さん、同じ高校に通う同級生の
腰まで届きそうな朝比奈さんの艶々した黒髪が、ふわっと揺れる。
正面から見ると吸い込まれそうな深い輝きを宿した神秘的な瞳。
きゅっと閉じた唇。
この学校のアイドル、いや、周囲にある学校全てに響き渡る容姿の持ち主が朝比奈さんだ。
ううん、容姿だけじゃない。
性格もめちゃめちゃ良くて、誰に対しても優しいし、いつも笑顔を絶やさない。
勉強も出来て定期試験では1位の常連。
ピアノも弾けるし、ダンスも上手い。
歌声も素晴らしくて、合唱コンクールでは堂々とソロパートを担当した。
人望もあるから、一年の時は学級委員長だった(それも、押しつけられたとかじゃなくて、みんなから望まれて引き受けたのだ)。
完璧、という言葉の代わりに朝比奈、と入れてもなんの違和感もないくらいの完璧さ。
それが朝比奈花圃さんだ。
僕は、そんな彼女に声を掛けてしまった。
彼女を呼び止めてしまったのだ。
放課後の下駄箱で、下校しようとしていた生徒が遠巻きに僕と朝比奈さんを見ている。
僕みたいなのが朝比奈さんに声を掛けるなんて身分違いだとか、きっとみんなせせら笑ってるんだろう。
でももう、後戻りは出来ない。
声を掛けちゃったんだし。
「なに? 西脇君」
朝比奈さんが僕に向き直った。
フルートの音色のみたいに優しい声が、僕の耳をくすぐる。
信じられないことだけど、彼女は僕の名前を知っていた。
朝比奈さんが「西脇君」って僕の名字を呼んだ。
彼女と僕では住む世界が違いすぎて、僕のことなんて見えてないと思ってた。
認識されてないと思ってた。
彼女の脳の中に、僕のことを記憶するために割かれるリソースは、ゼロだと考えていた。
それなのに、朝比奈さんは僕の名字を知っていたのだ。
「ん? どうしたの?」
朝比奈さんが僕に微笑みかけてくれた。
彼女が、こんな僕に笑顔をくれるなんて……
朝比奈さんが僕のために顔の筋肉を動かしてくれただけでも嬉しいのに、それが笑顔なのだ。
一瞬意識が飛びそうになって、僕はぎりぎりのところで歯を食いしばって耐えた。
気絶してる場合じゃない。
「あ、あの……」
口の中の水分がなくなって、かすれた声が出てしまった。
「あの、お願いします。朝比奈さん、僕の……」
僕は、空になった歯磨き粉のチューブを無理矢理
「僕の彼女……」
もう少しで言える。
「僕の彼女……」
頑張れ、僕!
「どうか、僕の彼女……」
最後まで言い切れ!
ここで言えなかったら、僕は一生後悔する。
後悔しながら、このままウジウジした一生を送るだろう。
老人になって最後を迎えるとき、あのときなんで言わなかったんだって、
僕は今、その
「朝比奈さん、お願いします! どうか僕の彼女、僕の彼女のモデルになってください!」
とうとう言ってしまった。
「お願いします! 僕が作る彼女のモデルになってください!」
「えっ?」
朝比奈さんが首を
「朝比奈さんの美しい顔の型を取らせて欲しいんです。朝比奈さんの心を溶かすような美しい声のサンプルも録らせてください。朝比奈さんの超絶可愛い仕草のモーションをキャプチャーさせてください。朝比奈さんの聖母のような優しい性格をAIで再現したいので、いくつか質問させてください!」
言ってしまった。
自分の想いを言葉にして吐き出した。
「僕、朝比奈さんみたいな彼女が作りたいんです! よろしくお願いします!」
僕はそう言って、おでこが膝につくつらい、思いっきり頭を下げた。
「えっと……」
朝比奈さんの言葉が詰まる。
僕は腰を九十度以上に折って頭を下げてるから、朝比奈さんがどんな顔をしているのか確認することは出来なかった。
「ごめんなさい!」
朝比奈さんのそんな声が聞こえて、タタタッと、僕の前から走り去る音が聞こえる。
それが遠くなって消えた。
顔を上げた僕の目の前に、もう、朝比奈さんはいなかった。
ここに確かに彼女がいたっていう証拠の、制服の柔軟剤の残り香が漂っているだけだ。
「マジか……」
「おいおい、僕のアドバイスを聞いてなかったのか?」
「…………最低です」
少し離れた壁の後ろで僕を見守っていた部員達が、僕のすぐ後ろに立っていて、口々に言った。
みんな、僕が作った部活、「卒業までに彼女作る部」のメンバーだ。
「もう少し、言い方があったと思うけど」
「僕は、君のその勇気だけは買うよ」
「10万年反省しなさい!」
部員が口々に言う。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
それを検証するには、少し時間を
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