ピーター少年

朱華

第一話

 大人になるまでに誰もが一度は思うこと——もう一度子供に戻れたら。そしてそれと同じように思うこと——早く大人になりたい。

 望みはいつだって、諦めかけたときに叶うものです。(あとは探し物も)アデルの望みが叶ったのは、こんな風にしてでした。

 よく晴れたある夜のこと。アデルは狭い部屋に一つしかない窓を開け、腰掛けて空を眺めていました。その日は流星が空を行く日だったので、もしかしたら一つくらいは自分の夢を叶えてくれるかもしれないと思ったのです。



「どうか、どうか僕をどこにもない国に連れて行ってください。大人になるなんて嫌です」



 でも、どんなに頑張っても一つの星が流れるまでに望みを三回言うことはできませんでした。アデルがどんなに口を早く動かしても、それよりもずっと早いスピードで星は流れていくのです。



「やっぱり無理なんだろうな、どこにもない国なんてあるはずないんだから」



 何度もなんども試すうちに、アデルはすっかり疲れ果ててしまいました。今では、口を早く動かそうとすると意味のないうめき声が出るようになっていたのです。

 そして窓から降りると、ベットの縁に腰掛けました。それでも、窓は開けたままです。

 下から聞こえる床板の軋む音に、少しだけ、本当に少しだけ心臓が飛び跳ねましたが、耳を澄ましてもそれきり他の音は聞こえません。そのことにほっとしながら、できるだけ音を立てないように毛布に潜り込みました。こんな時間まで起きているのが見つかったら、お母さんに怒られてしまうと思ったからです。



「おやすみ、僕」



 一人の寂しさを紛らわすためにあげた声に、チリリンという金の鈴がなるような美しく軽やかな音が応えたような気がしましたが、アデルは星の瞬く音だと思い、それきり他にはやはり何も聞こえませんでした。





 アデルが眠ってからしばらくして、開けておいた窓に二つの明かりが降り立ちました。一つはとても小さく、星よりもずっとずっと明るく、もう一つはアデルと同じくらいの大きさで、小さい明かりよりも幾分か暗い明かりでした。

 小さい明かりの名前はティンカー・ベルといい、大きい明かりはピーター・パンと言います。



「ティンカー・ベル。そんなに急かさなくたって大丈夫だよ。もう少しこの部屋を見て回っても——」



 ピーターがそう言うと、ティンカー・ベルは目にも留まらぬ速さで部屋中を飛び回り、隅から隅まで明るく照らしました。そのあと、アデルが眠りにつく前に聞いた、チリリンと言う音が再び聞こえました。それが妖精の言葉なのです。私たちに聞こえる事はありませんが、もし聞くことができたなら、何とは言えない、どこかで聞いたことのある音だと思うことでしょう。



「ああ、ティンク。確かにここはあまり見るものがなさそうだね。なにせここにあるのはオンボロのベッドと、それからオンボロのクローゼットだけだもの」



 そう言ってピーターは、ティンカー・ベルに向かって乳歯の歯を全部見せて、イーっとして見せました。そして「さあ、早く彼を起こしてあげよう」と言い、口に両手を当てました。



「きっとびっくりするよ。最高の起こし方だと思わない?」



 ピーターはそのあと三回ニワトリの鳴き真似をしました。しかし一回は掠れた声になり、もう一度は声が小さくアデルの目を覚ますには至りませんでした。なので、アデルがその上手な鳴き真似を聞いたのは、3回目だったのです。

 知らない子供が自分の部屋にいてニワトリの鳴き真似をしていたら、皆さんはきっとお母さんやお父さんを呼びに行くでしょう。もしかしたら、泣き出してしまう子もいるかもしれません。でもアデルはお母さんを呼びに行くことも、泣くこともしませんでした。そのおかしな少年が、自分の待ち望んでいたピーター・パンだとわかったからです。



「ねえ、君。君はピーター・パンだね? そっちにいる小さくて可愛い子が、ティンカー・ベルだ。違う?」



 アデルのその言い方をティンカー・ベルはとても気に入って、ピーターの周りをぐるぐる飛び回りました。体はさっきよりも明るくなって、もう目を開けていられないくらいです。でもそれはピーターの「眩しいよ、ティンク。もう少し暗くなって」と言う一言で治りました。これでどれだけ他の人の言葉が嬉しくても、ピーターの一言には敵わないと言うことがわかりましたね。



「アデル、あまりティンクを興奮させないでくれよ。眩しいのは好きじゃないんだ」

「ああ、ごめんね。妖精の光が感情によって変わるなんて知らなかったんだよ」

「まあこれから気をつけてくれればいいよ。それよりも、僕ら君を迎えに来たんだ。どこにもない国に行きたいって星に伝言したのは君だろう?」



 そう、ピーターは確かにそう言ったのです。それを聞いた時のアデルの気持ちと言ったら!

 アデルは大喜びでピーターの手を取ろうとしましたが、途中でとても大事なことに気がついてその手を下ろしました。



「ダメだよ、ピーター。ぼく、行けないよ」

「どうして? 子供のままでいたいんだろう?」

「だってぼくは飛べないもの」

「大丈夫だよ、ティンクがちょっと協力してくれればすぐに飛べるようになる。ティンク、協力してくれるだろう?」



 ティンクは返事をする代わりにアデルの周りを二度周り、頭の上で体をゆすりました。キラキラと輝く金色の粉がアデルに降り注ぐと、すぐにピーターの言ったことが本当だとわかりました。足は床から離れ、頭は蜘蛛の巣のはった天井につき、ついには体全部が床と平行になったのです。



「わあ、本当に飛べるんだね!」

「こうやって方向を変えるんだ。それができたら出かけよう。どこにもない国にね」



 でも、残念なことにアデルが方向の変え方を教えてもらうことはできませんでした。小さな星たちが、大きな星たちも一緒になってピーターに教えたからです。



「ピーター、時間がないよ!」



 それでピーターはゆっくりしていられないと分かり、すぐに出発することにしたのです。この時のピーターの判断は、とても正しいものでした。あと一分でも飛び去るのが遅ければ、ニワトリの鳴き真似で目を覚ましたアデルのお母さんが警察を連れて扉をバタンと開け、ピーターを捕まえようとしていたことでしょう。

 でも星たちのおかげでそうはならなかったので、お母さんたちが駆けつけた時にはあとの祭りでした。明かりたちは飛び去っていたのです。





 出発してからすぐに、ピーターは部屋で方向の変え方を教えようとしたことが間違いだったと悟りました。何しろ、アデルはとても運動神経が悪かったのです。なので、アデルは何度もピーターに手を引いてもらわなくてはいけませんでした。少し目を離すとすぐに、教会の塔だとかなんでも高いものにぶつかりそうになってしまうのです。



「君は今まできた子たちの中で一番飛ぶのが下手だな」



 でもピーターが強い追い風の上に寝そべる方法を教えてくれてからは、だんだんと飛ぶのが上手くなっていきました。危ない時は風が優しく背中を押して、方向を変えてくれたからです。




「喜べアデル、島が見えたぞ」



 ピーターが少し偉そうにそう言ったのは、月が四回ほど昇った時でした。しかし、どこにもない国にたどり着くことができたのは、ピーターやティンクの案内のおかげというよりは、どこにもない国がアデルたちを迎えに来てくれたからでしょう。道さえわかれば行ける場所だったら、「どこにもない国」なんて呼ばれるはずありませんからね。

 信じてもらえないかもしれませんが、いつだってどこにもない国は生きているのです。どこにもない国に行きたいと焦がれ、夢見る少年少女がいる限り、姿を変え形を変え、いつまでだって生き続けるのです。




 やっと辿り着いたどこにもない国は、最高に素敵な場所でした。アデルが毎晩想像していた場所の、何倍も何十倍も楽しい場所だったのです。

 人魚の湖で泳ぐ不思議な髪色をした美しい人魚たちや、毎日のように開かれる妖精たちの舞踏会、恐ろしい猛獣たちの唸り声でさえ、アデルにとっては心踊る体験でした。でも、何よりも楽しかったのはピーターの「お話」を聞くことです。

 ピーターは毎晩、自分が今までしてきた沢山の冒険の話をしてくれました。赤々と燃える焚き火の周りでそれを聞いていると、まるでその冒険をしたのはアデルのように感じるのです。もしかしたらそれは、焚き火もお話を楽しんでいたからかもしれません。ご機嫌がいいと、ティンクも妖精の粉を使って物語を再現してくれます。そうなると、もう本当にアデルが体験したのと同じことになるのです。荒くれ者のライオンを倒した時の血の匂いや、海賊たちの断末魔、何もかもが完璧でした。アデルが「どこにもない国」に求めていた全てがそこにはあったのです。

 でも、アデルはピーターの言うことを全て信じてはいませんでした。嘘つきだとは思っていませんでしたが、どうもピーターはごっこ遊びと本当のことの区別がついていないところがあったのです。ピーターにとってごっこ遊びは本当のことと同じなので、例えばご馳走を食べる「ふり」をするだけでも太ってきますし、逆に病気になった「ふり」をすれば、ほおが痩せこけてきます。なので、アデルにはピーターの話がごっこ遊びなのか本当なのかわからなかったのです。

 それでも、そうして何度もなんども話を聞くうちに、どうやらこの国に来たのはアデル以外にも何人かいると言うことがわかりました。それも、男の子ばかりが何人も。アデルは一度だけその理由を聞きましたが、返って来たのは「女の子じゃダメなんだ、賢いからね」と言う言葉だけで、それ以外のことは聞けませんでした。



「それで、その子はどうなったの?」

「大きくなるのはルール違反だから、ここから出ていってもらわなくちゃいけなかったんだ。そればっかりはどうしようもないからね」



 ちょうどこの時は三人目の「大きくなってしまった男の子」の話を聞いているところでした。ピーターのお話のほとんどは面白くてスリル満点のものばかりでしたが、時々、子供ならではの残酷さが顔を出す時もありました。アデルも最初のうちは恐怖を感じていましたが、じきに気にしないようになりました。そんな事を気にするよりも、もっとずっと面白いことがあると気づいたのです。

 しかし、この日のお話は違いました。どこにもない国に来ても、大きくなることがあるとわかったからです。そして、大きくなったらでていかなくてはいけないということも。アデルはその事実にひどく怯えました。ここを出て、どこにいけばいいと言うのでしょう。おうちの窓はしまっているでしょうし、そもそもおうちまでの帰り方がわかりません。



「その子は家に帰れたの?」

「さあ、どうだったかな。僕には関係ないことだったし、覚えてないよ」



 ほらね?

 ピーターの残酷な一面は、こんな風にして見えるのです。しかも、それを悪いことだと思っていないのですから、なおさらいけません。

 しかし、そんな事を差し引いても、ピーターと一緒にいることがとても楽しいと認めなければならないのは悔しいことでした。実際、ピーターほど愉快でさっぱりとした男の子はいなかったのです。



「アデル、こっちだ。早くおいでよ」

「待ってよピーター。歩きにくいんだから……」



 その日、ピーターとアデルは昔ピーターが倒したと言う海賊が乗っていた船に来ていました。

 その船は塩のせいでボロボロになっておりアデルやピーターの体重さえ支えることができませんでしたが、幸い二人とティンクは飛ぶことができましたので、大した問題ではありませんでした。

 そこはアデルにとって驚きと興奮がたっぷりと詰め込まれた宝箱でした。ルビーやダイヤモンドがはめ込まれた王冠や、不思議な模様が刻まれた首輪、黄金でできた鎧兜よろいかぶとなど、そんなものがそこらじゅうに転がっているのです。

 もっとも、それ達はピーターにとってその辺に転がっている小石と何ら変わりないようでしたので、アデルもその宝物に魅力を感じませんでした。少なくとも、魅力を感じないよう努力をしたのです。(ピーターが言うには、そんなものに魅力を感じるのは大人達だけなのだそうです)

 ただし、そこでピーターと海賊たちの戦いが行われたものですから、もちろん美しいものばかりがあったわけではありませんでした。

 一部分が欠けた頭蓋骨や、血に汚れボロボロになった服や、細い剣があばらの間に刺さったままの人の骨などなど、普通の子なら見ただけで夜トイレに行けなくなってしまうものも数多くあったのです。

 しかし、普通・・の子ではないアデル達にとって、それは素晴らしく刺激的な戦いが残してくれた夢の跡でしかありませんでした。そこに自分たちが追い求めている物語を見出し、思いを馳せ、そして実際・・に戦ったのです。

 海賊達との戦いは熾烈しれつを極めました。それもそのはず、相手はあの勿忘草色の瞳と血も涙も無いことで有名な、フック船長率いる海賊達だったのですから。

 身体中刺青だらけのビルや、ビュンビュンとナイフを投げてくるチェッコを出し抜くのは容易なことではありませんでした。さらに海賊達だけではなく、船に乗っていた全てのものがピーター達をくらい海の底に沈めようと手を伸ばしてきたのです。

 大砲は唸り声をあげながらピーター達を狙い、身にまとった風で下へ下へと吹き飛ばそうとしました。

 しかし、それらを持ってしてもフック船長はピーター達を打ち負かすことはできませんでした。

 どうしてそうなったのか、賢いみなさんにはもうお分かりでしょうね。でもわからない人たちのために、少しだけ説明しましょう。ピーターが勝ったのは、ピーターが勝ちたいと思ったからです。たったそれだけのことなのですが、どこにもない国ではそれが全てなのです。

 だって、考えてもご覧なさい。一度何かをしようと決めたピーター・パンを止めることのできる人が、世界中に何人いると思いますか?



「次こそは、次こそは必ず私が勝つのだ。覚えておけ、ピーター・パン!」



 その言葉と共にフック船長の手がアデルに伸ばされたその時、戦いは唐突に終わりを迎えました。金貨の山が崩れていくガラガラという音が、アデル達を呼び戻したのです。



「ピーター、今のは、一体何だったの?」

「どこにもない国の記憶さ、僕がフックを倒した時のね。もう何回も見せられたよ。ああ、つまらない物だ」



 ため息と共に吐き出されたピーターの答えは、アデルが求めた言葉とは違っていました。

 でも、それ以上この質問を続けることはできませんでした。船体に開いた穴から差し込む冷たい光が、もう子供は寝る時間だと告げていたからです。

 すっかり外は暗くなり、もともと薄暗かった船の中はさらに暗くなっていました。無造作に散らばった金貨は隙間から投げ込まれた光を反射して、深い藍色の夜空で無数に光る星のようです。

 ピーターとアデルは慌てて寝床に戻り、目を閉じました。そのあとはたまに狼が遠吠えをする以外何も聞こえませんでしたが、アデルはピーターが寝ていないことに気がついていました。身じろぎもせず、ただじっと目をつぶっているのです。その姿は、何かに耳をすましているようにも、機会をうかがっているようにも見えました。





 次の日の朝、アデルの隣には誰もいませんでした。ピータが寝ていた場所は冷え切り、無機質な空気に包まれていたのです。何も知らない人が見たら、ここに誰かが寝ていたとは夢にも思わなかったことでしょう。



「ピーター……? ねえ、どこに行ったの?」



 その日、アデルは一日中どこにもない国を歩き回り、ピーターを探しました。ティンクも一緒になって探してくれましたが、ピーターはおろか、アデルの他に人間がいた痕跡すら見つけることはできません。まるでどこにもない国自身が、ピーターがいたことを忘れてしまったかのようです。

 そして、どこにもない国はアデルのいく先々で『記憶』を見せてきました。百獣の王を討ち取った時、タイガー・リリーをフックの魔の手から救い出したとき、フックの声真似をした時の、愉快極まりない時間。

 でも、それはアデルにとって全く不愉快なことでした。フックや百獣の王が怖かったのではありません。その記憶のどれもが、主人公をアデルにしていたことが気に入らなかったのです。

 しまいには、道行く動物の全てが「やあ、ピーター!」と呼びかけてくるようになりました。それはさらにさらに不愉快なことでした。その都度、「僕はピーターじゃない、アデルだよ」と言うようにしましたが、それでも動物たちがピーターと呼ぶのをやめることはありませんでした。笑いながら、



「一体ピーターは何を言っているんだ」

「またいつもの冗談だよ」

「全く、次から次に遊びを思いつくんだから」



と流されてしまうのです。

 アデルはティンクに、「君だけは、絶対に僕のことをピーターって呼ばないでね」とお願いしました。ティンクにまでそう呼ばれてしまったら、それが正しいのだと、そう思ってしまいそうだったからです。ティンクはただ、「分かったわ」と、美しい声で答えました。

 それからの数ヶ月間(実際の時間はわかりませんが、少なくともアデルにとってはそのくらいの長さに感じられました)は、アデルにとって非常に辛い時間になりました。毎日毎日毎日、アデルとティンクはピーターの姿を探しましたが、見つけたのは、新たにアデルのことをピーターと呼ぶ動物やインディアンだけでした。

 そして、運命の日は訪れたのです。

 その日も、二人はピーターを探していました。もう何度も訪れた場所は、呆れたように困ったようにアデルを迎え入れました。表情があるわけではありませんが、そこかしこにそれは見つけられたのです。



「やっぱりここにもピーターはいないみたいだ」

「ねえ、ピーター——」



 その瞬間に、音はありませんでした。よく、何かが崩れる音がした、と言う人がありますが、本当に崩れる時は、何の音もしないものです。静かに、取り戻せなくなってしまうのです、どんな時も。



「ごめんなさい……」



 ティンカー・ベルは、震える声でそう言うとどこかへ飛んで行きました。アデルは引き止めませんでした。そのごめんなさいが、名前のことだけではないことがわかったからです。





 そして、季節は巡り一年が経ちました。それだけの時間をかけて、ようやくアデルはピーターがこのどこにもない国から去ったのだと言うことを、受け入れることができたのです。

 しかし、アデルは諦めませんでした。どこにもない国にいないなら、外を探せばいいと思うようになったのです。でも、世界は思っていたよりもずっと冷たく、ずっと広いものでした。



「今日はどこを探しに行こう」



 毎日毎日、探せど探せど一向にピーターは見つかりません。そのうち、アデルのことをかわいそうに思った星の一つも一緒になって探してくれるようになりましたが、それでも結果は変わりませんでした。

 開いている窓を探しては、覗き込み、落胆する。その繰り返しでした。うっかり大人に姿を見られてしまい、大騒ぎになったことも、寝ている子を起こしてしまい、泣かれてしまったこともありました。



「右下の窓が開いてるよ!」



 だから、星がそう教えてくれた時も、アデルはあまり期待してはいなかったのです。それでも、と一縷いちるの望みをかけてその窓に向かったのでした。

 大きくて寝心地の良さそうなベッドの真ん中に、血色の良い幸せそうな男の子がスヤスヤと寝ています。布団から出た手には、ピーター・パンの本が握られていました。



「——君は誰?」



 わずかに身じろぎして、アデルの気配に目を覚ました男の子が静かな声で尋ねました。泣きも、驚きもしていません。まるで、アデルが来ることを予感していたかのようです。その姿を見た時、アデルにはこの子がピーターになるのだということがはっきりとわかりました。

 ああ、どうしたらいいのでしょう。ピーターを探すことを諦めたわけではありません。でも、このままどこにもない国に帰ったら、アデルはまたひとりぼっちで暮らさなければならないのです。

 ならば、この少年になってしまえ。ひとりぼっちはもうたくさんだ、次はこの子の番。

 アデルの耳元で、何かが囁きます。なぜだかそれは、ピーターの声によく似ている気がしました。



「ねえ、聞こえてないの?」



 無言のままのアデルに、男の子が再び尋ねます。

 心を決め、一瞬鋭く空気を吸い込むと、アデルは答えました。



「……僕の、名前は——






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ピーター少年 朱華 @hanez

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