第3話 告白と眞
「なんだよ、彼女ナシって言いたいのかよ」
「どーせモテませんよ」
俺はふてくされてそっぽを向く。
「いえ、そうは言ってないですよ」
「おまえこそどうなんだよ、彼女ぐらいいるんだろ」
「いませんよ。好きな人はいますけど」
困ったな、そう言って眞は視線をそらす。
ようし、今度は眞に喋らせてやる。
俺は身を乗り出した。
「いいじゃん、教えろよ。その子どんな子なんだよ」
俺は眞に聞いた。
眞は最初言葉を濁していたけど、しつこく聞かれる内に観念してしまったらしい。
「なんてことはないんです、ずっと僕の片思いで」
ぽつ、と眞は言った。
眞に想い人がいた、そういう恋愛感情とは無縁の世界にいるとばかり思っていたから、俺はなんとなくだけどびっくりした。
だが会わなくなってもう随分経ってる。
俺の知らないこともあって当然だと納得した。
「でもまだ告白ってないんだろ?」
「ええ」
頷く眞に、俺はすっかり冷めてしまった紅茶を一口すすった。
つられたのか眞もカップに口をつける。
「あたって砕けろっていうだろ! 自分の気持ち伝えるのは大事だと思うぜ」
「そのつもりできました」
「……え?」
眞と目が合った。
ほんの一秒、でも俺にはそれがひどく長く感じた。
眞が口を開く。
ためらい、堰に渦巻くあいつの言葉。
眞の言葉は堰を破った。
俺に向けられて、静かに、けれどその言葉はひたひたと確実に俺へと押し寄せた。
眞の口にした言葉の意味がよくわからなかった。
目をぱちぱちと俺は瞬かせた。
眞の表情は硬く、無理矢理浮かべた笑みは強ばった。
「ちょ、ちょっとまてよ…明美? 明美の事? あいつなら居ないし、それに彼氏いる……」
「いいえ、明美さんじゃありません」
妹の名前を出してみたけど、あっさり否定された。
「僕が好きなのは」
眞は言葉を区切った。
自嘲気味な表情だった。
「由紀さん、あなたです」
「…へ?」
俺はずいぶんと間抜けな顔をしていたに違いなかった。
「俺?」
呆然としてソファに深々と沈む。
なんだかよく状況が理解できない、俺は目を丸くして口を閉じたり開いたり。
そんな俺にかまわず、眞は言葉をつなぐ。
「会わなければ忘れられるんじゃないかと思っていましたけど……結局ダメでした」
そういえば高校に入学してから小中学通じて仲の良かった友人の集まりにも、眞はほとんど出てこなかった。
何度か遊びにも誘ったけれど予定が合わないといって殆ど断られていたっけ。
そうして疎遠になっていったこの数年間。
「毎日胸の内がモヤモヤしたまま、どうしたらすっきりできるのかと散々考えて考えて」
眞は胸を押さえる。
「あなたにこの気持ちを伝えない事には、どうにもならないとようやく結論がでました」
眞は椅子から立ち上がる、俺は息を詰めて視線で追う。
眞は俺の傍らに立ち、見下ろした。
思いつめたようなその表情。
口元がためらいがちに動いてる。
眞が言おうとしているその先の言葉、俺はそれが容易に想像できた。
ごく、と唾を飲み込んだ。
眞の表情が不意にすとん、となくなった。
「まこ……」
俺は親友をまじまじと凝視した。
(好き? 好きって、俺のこと?)
「い、いきなりそんな事言われたって」
どうにか絞り出す言葉、それしか言い様がない。
何を言っていいのかよくわからない。
「返事を頂けたら嬉しいですけど……あなたにとってはすごく迷惑な事だと重々承知しています」
「ただ僕の気持ち知っていて欲しかった、それだけです」
そう言うと眞は踵を返し、玄関に向かって歩き出す。
ハンガーから掛けてあったコートを取り出し羽織り、マフラーを首に巻きつけ、玄関へと通じる居間のドアを開け、振り向いて寂しげに微笑んだ。
「ケーキと紅茶ごちそうさまでした。由紀さん……さようなら」
ぱたん、と小さく音を立ててドアが閉じる。
そのドアを、呆然と見つめた。
頭の中では眞の最後の言葉が何度も何度も回っている。
(由紀さん……さようなら)
「……っ」
言葉の指す意味を悟って、俺はようやく我に帰った。
弾かれたように立ち上がり、玄関へと急いで向かう。
「待てよ、眞!」
時間にして一分にも満たなかったけど、玄関にはもう眞はいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます