我が背

@MIYUKI_K

第1話

「無明とは本能の真髄である。嫌悪の感情に負け、除外したい気持ちに駆られるのは、それが本質を射抜いているからだ。吸引性皮下出血を見た後、顔を顰めるのと同じ、そのムワッとした心こそが骨。言わずもながな、同じ事を言ってるだけじゃないか。なあ君、今、嘲弄しただろう。それが誠なのだよ」教授は顎を手に当てて言った。ミラーリング効果だからだろうか、少しドキッとした。

統計学が頭を制覇している時の悪い癖である。授業が終わり、グラフ化された科学に浸っていた。すると、空が欣喜雀躍している事に気付いた。明日が悍ましい。美しいものが見れたあとは、悪い事があるに決まっている。大概は矛盾の差に対して対価を払わなければいけない。つまり、それに値する空間を求められる訳だ。その上お決まりだが、維持してきた力に少しでも反すると、彼らは突如江戸時代にタイムスリップする。新参を排除しようと必死になっているのだ。干渉し合いを通り過ぎて、まるで毒の吐き合いだ。誰がどうなんてどうでもいい。下らない空気に絡まれるのは御免である。そんな事をする人ら程、品位を疑う。「あっ」口から文字が出た。気づきへのヒントである。それは、彼を一理肯定する事も相兼ねていた。僕は眉を少し顰めた。彼を理解する事などしたくないからだ。何故なら神経質そうな顔からは想像出来ない程、甘い。銀縁から光る瞳孔は定めを決めた狼だ。人々はみんな彼の波に続々溺れていく。人間不信の僕でさえ、こうして惹かれてしまっている。そろそろ殺人事件に巻き込まれれば良いのに。そんな物騒な事を思ってしまう程、彼は魅力的で耽美な形を維持してしまっているのだ。

何故か僕と教授は偶に遠出をする。前回は伊豆だった。夏期休みを要しての小さな山篭りだ。とは言えど、観光地には出向いたが。されどそれはたったの三日間。残りは只ひたすらに自然観光をした。正確に言えばきっとあれは山篭りなどでは無い。あれは趣味の悪い彼の、僕遊びである。革靴で濡れた土を踏む度、天狗に神隠しされてしまう感覚を持っていた。夢の中で存在している登場人物に成りえてしまった感覚だったのだ。耳に神経を通わせれば、小狐の鳴き声が聞こえた。何処もとも無く琵琶法師が歌っていた。風が吹けば犀利な光が反射した。悪い夢ではない、本当にそこに彼らは存在していたのだ。そんな白昼夢を消すかの様に煙をあげる彼に、「煙草の量を減らしたら如何ですか」 そう説いたことがある。折角山の中に来ているんだし、この気温を味わなくては、と思ったからだ。はは、そりゃあ君、愉快だな。意味不明とも取れる発言を聞いた時にはもう時は遅かった。策に嵌ってしまった、その大きな失意に駆られた事を強く覚えている。そんな中独り言の様にボソボソと口を開く「自然環境、大気汚染だのと世間が騒いでいる有機物から態と、遠ざかる為に森林浴をしに来ているのに、態々この人はそれを否定する為に来ている様だ。そんな事を言いたげな顔が直接的に見える君、なんでこれを吹いているか理解が出来るかね、これは非常に大事な事なのだよ。孰、理解出来る時が暮れば良いな。まあなんだ、無知で良い事は沢山あるのだよ、君はまだ理解何ぞしなくても良い。寧ろ君が断つまで、目を僕が塞いでやろうと思うと位にはな。只安らかに道を閉ざせる事が僕の願いだ、ここでは表面を洗ってはいけない。感じるままに、だ。しかし多属性には目を開けるべきではある。全てが同じだなんて気持ち悪くて反吐が出そうになる」三カートン目。土に入れ物が投げ込まれた。鈴の音が僕らを包み、気が狂いそうになる気持ちが分かった。憂鬱な気持ちに耐えきれず木の筋に指を押し込む、破片が飛び散る音と蝉の死骸が苦く目の端に映る、奇妙な心地が幾重にも身を包もうとした時一体何を思ったのだろうか。無心。蝉の鳴き声と草木がそよぐ。土は冷たく今にも僕を押し返しそうと必死になっている、そう見えただけなのかもしれない。もう既に僕は深海に溺れけてしまっているのである。透けた和紙はワカメの様に泳ぎ若葉を包む、捕食に似たその光景は今後の自分を表し、そのまま悪寒に冴えなまれるのだ。何度が瞼を上下すると魚は月に変わり色彩は黒と微かな蜜柑を投影した。ビーズに空が侵食されていく。白、青、黄金、赤、透かした陶器から見えたガラス細工が瞳に複写される。今生の別れかとも思われるそれは走馬灯であった。抜き取られた記憶を修復させるかの様にビックバンが起こっていたのである。輝くカンタ(量子)は僕を追悼している。大脳は麻痺をし、踵をブラックホールに飲み込まれてしまった。胸部を厭らしく弄ばれ、身体は後に倒れかける時、空虚感を齎した。

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