懺悔室~ある逃亡者の告白
鵜川 龍史
懺悔室~ある逃亡者の告白
(バタバタと騒がしく入ってくる。荒い息を必死で殺そうとしている様子)
大丈夫か……行ったか……。
すまねえ、神父様。ちょっとの間、神様の助けを分けてもらいたくて。
いや、いい機会だ。俺の話を聞いてもらうのも悪くない。
懺悔、だ。俺の――いや、俺たちの罪を聞いてもらおう。それで、少しでも気が晴れるなら……。マフィアにだって、そのぐらいの救いがあっても、バチは当たらねえだろう。
うちのファミリーは、この海岸地区全体を牛耳ってるあいつらとは違って、小さなファミリーなんだ。この町の飯屋に酒を卸して細々と稼いできた。もちろん、その飯屋の背中は守るさ。この町は俺たちのシマだ。だが、それ以上のことはやらねえ。間違っても、こっちからあいつらに手を出したりはしねえ。それは、この町を危険にさらすことだ。ボスがいつも言ってる。この町が、ファミリーなんだって。
だから、麻薬は扱わねえ。ボスが誓いを立てた。麻薬はこの町を殺す。そうやって死んだ町でボスは生まれ育ったらしい。ああ、神父様なら五十年前の、あの事件を知ってるかもな。あの焼き討ちの中で、うちのボスの心は一度死んで、生まれ変わったんだ。
そうさ、あいつだ。すべての元凶はあいつなんだ。
――細々とやっていた。野心なんか、これっぽっちもねえ。
あのブランデー――「ムジカ・デル・チェーロ」――「天上の音楽」――まさか、ボスを天上へ導くことになるだなんて。
あの酒――俺たちは「ムジカ」って呼んでるその酒を持ち込んだのは、まだ十五にも満たないガキだった。
確かに旨い酒だ。俺はバカだから、どんな風に言い表せばいいか分からねえが、兄貴の一人は「フルコースを堪能しているかのような複雑な旨みと苦み、それを包み込む甘みはエンリコ・ピエラヌンツィのメランコリックなピアノを聞いているかのようだ」なんて言ってた。とにかく、すごい酒なんだ。
だが、「ムジカ」の評判があいつらの目を引いちまった。これまで利権がらみの厄介ごとなんかに関わらずにやってきたうちのファミリーにとって――いや、俺たちのボスにとって、こんな交渉、はじめからうまくいくはずがなかったんだ。
しかも……しかも、あのガキ。あいつが、全部、裏で糸を引いてやがった。俺たちのシマで「ムジカ」を売ったのも、港湾労働者の多いこの場所を、あえて狙ってやがったんだ。
そう。労働者どもは「ムジカ」の中に囲い込まれていた。ごく微量、混入されていた「スパイス」の影響だ。
誓いを破らされていたんだ、俺たちは。
――麻薬だよ。新種のケシから精製したものらしい。
それが分かったときには遅かった。「ムジカ」の販売を止められて二日後には、同じ成分を含んだ「パラディーゾ」って名前のアヘンが出回り始めた。三日後には最初の自殺者が出た。
――ボスの友人の娘さんだった。故郷の町から一緒に引き上げてきた仲間の一人で、優秀な船大工だったらしい。その人も、娘さんが亡くなって、一週間後に……。
その直前に、そいつがボスのところへやってきた。部屋の外に出された俺たちは、時々漏れてくる怒鳴り声に聞き耳を立てていることしかできなかった。そいつが自殺する前日のことだ。そして……俺たちのボスが自殺する三日前のことでもある。
町はめちゃくちゃになっちまった。たった一人のガキのせいで。
そんなある日、港に見たこともない巨大なガレオン船が入港してきた。積み荷が、木偶になった労働者どもによって運び出されていく。大量の「ムジカ」と「パラディーゾ」だった。俺たちの守ってきたはずのものが、瓦礫になって踏み荒らされていく。
子どもは撃たない。マフィアのルールだ。そんなルール、誰も確認しない。パスタをアルデンテに茹で上げるかどうか、誰も確認しないだろう。
だが、俺たちは破った。あいつらと全面的にことを構えることになるとしても、あのガキだけは、許せねえ。
だから、殺した。殺したんだ。
殺したはずなんだ。生きてるはずがないんだ。
港の倉庫で、後ろから三発――頭に二発、心臓に一発、ぶち込んでやった。そのまま、ガレオン船のすぐ脇に沈めてやった。自分の犯した罪の重さに、押しつぶされればいい。
なのに、翌日の港で、あのガキは、何食わぬ顔で木偶どもに指示を出してるじゃねえか。
その日以来、何度、あのガキを殺してきたか、分からねえ。銃で、ナイフで、鈍器で――最後には、この手で、この両手で、縊り殺した。
それでも、あいつは、あのガキは――。
え!
(恐怖のにじむ声。そして、銃声。人が倒れる音。その後、別の若い男が語り掛けてくる。)
神父様。あなたは今、奇跡に触れている。そう、今まさに、僕という存在を通じて、神に直接祝福されている。安心して逝ってください。
(再び銃声)
懺悔室~ある逃亡者の告白 鵜川 龍史 @julie_hanekawa
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