18話 最も優越な種族Ⅱ

 シュウは思い違いをしていた。

 適正範囲でなければ安全だと。

 近付かなければ大丈夫だろうと。

 しかし、適正距離だなんてそんなものとっくに入っていたのだ。

 魔法に優れる森精種エルフ、その中でもさらに優れた戦士、シエル・カルマンの手に掛かれば、この円形闘技場コロッセオ全体が適正範囲である。


 今までとは異質の詠唱に、会場がどよめく。

 それは白い軍服の女性も同じで……


「おいおい、あの馬鹿はこんな所でなんてものを全力でぶっ放そうとしてるんだか、あれは人一人に使うような代物じゃないだろーに」


「させるか!」


 シュウは詠唱を止めるべく、シエルへと突撃する。

 戦闘エリアのほぼ中心にいるシエルと、壁際まで飛ばされたシュウ。

 距離にしておよそ五十メートル。

 獣人種ワービーストの俊足を持ってすれば、到達まで四秒を切ることができる。

 だが当然妨害は来るわけで、シエルは開いている左手をシュウへと向け、自身の持つ変異魔法ストレンジアーツ強要の遭逢マーシー・ソーイング』を発動する。

 『強要の遭逢マーシー・ソーイング』により地面へシュウは縫い付けられる。


「えっ?」


 ――はずだった。

 しかし、シュウは平然とシエルへ向かっていく。


 彼女の持つ変異魔法ストレンジアーツ、分かりやすく例えるならばそれは念動力だ。

 一般的にサイコキネシスとも呼ばれる。

 サイコキネシスとは、見えない力で物体を自由に動かすことのできる超能力。

 見えない手を伸ばし、動かすイメージ。

 対し、『強要の遭逢マーシー・ソーイング』はA点とB点を定め、糸で縫い付けるように引っ張るのだ。

 A点とB点を決めるに当たって、シエルは不可視の魔法を放っていた。

 糸で繋がれた二本の針を飛ばして、引き寄せ縫い付けるイメージ。


 それこそが弱点。

 放たれる魔法に、対象の物以外の物を当ててやればいい。

 シュウは前方へ水球魔法を展開。

 水へと対象を移し防御する。

 水は火や風のように消える事もなく、土のように丸ごとが塊の訳でもない。

 一部を削られたところで防御が解けることはない。


 接近するシュウにシエルは焦りを覚える。

 今詠唱している魔法こそが、残った力を振り絞った攻撃。

 シエルは詠唱を急ぐ。


「汝が咆哮にて創造するは崩壊」

「遅い!」

『全員、全力で防御! 観客を守れぇー!』


 待機していた糾合騎士団の団員たちが、観客を守るべく戦闘エリアとの壁に沿って防御魔法を発動していく。

 『強要の遭逢マーシー・ソーイング』の効果は前方展開された水球魔法により無効化。

 シエルとの距離を詰め、今度こそと風爪魔法を発動する。

 だが――


「なにっ!?」


 その手は届かなかった。

 防御用の水球魔法も、風爪魔法も、シュウの体自体も、全てが弾き飛ばされる。

 目の前から発動された、爆発と衝撃派によって。

 それは紛れもなく、先ほどと同じ最上級魔法で、今にも発動しようとしている最上級魔法。


「まだ余力があったか……!」

「解き放ち、焼き尽くし、飲み込め、其れこそが天地開闢と知れ――エクリクシィ」


 満を持して放たれる完全詠唱の最上級魔法。

 逃げようのない全方位殲滅攻撃。

 シュウの体制は崩れ、体は空中。

 詠唱破棄の時とは桁違いの激しい光と、大爆発を起こしたような爆風と衝撃派が会場を揺らす。


『うわああああああ!!』

『踏ん張るんだ!』

『シュウー!!』


 防御魔法を展開する団員たちが、暴風に負け次々と飛ばされていく。


 ――静寂。

 それがシエルの放った最上級魔法、エクリクシィへの回答だった。




 会場に残り火がちらつく。

 ケイトは急いで、シュウの安否を確認する為に戦闘エリアを見回す。


「シュウ!」


 戦闘エリアにはクレーターの中心にいる、前屈みで膝に手を付くシエルのみ。

 シュウの姿は見えない。

 続いて観客席を探す。

 吹き飛んだ団員たちが、互いに助け合いながら腰を上げている。

 観客席側は、団員たちの決死の働きにより被害は最小限で済んだようだ。

 ――しかし、肝心のシュウの姿が見当たらない。

 消し飛んだ? いやまさか。

 シュウは小柄だ、それに空中にいた、ならば場外に吹き飛ばされた?

 ケイトは、円形闘技場コロッセオの天井から覗く青空を見上げると――言葉を失った。


 代わりに天を指差し、声を上げるのは若い男の団員。


「たっ! 太陽が落ちてくるぞーー!!!!」


 声に反応し、観客全員が顔を上げる。

 そこにあるのは太陽。

 真っ赤に燃え、戦闘エリアを飲み込まんと落ちてくる。

 ゆっくりと落ちる太陽に、全員が呆然と立ち尽くす。


 数秒後、意味を理解した観客達が慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「ひいいいいいい!」

「どうなってんだぁぁぁ!」

「まだ死にたくないぃぃ!!」


 逃げ惑う観客達を背に、壁から乗り出してケイトは叫ぶ。


「シエルさん! 逃げてください!!」


 声に気付いたシエルが俯いた顔を上げるが、そこにあるのは苦しそうな乾いた笑い。

 太陽は既に、観客席の最上階と同じくらいの高さまで来ている。


「「シエルーー!!」」

「――全く、デタラメだぜ」


 ヒトミとナナミが叫んだ瞬間、太陽は弾けて空気に溶けて消えた。

 巨大な太陽が消えたことで、圧迫感が消えた円形闘技場コロッセオ

 ほんの少し前より、広くなったとさえ感じる。


 その戦闘エリアの中心に、いつの間にかシエルともう一人の人影があった。

 それはシエルの肩に手を置く、白い軍服の女性。

 続けて、上からもう一人。

 空から落ちてきたシュウが、受け身を取り勢いを逃がして綺麗に着地する。


「アイ、今の見えたか?」

「【否定】魔法の陰に隠れ、視認不可」


 シュウは白い軍服の女性を睨みつける。

 それに気付いた白い軍服の女性は、振り返りシュウに視線を合わせた。


「おいお前、今どうやって魔法を消した」

「わはは、それは内緒だぜ? ミステリアスな女性の方が魅力的だろう?」


 唇に人差し指を当て、ウインクする白い軍服の女性。


「シュウ! 無事だったんですね! でもどうやって……」


 シュウがイラついた瞬間、ケイトが隣へと『月への憧れクラロ・デ・ルナ・アドミラシオン』で飛んできて詰め寄る。


「……簡単だ、魔法で飛んで回避した」

「よくわからないんですが」

「シュウちゃん、ケイトちゃんが困惑してるぜ? ちゃんと説明してあげなきゃあダメじゃないか。反射の魔法……リトス・クリスタッロを地面に当てて、その魔法に乗って空を飛んだ、ってさ」

「……ああ、そういうことだ」


 白い軍服の女性の説明をシュウは肯定する。


「それで、あの太陽の正体は完全詠唱のエクリクシィ、シエルちゃんのように解放せず塊のまま落とした……おっと、僕としたことが自己紹介を忘れていたぜ」


 白い軍服の女性は、雛菊の紋章が付いた帽子を脱いで、胸に当てて軽くお辞儀する。


「僕の名前は悠依崎結ゆいざきゆい、糾合騎士団のNo.2にして雑用係だ」

「雑用係?」

「気にしないで、色々な事務とか取締り役のことだからー」


 素直な反応のケイトに、シエルが言葉を訂正する。


「それにしてもー、シュウちゃんは本気を出してなかったんだね。エクリクシィまで使えるなんて」


 軽蔑の目でシュウを見据えるシエル。

 本気の戦闘をしようと誓い合ったのに、シュウは手を抜いていたとシエルに僅かながら怒りの感情が見える。


「いいや、その時に出せる本気は出した、あれがあの時のオレの本気だ」


 きつく睨みつけるシエルと、物怖じしないシュウ。

 暫しの沈黙が流れ、シエルは表情を和らげる。


「……どうやらホントみたいだね」

「さて、落ち着いたところで模擬戦の結果を発表するぜ?」


 悠依崎は拡声器を握り、会場へアナウンスする。


『この模擬戦、ヒナタ・シュウの勝利!』


 シュウの勝利が告げられ、会場から歓声が上がる。

 その声は両者の健闘を称えるもので、両者の実力の高さの承認だった。


「それじゃあ、続きは糾合騎士団の支部でしようじゃないか」







 ――――――――――――――――――――――――――


「さて、結論から言うぜヒナタ・シュウ、君は合格だ。これから苦しいこともあるだろうけれど、精一杯貢献してくれたまえ」


 会話はその言葉から始まった。

 糾合騎士団シュプレム支部、応接室。

 シエルの部屋に劣らず、豪華な内装を誇り、悠依崎とシュウそしてケイトは向かい合わせで机に座っている。


「おめでとうございますシュウ!」

「ああ」

「そう言えば、君は全く疲れていないみたいだけれど、本当は辛かったりするのかな?」


 シュウは質問の意図が読めず、目を丸める。


「いや? 至って通常運転だが?」

「ふぅん、となるとマナ吸収力に優れているのかな?」

「マナ?」


 聞き慣れない言葉。


「マナを知らないのかい? 自然界に溢れている魔力の事だぜ。君はマナを効率よく吸収しているのではないのか? とてもエナだけで補える量の魔力消費ではなかったはずだが」


 エナ、これも聞かない言葉だ。

 だが、言葉から予想はできる。

 恐らくは体の中にある魔力。

 つまりは魂。

 この世界では、魔力にも種類があるということか。


「まだまだ魔法は使える。それにオレにはマナ? を吸収する技術はない」

「へぇ……シュウちゃん、君は本当に不思議だね。獣人種ワービーストなのに人類種ヒューマンのような名前に、森精種エルフの如き魔力、いやそれ以上か」


 マナを吸収する技術を持たないことを聞いた悠依崎は、少しだけ驚いた表情を見せる。


「まあ、それでもマナを吸収する技術は覚えておいて損は無い。後でシエルにでも聞いてみなよ」

「分かった」

「……ああそうだシュウちゃん、君にとっておきのお知らせがあるんだった、君の称号だけど僕が考えておいたぜ」


 はあ、と、どうでも良さそうなシュウ。

 悠依崎は気にせず続ける。


「君の称号は『白銀の幻日』だ。それから、身分証明の時はこれを使うと良い」


 悠依崎は、二つ折りになった黒い皮を差し出す。

 受け取って中を見てみると、それは太陽が二つ描かれた銀のエンブレムだった。


「称号持ちは全員、自分を象徴するエンブレムを持っている。それが君の象徴であり証明だ」

「準備が良いな」

「まぁね」

「良かったですねシュウ!」


 ノックと共にガチャリと扉が開く。

 警戒するシュウを悠依崎が宥める。


「僕が呼んだんだ。後は頼むよ」

「はい、承りました」


 入室した女性が深く礼をする。

 そこからは退屈な時間だった。

 糾合騎士団の成り立ち、存在理由、規則。

 解放されたのは、すっかり夜も更けた頃だった。

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